第6話 告白の誤爆
空は快晴、鳥のさえずりが耳に心地いい。登校している生徒は少ないが
別に日直だからではない。朝急いで家を出るよりも早めについてゆっくりするほうが楽だからだ。シノブは教室に入って席につくと床にほこりが落ちているのが目についた。
大方、まだクラス替えしたばかりだから掃除当番がしっかり回っていないといったところだろうか。
「はー……やれやれ」
どうせ暇だ。本を読む以外にやることもない。用具入れからほうきとちりとりを持ってきたシノブはそそくさと掃除する。さて掃除道具を片付けようとすると今度は後ろの棚にほこりが溜まっているのを見つけた。
「あー……」
雑巾を持ってきて棚も拭く。それが終われば今度は黒板が汚れが気になる。そうして次から次へと掃除していった。
終わった頃には教室はピカピカ……ではない。ほこりは落ちていないし、よごれもないといった程度だ。シノブはわざと手を抜いている。下手に綺麗にし過ぎると気づかれるからだ。
別に誰かに褒められたくてやったわけではない。ただ気になったからやっただけ。それに日直が来てからやることがないとなっても困るだろう。
ただほこりがあったから掃除しただけ。普通だ。シノブはそう信じて疑わない。
「あれー? 早いね、景浦くん。おはよ」
座席に戻った途端に声を掛けられてシノブはびくと肩を震わせる。振り返っても声の主が見えないことにまたも困惑した。
そのまま隣の椅子が一人でに後ろへ動く。
なんだ、こんな朝方にポルターガイストかと身構える。
ああそうだった……自分には有瀬の姿は見えないんだったとシノブは慌てて取り繕った。
「お、おはよう! 有瀬さん。朝早いね!」
「……なんか今、二回びっくりしなかった? どしたの?」
「い、いや? なんでも?」
「えー? 怪しいなぁー?」
怪しまれてしまったかとシノブは顔を引きつらせる。とはいえまさか自分の姿が見えていないと気づかれるわけもない。下手に肩に力を入れる必要もないかとシノブは愛想笑いした。
「何でもないって。それより部活決めた? チアとかダンスとか勧誘されたんだったっけ? どっちも似合うと思うなぁ」
見えないけどなとシノブは心の中で付け足す。有瀬からの返答が一瞬詰まる。相変わらず顔は見えない。だがどうしてかシノブは有瀬がムッとしている気がした。
「……入らないよ。どっちも」
「え? じゃあどこに」
「どこって……もう! オカルト部だよ。この間部長さんが誘ってくれたとき一緒にいたでしょ?」
「えー……本当にうちに入るの? やめたほうがいいと思うよ?」
「えー? そんなこといわれてもなー? もう届け出だしてきちゃったしー」
やっぱりそうなったかとシノブは苦い顔をする。部長の天見に誘われたときの反応で薄々勘付いてはいた。それでも違っていて欲しいと思って尋ねたのだが。
不満げな声で有瀬は言った。
「ていうかさー、なんか景浦くんやけに反対するよね? アタシが同じ部活になるの嫌?」
「い、いやいやいやそんなことないよ!?」
はいそうです、なんて言えるわけもなくシノブは慌てて弁明した。
シノブは有瀬が苦手だ。見えない相手とコミュニケーションを取るのは骨が折れる。
とはいえだ。有瀬には何の非もない。有瀬の姿が見えないのはシノブ自身の問題。有瀬にその不満をぶつけたところで無意味だろう。シノブは凡人だが、相手が気にくわないからといじめるようなガキじゃない。
それを普通と呼んでしまったら、世の中終わっている。
有瀬はふふと笑みを零す。
「んー……じゃあ、アタシのこと好きとか? なんちゃって」
「あ”?」
「え」
「あ、ちょ!? 違う違う違う!」
やらかした。シノブは顔を青くする。
だが考えても見て欲しい。見えない相手に私のこと好きなの? とか言われたらどうだろうか。控えめに言って、何言ってんだコイツと思う。こっちが気を使っているときに下手にふざけられると抑えが効かないのだ。
有瀬は覇気のなく言葉を発し、力なくシノブの肩をポンポンと叩いた。
「あはは……その、調子乗っちゃったよ。ごめんね! 嫌われてるって気づかなくて!」
「あ、その。だから! 違うんだって!」
「いいよいいよ! アタシみたいな、八方美人はさ。そりゃ嫌われるって分かってるし……」
「違う!」
シノブは肩を叩いていた彼女の手を反射的に掴んだ。有瀬の息を呑む声がするが、そんなこといちいち気にしていられない。とにかく今は説得しなければ。
「僕は好きだよ! 有瀬さんのその明るい雰囲気が好きだ! 誰にでも明るく話しかけるところも好きだ! 八方美人だのなんだの、そんなの勝手に言わせておけ! 誰にだって分け隔てなく接してるだけだろ。何も悪いことなんてない。声も好きだ。綺麗な声だから、だからその。何が言いたいかって言うと、僕には君が嫌いなところなんて一つもない。僕は君が好きだ!」
「あ、あぅ……」
「……あ」
冷静になったシノブははっとする。そして自分を傍観した。
相手の手を取って好きだ好きだと連呼する。
これは、告白なのでは?
握った有瀬の手が温かかった。
「その。ごめんね、まだアタシ。誰かと付き合ったこととかなくて……」
当然の返答だった。
おい勘弁してくれとシノブは狼狽する。間違って告白した上に振られるなんて。いや振られないはずがないのだが、これから同じオカルト部に所属するのだ。まずい。まずいなんてものじゃない。
これからどんな顔して接すればいいとシノブは途方に暮れていると、有瀬の言葉には続きがあった。
「だから、その……まずはお友達からお願いします」
……いやなんだそのワンチャンあるみたいな返しは!?
ややこしいことになってきたとシノブはクラクラしていた。当惑する頭とは裏腹に確かに心臓が高鳴っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます