第9話 奴の前で…嵐の中の嵐のようなキス


リョウジに唇をふさがれた。何も言えない僕をフォローしてくれた。嬉しかった。


でもそれだけで終わらせたくはなかった。こちらからも伝えたいことがあるから。


一度離れたリョウジの口に再度、僕から近づけ口づけをした。そしてリョウジの舌を探して、絡みつけた。そんなことをするのは生まれて初めてだったけど、そうしたかった。もっと伝えかった。言葉ではなく。

リョウジは少し驚いたのか動きを止めたあとに、舌を動かしてきた。「ウン…」という声と共に。舌先を動かして、僕の舌を突いてきたり、ゆっくり動かしたり。やはり慣れているのかなと感じてしまった。そうに違いないけど、それは本能から来ているものだと信じたい。


そんな僕の迷いを察したのか、リョウジは口を離して僕を強く抱きしめてきた。耳に息がかかるように。

そして「ショウ、ありがとう。オレは楽しいよ」と囁く。息が耳にかかってくすぐったい。

「さっきのコレ、よかったよ」と舌先を僕の頬に当てた。

「恥ずかしいな」

「アハハ」

僕もおかしくなって、少し笑った。

「ショウの笑った顔。見れてよかった」

「え?」

「とりあえず笑ってくれてよかった」

「ああ」

さすがに僕がいつもと違うということを感づいていたのだろう

「今日はずっと同じことを考えてた。今の僕たちの関係は良くないものなのかなって」

「そっか」

「ニイちゃんの事は好きなんだけど、こう、なんというか自己嫌悪があって」

「ああ、そうだよな。わかるよ」

「どうしたらいいのかわからなくて」

ここまで話せたけど、キョウイチに気づかれてしまったということは、黙っておこうか。

「ショウ。オレも同じようなこと考えていた」

リョウジは僕から手を離した。そして遠くを見つめて語りだした。


「オレはショウの事が好き。すげえ好き。今までこんな気持ちになったことがなかった。

でね、もう一つのことを気がついたんだ。それは何だと思う?」

さっぱり検討がつかない。

「カンタンなこと。ショウはオレの弟だということ。オレはショウのことが弟としても好きなんだ」

「つまり」

「2つの好きがここにある。こんな事は滅多にないこと。すげえイイことなんだなってオレは考えてる」

「そうだね。そう考えるようにする。2つのこと、それはハードルではなくて、イイことなんだね」

「つまりオレたちチョウ仲良し兄弟、世界一仲がイイかもしれない兄弟かもしれない、そう考えてる」

「そうかもしれない。なんか元気出た、ありがとう」

するとリョウジは突然立ち上がり「ベランダに行こう」と言い出した。ベランダ、何をふるのだろう。


自宅のベランダは広くは無いけど、マンションの最上階にあり、プライバシーはある程度は保たれているスペースになる。椅子が2つ置いてあり、母とはお茶を飲みながら談笑をしていた。


静かに夜にひそめく星たち、まるで僕らのようにひそめく星たちが見えた。

手すりに手を置いて、2人で同じ夜の空をしばらく眺めていた。

「宇宙ってよくわかんないけど、すげえよな」

リョウジが予想もつかない事を言い出したけど

「そうだね、よくわからないけど、すごい」

と、素直に返答をした。

「オレは宇宙がどこから始まって終わるのか、どこに何があるのかわからない。たぶん人間には解明できないこともあるんだろうな」

遠く遠くを見つめて話していたリョウジの目。その目が僕に向いた。


「オレはさ、宇宙って人間の心の中にもあると思うんだ」

「宇宙…」

「突然なんか宇宙なんて言って変かもしれないけど」

「変とは思わないよ。確かに…あるのかもしれない。心の中の宇宙」

リョウジは嬉しそうにうなずいた後に、更に話を続けた。空に向かって。

「オレは生活の中で現れたことが、そこに存在していて、それはなんなんだろうってずっと思ってる。惑星みたいなのがそこにあって、一つ一つそれについて考えたり、あと考えなかったり」

「考えない?」

「そう。何もせずそこにあることを感じるだけ。それが宇宙なのかなって」

正直、よくわからないような、わかるような。ただ面白いことを話すなあとは思った。

「でもね、ある日そこに衝撃的な事が起こったんだ。それがショウの出現だよ」

そういえば、僕との初対面の時に「カミナリが落ちたんだよ」とか言ってたのを思い出した。

「ビッグバンだよ。破裂して、オレの宇宙が変わってしまったんだ」

「だからね、ショウは宇宙人なのかなって」

「僕、宇宙人ですか」

「宇宙人というか異星人かな、わかんないけど。大きな存在、違う星から来た人みたいな」

「ニイちゃんこそ、宇宙人みたい。僕にとっては」

「だよな、お互いそうなったんだよ。だから、オレは興味を持った。そして」

リョウジは僕の方を向いた。

「好きになった。支配されたのかもしれない、だからオレたちの関係がよくないとかは小さな事なんだよ」


リョウジの話に圧倒されてしまったけど、過去の経験から重なる自分の思いを伝えてみた。


「僕は自然の風景に宇宙を感じるかな。いつも学校に行く途中にある坂の上からの風景、そこから見える空に」

「ああ、あそこだね。わかるよ」

「ニイちゃんと気持ちが通じ合った翌朝、空がものすごく青かった。でも僕は自己嫌悪になってた。この愛を受け入れていいのかなって」

「空の青さとの関係は?」

「ニイちゃんの愛はその時の空のように澄んでいた、何の曇りもない、そうなっていた。のに、僕の心には暗いものが溢れていたと気がついたんだ」

しばらく間を置いた後、リョウジが話を再開し始めた。

「ショウ、ショウの心はほんとに綺麗なんだな。そう思ったよ。オレのことはともかくね。その時の素直な気持ちが聞けてうれしいよ」

「ありがとう、でもこんな話で」

「いいんだよ、いいの」

リョウジが僕を抱きしめてきた。そして優しく強く話し始めた。

「ショウ、好きだよ、オマエの心の中の宇宙、その全てが」

「ほんとうに?こんな僕が」

「ああ、今の話を聞いてそう思ったよ。その心にあるもの、全て。だから安心して。オレは全てを受け入れるからね。その時の心の中の暗いもの、それも好きだ」

「ありがとう。でもほんとうは、今日あったことで話していないこともあって。それは」

「言わなくていいよ。ツラいことだろ?」

リョウジの優しい気遣いには感謝するけど、自分の中にだけ留めておくことは良くないことだと思った。ここは甘えて話しを聞いてもらいたい。

「たしかにそうだけど、自分は話しておきたい。心の中にあるだけにしておきたくない。それに、リョウジも関係することだから」

「わかった。何?」

「キョウイチ先輩が…」


今日、キョウイチに言われたこと、2人の関係が気づかれてしまったことを話した。迷ったけれども、彼が僕に気があり、リョウジの代わりになりたいと言ったことも話した。

キョウイチが過去にリョウジが好きだったとは言わなかった。自分には関係のないことだから。

「そうか。辛かったな。キョウイチは悪いヤツではないと思うけどね。突然言われて困ったよね。」

「僕はもう大丈夫。だけど、2人のことが他の人に初めて気づかれちゃった」

「だな。でもそれよりオレはショウがキョウイチに取られるんじゃないかって」

「アハハ、そりゃないよ」

「いや、心配。手を出されたりするかもしれない」

リョウジがヤキモチを妬いているような気がしてきて、内心は嬉しくはなったけど。

「オレに考えがある。今度ショウからキョウイチを呼び出してくれない?」

「いいけど、3人で会うということかな?」

「いや、オレの事は言わないで」

「わかった、けど…」

リョウジは僕をそっと抱きしめて、大丈夫と言った。


数日後、僕はキョウイチを呼び出した。

前にキョウイチに連れていかれた廃部になった弓道部の部室に来るように伝えた。


外は雨が降りしきる中での旧部室には、闇を切り裂くかのような雷光が差し込み、まるで舞台のセットかのような雰囲気がそこに漂っていた。

リョウジが後にやってくる予定だけど、この中でキョウイチを1人で待つ僕には、不安しかなかった。暗い雨の日だからだろうか、この先に何が起こるのかわからないからだろうか。

早く、早くと思っていたら、キョウイチがやってきた。


「ごめんね。急用が入って、待たせたかな」

と言って、さっそく僕に近づき肩にさわろうとした。特に手をはらったりはしなかった。

「用事って何かな」

「あ‥あの」

正直、何の用事も無い。リョウジが3人での関係についてハッキリさせようと言っていたけど。

「この前のこと、ニイちゃんと僕のことだけど」

「ニイちゃんって、リョウジのことかな?」

「そうです」

「リョウジの事、ニイちゃんって呼んでるんだ。なんかカワイイな」

キョウイチはニヤけて僕に更に近くに寄ってきた。

「オレにもショウくんみたいな弟がほしいな」

「いや、あの」

キョウイチは僕の頭を軽く叩いて、抱き寄せようとしてきた。困った人だ…

「きょう呼び出してくれたのは、もしかしたらオレとの事を」

「いや、違いま…」

僕の言葉を遮るようにキョウイチは僕を強く抱きしめてきた。

「アノ、困りま…あっ」


その瞬間、何かを強く叩く音が部屋の入り口から聞こえた。雷光と合わさって何かの支配者かのように男がそこに立っていた。それはリョウジだった。

リョウジは言葉を発さずに、僕ら2人に近寄ってきた。雨音を掻き消すかのように足音も大きく。そして僕を掴み、キョウイチから引きはがした。

キョウイチは言葉もなく、口を開けてリョウジを見ていた。それは恐怖の表情のようにも思える。

リョウジは僕の横に立ち、距離のできたキョウイチを睨みつけていた。何かに怯えているかのように、僕と共に動かずにいた。

すると、リョウジが大きく息を吸って僕を強く抱き寄せて頭を掴み、キスをしてきた。キスというより、まるで僕の口を食らうかのように激しく。

「ううん…」

という声が漏れてしまった。しかしリョウジは容赦をしない。何度も何度も僕の唇にリョウジの唇をぶつけてきた。こいつはオレのものだ、とキョウイチに見せつけるためなのだろうか。言葉は無くても強い意思を見せたいのだろうか。

リョウジの唇が当たるたびに、僕の中に何かが注がれているような気になった。はじめてリョウジと会った時に手を握りあった時のように。彼からのエネルギーが僕を満たしていくような。

それが何なのか、今はわかる。これは愛なんだ。リョウジから僕へと愛を送っているんだ。


口と口が離されて、僕たち2人は少し見つめ合った。そしてリョウジが「行くぞ」と僕の手を引いてこの場を去るように連れ出した。キョウイチの様子を見ないで。

ふと振り返るとキョウイチの顔は部屋が暗くて見えず、うなだれくている様子だけが見えた。僕でさえも処理ができないような出来事が突然起こって、彼はどんな気持ちだったんだろうと、考えた。考えてしまった。


早足で教室のある校舎まで来た。リョウジは前を歩いたままで、ずっと黙っていたが、教室が見えてきたタイミングで振り返り「じゃ、家でな」と言って去っていった。

その時の顔は、いつもの優しいリョウジの顔だった。僕の中に光が差し込んだような気持ちになった時に、僕は実感した。僕はリョウジを愛している。


僕の心の中の宇宙には、今、リョウジという惑星ができていて、自分はその周りを漂っているのだろう。その全てが愛おしい。そう感じた。




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