第8話 2人の秘密がバレてしまった
僕のファースト・ラブとファースト・キスが一気に訪れた。
訪れて、しまった。
これは人生においては喜ばしいことではあるに違いないのだろうけど、いかんせん相手は兄。当然だけど男。「兄」というだけで2つものことが間違ってしまっているのだ。
愛と自己嫌悪
この2つが頭から離れないなんて。ああ、どうしたらいいのだろう。
そんな自責的なナルシシズムにひたり、朝食の準備をしていた。早起きの僕が作って、リョウジを起こしに行く予定だ。しかし手を動かしつつも忘れられない。昨夜のことが。あああ
*・゜゚・*:.。..。.:*゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「好きだよ」と言ってリョウジが僕にキスをしてくれたあの瞬間
今までにない感覚、あれは何だったのだろうか。
甘美でとろけるような囁きからくる響き、その言葉に酔ったのか、キスというものに酔ったのか
あああ
*・゜゚・*:.。..。.:*゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*
そんなことを考えてしまった…
キュウリを薄く切りながら、回想に耽っていると
「おはよ」
「うわ」
いつのまにかリョウジが後ろに立ち、僕を軽く抱きしめてきた。
「ニイちゃん…何するんですか」
「驚いた?ごめんね」
「いや…」
正直、朝から嬉しい。こんな時が来るなんて。
「前からね、キッチンに立つショウくんを後ろから抱きしめたかったんだよ」
「前から?」
「初めて生姜焼きを作ってくれた時」
「あの時ですか…ああ、できましたよ。もう離してくださいよ」
「冷たいなあ」
「すみません」
「フフ」
少しの笑い声の後、リョウジは僕の頬のあたりにキスをしてきた。
「そんなところも可愛いな」
「あ、ありがとうございます」
「アハハ」
リョウジは笑ったまま、部屋に戻っていった。僕はため息をついた。何に対してのため息なのかはわからない。まだ、彼の愛を受け止めきれていないのだろうか。
「うまい、この変わった味のサンドイッチ」
「ありがとうございます」
「さすがオレのショウくん」
「カンタンなやつですよ」
「マヨがちょっと甘い?シェフ、この味の秘密をおしえてください」
「これはですね、マヨネーズにハチミツを混ぜました」
「なるほど、たしかにそんな味かもしれない、面白い」
「これがハムとキュウリに意外と合うんですよ」
「いやあうまかった。ありがとう。ごちそうさま」
今日も喜んでもらえてよかった。
そして、いつも変わらない朝になって良かったとも思った。もう今までのような関係ではなくなったんだ、と思っていると
「昨日、ごめんね。オレ強引だったかな」
リョウジがオレンジジュースを飲みつつ申し訳無さそうに話してきた。
「全然、僕は嬉しかった」
心のまま素直に言った。
「良かった。朝起きたらショウに嫌われてたらどうしようかと思ったよ」
「そんな」
「冗談冗談、そうだ、今日は早く行かなきゃいけない」
「はい」
「ごめん、ここの片付けお願いしていいかな」
「もちろん」
リョウジが身支度を終えて家を出ていこうとした時に、僕に手招きをしてきた。
そこへ行くと、リョウジは僕の目を3秒くらい見つめた後に、強く抱き寄せてきた。
今までで、いちばん強いくらいに。
「ニイちゃん…」
そうするとリョウジは耳元で囁いてきた。優しく。
「ねえオレのニオイ、する?」
「うん、するよ」
「オレのニオイがショウに染みついて、1日ずっと消えないようにしたい」
そう言うと、僕の頭を肩にこすりつけるように撫で続けた。愛しさが空気になって僕を包み込むような感覚になった。
「ありがとう。でも僕はずっと思ってるから。このニオイがなくても」
「そうか」
「うん。無事に帰ってきてね」
「おお了解」
去り際にリョウジは僕の頬に軽くキスをしてきた。
「じゃ、行ってきます」
「行って、らっしゃい」
リョウジが出ていった後、僕はなぜか目まいのようなものが起きてしまって、座り込んでしまった。
僕は愛されている、愛している。のに。
ためらいが、消えていない。
学校へ行く。いつもの坂道の上から見上げる今日の空は、恐ろしいほどの青空だった。雲ひとつなく濁りのない色がどこまでも広がっているように見えた。遠くの海とも完全に同調をしているのではないか。ああ!と叫びたくなってしまう。
僕の心もこのようなものであるべきなのだろうか、それとも、このシュチュエーションはそうであるべきだと言い聞かせているのではないのか。
この青空に申し訳ない。
僕の心はこのような鮮やかな青い空であるべきなのに、そうではなかった。黒い雲が遠くに見えるようなモノになっていると気がついてしまった。
前も同じ事を思ったような気がする。成長していない自分を恥じた。
自分のシャツからは、もうリョウジのニオイはしなくなっていた。
教室、愛を知ってしまった自分がいる教室は、いつもと変わらない光景だ。当然だけど。
後ろの席の坊主ミツルも変わらない。今日はなにかのマンガを読み耽っていた。ノンキなやつだなと安心した。
「ふーぅ」ついついため息が出てしまった。僕の悩みは深いんだよとミツルにアピールしたかったのかもしれない。
僕の視線を感じたのか、ミツルはこちらに顔を向けた。
「お前、なんか悩んでるんだろ」
「なんでそう思う?」
「わかるよ。わかる。お前のため息、オレに聞こえるようにしてただろ」
「う」
「そうなんだろ、わかるよ。でもな、その悩みはオレには言えなさそうなことなんだろ」
なぜ、ミツルには、ここまでお見通しなのだろう。
「ありがとう、そうなのかもしれない」
「いいよ。他人に話したくても話せないことってあるよな」
「そうだね…」
「オレにはそんなことが無いから、羨ましいよ。お前が」
なんて素晴らしい考え方なのだろう。この悩みが素晴らしいなんて。
「ありがとう!」
僕はミツルの手を握った。友情の証のつもりだった。
「よせよ」
「気持ち悪いかな?」
「だな」
「そうだよね…」
やはり自己嫌悪が発動してしまった。男同士、しかも兄弟で手を握り合って喜んでいる僕たちはやはり気持ち悪いのだろう。
「ショウ、悪かったよ。気持ち悪くないよ」
「いや、気持ち悪いんだよな。こういうことは」
「まあな、ていうか、どうしたの?おかしいよやっぱり」
「うう」
そんな迷いをまた得た中、教室の外から、僕の苗字を呼ぶ声が聞こえた。
「ヨシダくん、ヨシダ・ショウくん、ここにいますか?」
振り返ると、それはキョウイチだった。あの男だ…。リョウジと僕がデキているのではないのかとアメフト部員の前で言った男。それまで廊下でばったり会っただけなのに。
「はい」
「あ、ヨシダくん、ショウくん、ちょっと…」
キョウイチは親指を外を向けて「ちょっと付き合って」
「え?」
「話したいことがあるから、こっち!」
僕の手を取って、一方的に歩き出してしまった。
「え、ちょっと」
「大丈夫、大丈夫」
「話したいことって…」
「大丈夫」
向かう場所は決まっているのか、キョウイチは早足で進んでいってしまう。
「どこにいくんですか」
「誰もいないところだから、安心して」
そんなところ、とうてい安心なんてできないなと思いつつ、階段を下り、長い廊下を抜けていく。ここは部室エリアなんだろうか、帰宅部の自分には縁が無い場所なのでよくわからないけど。
たどり着いた場所は、もう使われてはいなさそうな部屋だった、ホコリっぽく色あせた用具が並んでいる。
「ここは、廃部になった弓道部の部室、誰も来ないから。そこに立って」
「はあ」
キョウイチは、壁側に僕を立たせた。するとパン!と両手を合わせて話しだした。
「ごめん!」
そしてそのまま頭を下げた。
「この前は、みんなの前であんな事を言って、悪かった。ごめんなさい!」
しばらく頭を下げたままだった。
この前とはもちろんリョウジと僕の前でできてるのか発言だろう。客観的に見たら、よくある与太話にしか聞こえないのだろう、リョウジもなんとも思っていなさそうだった。
僕が恥ずかしいと感じるのは、やはり後ろめたいところがあったのだろう。
が、あれから状況は変わった。僕とリョウジは…いわゆる両思いだっと確認したのだ。
「あの、別に。もうイイです。大丈夫です」
「マジ?良かった!やったー」
そしてキョウイチはいきなり僕に抱きついてきた。なんという。
「うれしいうれしい、ショウくんはいいヤツなんだな」
「ああ、もうわかったので、離してください」
「…離したくない」
「そんな」
「ごめんね。ショウくんを近くでまた見たら、やっぱり可愛くて」
謝りに来たはずなのに、この人は何を言っているのだろうか。
「怒りますよ」
「ごめん、ごめん」
さすがに離してくれた。
「じゃあ」
帰ろうとすると
「待って。話はそれだけじゃない」
「何を…」
「オレさ、リョウジとは中学からの付き合いなの。部活も一緒」
「そうなんですね」
「ショウくんよりも、リョウジとは長いよね?」
そういえば、リョウジとの初対面から、まだ数ヶ月しか経っていなかった。
「そうです。まだ長くないですけど」
「だから、この前2人でいる時に見て感じたんだ。リョウジはショウくんのことが好きなんだって」
「何を…」
衝撃的なキョウイチの話はまだ続いた。
「リョウジのあんな顔、オレは見たことがなくて。アイツは女とも付き合ってたけど、あんな顔はしてなかった。ショウくんを見つめる優しい目、あの笑顔、すぐにそう思った」
イヤな話を聞かされそうだと感じ、この場を離れようとした瞬間、キョウイチが手を壁に突いて僕を囲ってしまった。
「まだショウくんのことはよくわからないけど、きっとリョウジの事が好きなんだろうなって。直感で思った」
「・・・」
「でも、そんな事は誰も気がついてないと思うけど、オレは他のヤツとは違うからね」
「どういうことですか?」
「オレもね、リョウジのことが好きだった」
「え」
「昔ね、昔。中学の時だから、もうそんな事は考えてないから。だからショウくんより、リョウジの事はわかってるつもり」
「そうですか…」
「誤解しないで。でもショウくんの気持ちも、わかるから 」
僕は何も言えなかった。どう反応したらいいのかわからない。
「あと、オレは気づいてしまった、悪いけど」
またイヤなことを言われるのだろうか
「否定しないんだね?リョウジとのこと、本当なんだ?」
確かに、普通だったらそんなこと無いですよーなんて言って否定しただろう、真っ先に。
「いいんだよ。いいの。ああ、悪いことしてしまった、ごめん」
僕は何も言えず、キョウイチの目を見ることしかできなかった。今さらもう嘘は付けない。
「わかった。気持ち乱すようなこと言っちゃた、でもわかったから」
僕の肩をそっと抱いてきた。キョウイチの気持ちが伝わってきた。でもなんでこんな事を僕に話すのだろうか。
「キョウイチ先輩は、なぜこんな事を僕に話すんですか」
「それはカンタン。オレは、君のことが好き」
「ええ」
「初めて見たときから、そう思っちゃった。だからこの前のリョウジを前にしてすぐに2人のことに気がついて、ヤキモチを妬いたのかも、だからあんなことを言ったんだと思う」
「だったら・・」
断ります、リョウジの事が好きだから、と言いそうになってしまった。それに気がついたのかキョウイチは更に畳み掛けてきた。
「でもさ、2人には課題が2つあるよね。1つは2人とも男だということ」
この先にキョウイチが言うことがわかってしまう。
「そして兄弟だということ」
やはり、そう来た。キョウイチの目が爛々としだした気がする。
「血はつながっていなくても、兄弟だよね?2つも大きな課題がある」
ずっと思っていた事を、他人に言われた時の心地悪さを初めて体感した。
「それは、よくないこと、だよね」
うなずこうかと思ったけど、止めておいた。
「もしかしたら親にも気づかれたらヤバいかもしれない」
結構、両親共に応援してくれているような気がするとも思ったけど、もちろんそれは言わない。
「だからさ、その課題をせめて1つにしたらいいんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「リョウジを諦めるということ。で、オレにしたらいいんじゃないかな」
もう、あきれてしまった。この男が何を言っているのかがわからなくなった。怒りの表情を見せて、黙ってその場を駆け出した。
が、相手はアメフト部、すぐに追いつかれてしまった。
そしてキョウイチは僕の手を握った。捕まってしまった。
「ごめん。いろいろ戸惑ったよね。でも、僕は君の味方。今この状況を知っているのは、3人だけだよね。だから相談にのる。辛いことがあったら相談して」
この人は、リョウジの友人でもあり、学校の先輩でもある。ここは大人しくしておくことにした。
「ありがとうございます。じゃあ」
キョウイチはしばらく黙った後、去る僕にこう残した。
「この事は、誰にも話さないから!」
そうだった。キョウイチに秘密を知られてしまった、弱みを握られてしまったことは確かだと気がついてしまった。
帰宅後は、頭の中の太い線のようなものが絡まっている感覚に襲われ、それを振り払おうとしていた。僕はおかしくなっているのであろう。
理由はさまざま、なようでいて少ない。それでもそれは太いものになって、僕に絡みついてきてしまっている。
どうしたらいいのだろう。帰宅をしても何をする気力もなかった。今、僕にある真実のようなものは、リョウジただひとつだった。
僕を肯定してくれる、全ての肯定してくれるであろう存在。彼だけが僕の心の寄るところになっていた。しかしそれでよいのだろうか。 僕はそうでも、彼はそうではないのかもしれない。
人の心は移り気だともいう。結局は僕は依存をしているだけなのだ。
こんなことばかり考えてしまっていた。キョウイチの件の前からそうだった。どうしたらいいのかもうわからない。暗くなってきても、机につっぷして唸るようにうなだれていた。
時計の針の音が聞こえる。懐かしい音。僕はずっと家でひとりで過ごすことが多かった。テレビや音楽などもあまり聴かずに本を読んだり、空想をしたりしていた時に、この音をよく聞いていたな。
あの頃に戻りたいなんて、思わないけど懐かしい気持ちにはなった。戻りたくないのは大切なものができたから。
早くリョウジに会いたい。今日はいつ帰ってくるのだろう。連絡をしたらいいのだけど、返事が返ってこないかもしれないという不安に襲われたくない。
不安、イヤな言葉だ。僕らの関係も不安定の基になりたっているから、なんて。早く。涙が流れてきていることに気がついた。自分の心のもろさに、また悲しくなってしまった。
夜はさらに進み、もう何も見えなくなった。
そんな時、物音がした。リョウジだ。僕を呼ぶ声も聞こえてきた。玄関まで普通に迎えにいけばいいのだろうけど、僕はなぜか身体が動かなかった。椅子から立てずにいた。振り返ることすらできない。重かった今日の一日を背負った自分をリョウジに見せたくなかったからだ。
「ショウ?どうしたんだ」
暗い部屋の中で机に突っ伏す僕を見たリョウジが心配そうに部屋に入ってきた。
「ニイちゃん」
なんとか返事をして、振り返る。リョウジは僕の汚れた目と表情を見て、言葉を失くしていた。
「ちょっと待ってて」
リョウジは素早く制服を脱ぎ、部屋着に着替えた。そして僕を呼んだ。
「ショウ、ここに来て」
リョウジはベッドに横たわり、大きく手を広げていた。そして優しい笑顔で僕を誘ってくれていた。
「おいで!」
リョウジは胸を大きく叩いて両手を広げた。
震えと張り裂けそうな気持ちを抑え、僕はリョウジの胸に飛び込んだ。もうその瞬間に僕は泣きそうになっていた。もう抑えなくていいんだ。
リョウジは何も言わずに、胸の中にいる小さな僕を大きな手でひたすらに撫でつづけた。僕も言葉はなく、溢れ出るものを彼の胸にぶつけていた。これでいいのかなと思い、リョウジの顔を見た。ただ微笑むだけだった。僕の様子がおかしいことを問いただしたりはしない。僕にはそれがよかった。リョウジが僕を見てくれる、抱きしめてくれる優しさと正しさだけで、僕は嬉しかった。
好きだ、好きだということが溢れてきてしまった。でも言葉にはできない。
そんな表情を見透かされたのか、リョウジは真顔に一旦なった後に、もう一度、元の優しい笑顔になった。もうこれだけで意思疎通ができているのだろうか。
「静寂の時間が長く続いても苦ではなかった」ということが、僕らの最初のお互いの共通認識の一つだったけど、それが今また実証されてしまった。
あの時と違うことは身体を寄せ合っていることだけど。リョウジは僕を撫で、僕はリョウジの胸あたりをさすっている。
今まで、僕は受け身すぎた。そう気がついた。リョウジの大きな優しさにもっと応えたいと思ったけど、どうしたらいいのだろう。わからないから、聞いてみることにした。
「ニイちゃん…」
と、口にしたものの何をどう言ったらいいのかわからない。この愛を言葉で表したいだけなのに。
そんな僕をリョウジはわかっていてくれたのかもしれない。
出ては来やしない次の言葉は、リョウジの唇で優しく塞がれた。そしてそっとソレは僕の耳元に移動をして、吐息のような動きを与え始めた。
そのひそやかな温もりに、僕はやっとの安堵を覚えた。リョウジ、ありがとう。言わなくても、言葉に出さなくても、きっと伝わるだろう。僕は信じている。リョウジの事を。
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