第15話 シモダの彼女と僕が…




「今日は席替えね」という担任の声と席替え表を元に、生徒たちは無言で席を移動しはじめた。

僕は引き続き窓側で、少し後ろに下がったくらいで大差なし。

でも、仲良くなったミツルは席を離れてしまった。そそくさと移動をしてしまい、話しかける間もなかった。まあ、別にテキトーに話しかけたらいい。そんな仲になれて良かった。


その後、 教室の窓の外を眺めて、僕はボーっとしていた。


リョウジの事が頭から離れない。窓の外を見たのは、リョウジとはレベルの違う男たちを目に入れたくなかったから。

そして、そんな自分を恥じていたからだ。

リョウジは、ほんとうにかっこよくて美しくてキレイだ。誰よりも。

僕は彼の精神を愛すると共に、その見た目にも強烈に惹かれているんだと、教室にて自覚してしまったのだ。さらに顔だけではなく、あの肉体にも、腕、肩、胸、、。


あー自分はなんてイヤラシい人間なのだろう。よくないことなのに。

でも、僕はそんな彼に「愛してるよ」「愛してるよ」と耳元で何度も言われたのだ。そして結婚を申し込まれた。夢のようではないか。


そして大きなことに気がついた。自分は男が好きじゃないんだ、リョウジが好きなんだと。

ここにいる奴らにも、僕に迫ってきたキョウイチにも、それ以上のことを考えることはなかった。

きっとそれはリョウジも同じなのだろう。



「あの、ヨシダ、くん」

物思いにふける僕に男が話しかけてきた。それは、きょうの席替えで前の席になった男だった。

「オレ、シモダね。今日からよろしく」

「はい、ショウです。前にも話したよね」

「ああ、ちょっとだけ。でも覚えてるよ」

「覚えてる?」

「覚えてるというか、ちょっと気になっていたけど」

「はあ」

「あの、話し変わるようで変わんないけど」

シモダは恥ずかしそうに頭を掻き出した。そして

「オレさ、彼女できたんだよね」

「そうなんだ、良かったね、どんな人なの?」

「東高の、オレと同じ水泳部の子」

「いいね。学校も近いし、共通の話題もあるしね」

「そうそう、そうなんだよ」

シモダは照れくさそうに、でも嬉しそうにうなづいた。

「ウマく行ってるんだね」

「ああ、それが」

急に顔が曇ってきた。

「なんか、全然会えてなくて、お互い忙しいのもあるけど」

「そうなんだ、連絡はしてるの?」

「してるけど、あんまりメッセとか得意じゃない子みたい、まあオレもそうなんだけど」

「そうか、電話は?」

「それも、なんか時間取って悪いかなと思って」

僕とリョウジは会いたくなくても毎日会える。ほんとうに恵まれているんだなと実感した。


「難しいんだね、学校が同じとかだったら良かったのにね」

「ああ、それで、さっきちょっと言ったんだけど」

シモダは僕を見た後にすぐに目を離して、話を始めた。


「お前さ、彼女にちょっと似てるんだよね」

「え?」

「顔とかじゃなくて、雰囲気とか、あと話す感じも、そうかなって気になってた」

「びっくりしたな、そんなこと」

「オレも驚いてる。悪いな、なんかキモくてゴメン。会えないからそう思っちゃったのかも」

別に良いけど、不思議なこともあるんだなと思った。

「あやまんなくていいよ」

「良かった、お前いいヤツだな」

「別に、普通だよ」

「いや、そんなところも彼女に似てる、そういえばショウには彼女いるの?」

 彼女は、いない。それは確かだ。

「いないよ」

「そっか、じゃあ好きな人は?」

それは‥素直に言っておこう。

「いるよ」

「おお、良かった。片思いな感じかな、それとも」

超両思いだと思うけど、どうしようか。。

「いや、わかんない、とりあえず好き」

と、答えてみた。嘘は良くないから。

「どんな子?可愛い?」

カッコいいとはいえない…

「うーんと、可愛い。凄く。」

「おお うまくいくといいね、あ、今日昼メシ一緒に行かない?」

シモダは良い人っぽいけど、詮索をこれ以上されたくないという気持ちもある。でもこれも付き合いだ。

「うん。。いいよ」

「うす、じゃ後で」


今日はいい天気だ。嫌な気分はしない。目の前のシモダは何故か僕を見つめていた。あまり人がいない日当たりの良い広場の植栽のコンクリートの端っこに僕らは座って、昼食を食べていた。

「なあ、お前って」

何かを食べながらシモダが話す。

「なに?」

聞いても答えは返ってこなかった。しばらく食事に集中していた。


校庭で笑っている生徒達、なんだか楽しそうだ。でも彼らと僕はもう違う世界にいるのかな、なんて思っていると、

「ショウって何考えてるのかわかんない、って言われない?」

シモダが沈黙を破ってきた。

「いや、言われたことはあるかもしれないけど、そんなふうに思われてたんだ」

「あ、ごめん、変なこと聞いた」

「別に」

「あの、オレの彼女がそうなんだよね。何考えてんのかわかんないところがあって」

「そうなんだ、ちなみに今は、いい天気だな、あそこにいる人達が楽しそうとか、そんなこと考えてた」

「そっか案外普通なんだな」

「そうだよ、普通なこと。その彼女さんも同じかもね」

「マジか、すげえ参考になった気がする」

「シモダくんも素直でいいなと思った」

「うわ、なんかそんなこと、あるかなあ」

「そういえばさっきの、お前って、の後に何を言おうとしてたの」

「え、それは」

「まあ、別にいいよ。気にしてないから」

「…可愛い」

「え?」

「お前ってちょっと可愛いなって、つい言いそうになっちゃった」

「ああ、でもそれは彼女さんに似てるところがあって可愛いなってことかな」

「そうそう、オレ別にホモじゃねーしな、そうだと思う」

「僕も同じだよ」

「じゃあさ、別に言ってもいいよな、やましいことじゃないし」

「え?」

「可愛い、お前は可愛い、オレの彼女の方が可愛いけど、お前も」

シモダは熱くなった自分を恥じたのか、急に話を止めて、パンをかじり続けていた。

そんな彼を見て、この人はなんか面白い人だなあと、思い始めた。


「彼女さんのどこが可愛いと思うの?」

「うーん、なんかなあ、どこだろう。つかみどころがないというか、でもまっすぐな」

「けっこう曖昧な感じだ」

「そう。結局は見た目というか、そんなのもあるのかも」

「まあ、それはわかる。そこからの雰囲気とか、あと動きとか」

「だな。さっきのショウもそうだった。彼女もあの時に一緒にいたら、あんな感じでボーっとなんかを見ていたと思う」

「シモダくんって感受性が鋭いんだね」

「そう?」

「そんな感じの物の見方をする人は初めてだと思った」

「そんな事はじめて言われた」

「彼女さんとも、こんな話をしてるの?」

「しないなあ、何話してたっけ。オレはずっと可愛いなと思うだけだった」

「そうなんだ、でもそんなものだよね」

「あと、ずっとドキドキしてる、会ってる間、それは後になって気がつく事だけど」

「なるほど」

確かに僕もリョウジと向かい合っている時には、どこかドキドキしていた。他の人には無い感じがある。

「でも、楽しいから。ドキドキしてても」

シモダの表情が緩んできた。食事が終わって出たゴミを丸めて投げて手に戻したりし始めた。

「わかるよ、そういうの」

同調しておいた。

「だからさ、今もそう」

「え?」

「ショウ、オマエと話してるとドキドキしてる。朝からずっとそう。オレやっぱ変だよな」

僕は驚いた。

なので大きく口を開けてその驚きを表現した。

するとシモダは声を押し殺すようにして笑い始めた。

「オマエ、、そんなヤバい顔しなくても、ククク」

「こんな顔になっちゃうよ、そんなこと言われたら」

「だよな、でも面白いなオマエ」

「こんな顔、彼女さんはしないよね」

「ああ、しないよ。女だしな」

「そう。だから僕と彼女さんは違うよね」

「確かに。でもそんなとこが良いのかもって、、ヤバイなオレ」

急に頭を掻きむしり始めたシモダを見て、僕もあることを感じてしまった。

この人、リョウジに似ているのかもと。

ヤバい‥。


この場をこわす良いタイミングで午後の授業開始5分前のチャイムが鳴ってくれた。2人で教室に戻る。階段を登る途中でシモダがまた話しかけてきた。

「きょう楽しかった、ありがと」

「うん」

またね、と言いそうになったけど止めた。けど

「また行こうな」

と言われたので、とりあえずうなづいておいた。

そうすると、今までになかったような輝かしい崩れた笑顔を僕に向けてきた。困った‥

いや、困ってなんかいない。リョウジリョウジ。僕にはリョウジがいる。

しかし今の僕は授業中だ。勉強勉強勉強!

前を見る、するとシモダの背中が見える。大きな背中だ。

これを逆三角形体型というのだろうか。水泳部だからか、いや、そんなことはどうでもいいんだ。


マジで僕はシモダに変な感情を抱いてはいない。いいヤツだとは思うけど。冷静にならなければいけない。こんな事はあまり無いことなのだろうけど、惑わされないようにしなくては。

それにしても、僕でさえこんな事があるのに、リョウジはもっとあるのではないのだろうか。そういえばキョウイチもそうだったし。

しかし、リョウジはそれっぽくない。けど、魅力的だから思いを寄せられることはあるのだろう。自分のように。

そして、僕はリョウジとは違い、それっぽいんだと思う。きっと。。


一日中、こんなくだらない事ばかり考えていた。

反省しようとウナダレる帰り道、自転車に乗るとすぐに、これでダメ押しとばかりにシモダが話しかけてきた。

「よ、帰り?」

「うん」

「あーちょっとさ、また話し聞いてもらいたいんだけど」

「彼女さんのこと?」

「そう、悪いな。でもさ、オマエのおかげで考え直して」

「そっか」

「とりあえず、こっちから連絡してみようかなって」

「素晴らしい」

「でもさ、何をどうしたらいいのか、まだ迷っていて」

「方法とか?」

「そうそう、メッセとか、またもう会いにいっちゃうとか」

「うーん、とりあえず、普通に用件だけ伝えたらいいんじゃないかな、会いたいとか」

「なるほど、用件だけ」

「そう、メッセとか電話で話し広げようとか考えないで、用件だけ」

「確かに、そっちの方がいいな」

「こんなのアドバイスにははならないけど」

「いーや、シンプルなこと忘れてた。ありがとう」

「あ、帰り止めちゃって悪い。オマエんちどこだっけ」

「まっすぐいって、交差点渡って坂の上」

「交差点まで一緒だから、そこまでオレも行くよ」

ひとまず、自転車を押して歩いた。


「すげーキレイだな夕焼け」

シモダが意外なことを言い出してきた。こんなことを話す人なんだな。

「彼女さんに、こんな感じのこと、夕焼けキレイだね、とか話せばいいんじゃないかな」

「なるほど。オマエと似てるからな、超参考になる」

「そんなに似てないでしょう、たぶん」

「まあな」

しばらくの沈黙の後、交差点まで自転車に乗っていった。


「ここかな、じゃ、今日はいろいろスマン」

「いいえ、彼女さんと上手くいくといいね」

そうすると、シモダはいたずらっぽい笑顔を僕に見せてこう言った。

「ああ、今日から教室で後ろ向くと、彼女がそこにいると思ってるから大丈夫」

「何を言ってんの」

「いや、冗談冗談」

「わかってるよ」

「ほんと、冗談だからな。冗談」

と、離れていくのかと思ったら、

シモダは僕の頬に軽く口を付けてきた。


キスされた…ほっぺだけど。

あっけにとられるとはこの事だろうか、しかしシモダは「じゃ」と言ってそのまま自転車に乗って去っていってしまった。多数の無機質な車が交差するこの場所で、生々しい僕の感情がそこで蠢いていた。シモダにキスをされた頬に手を当てて、しばらく動けずにいた。クラクションの音で取り戻して、自宅への坂を登った。いつもより当然ながら足取りは重く感じた。

シモダの言う通りの美しい夕焼け、特別な日のように感じさせるような強いオレンジの配分が多いような色の空を見ていると、気持ちは落ち着いてきた。

こんなことは大したことじゃない。明日シモダにあったら何事もなかったようにやりすごそう。


家についた途端に、玄関から足音がした。リョウジだった。

「あ、おかえり」

「おお」

「今日は早いんだね」

「そう、部活休みになった。あ、さっき見たよ」

「え?」

「あそこ、交差点で。誰かといたよね」

見られていたんだ、シモダといたのを、少し焦る自分と大したことないと思う自分がここにいる。

「オレは信号渡る前にいて、ショウ達がいたのに気づいたんだけど、すぐに2人は離れて、その後コンビニに行ってきた」

「そっか、あれはクラスの人だよ」

「そうなんだ」

良かった、ということは頬にキスされたのは見ていなかったということだ。

「でさ、オレの見間違いかもしれないけど、ショウの顔にあの人が近づいてたよね」

「え?」

見られてたんだ。。

「いや、遠くだし車も走ってたからよく見えなかったけど」

「えっと」

全て話すべきなのだろうか。リョウジの目を見ているとウソを付いてはいけないという気持ちが大きくなってきてしまった。このままモヤモヤするよりは正直に。

「あのね、ほっぺに一瞬キスしてきた」

「え、なんで」

「いや、よくわからないけど」

「あいつは何なの?」

リョウジの表情が少しこわばってきた。前のキョウイチの時のようだと思ってしまった。

「あの人は…」

シモダは今日の席替えで前になって、彼女ができたとか話をした。そしたら僕が彼女になんとなく似ているという話をした。あまり仲は上手くいっていないという相談に乗ったりしていた。帰りはその続きを話していた。

という説明をした。

「なるほどね」

リョウジはなんとなく納得したようだった。すると僕の前に立ち、その胸に引き寄せてきた。そして耳元で囁くように話し始めた。

「つまりさ、そのシモダはショウのことが好きだってことなのかな」

「いや、彼女の事が凄く大切みたいだよ」

「じゃあなんでキスしたのかな」

「わかんない、でも彼女の代わりだったのかも」

「そんなやつにショウを取られたくないな」

「それは無いよ、僕は男が好きじゃない、リョウジが好きなだけだよ」

「うん」

「リョウジ以外の男なんて興味ないから」

「わかった、オレもそうだよ」

「シモダも同じようなこと言ってたけど、だから冗談だったんだと思う」

「そうだね、思ったんだけど、ショウってイイやつだからね、だからだと思う」

「だといいけど」

「でも、なんか悔しいな、どこにキスされたの」

指でその辺りを示した。するとリョウジはそこに口を寄せてきた。思いっきり何度も。時には舌を出して舐め回すように。でもそれは激しいものではなく、どこかに優しさが感じられる感触だと思った。赦すというものは感情なのだろうか。

そして僕の顎を掴んで

「ぜったい、渡さないからね、どんなヤツにも」

と強く見つめて、そして抱きしめてきた。

「うん、僕はリョウジのものだよ」

「ありがとう、で、オレもな、ショウのもの」

そしてしばらく無言で抱きしめあった。甘い夜がまた始まる、と思っていたらリョウジが変な事を言いだした。

「でも、そのショウに似ている彼女ってどんな子なんだろうな、気になる」

「もう…」

呆れてしまったけど、そんなリョウジが僕は好きだ。そして僕も良くない事をまた思ってしまった。

やっぱりシモダはリョウジに似ていると‥。


危ない危ない。


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