第12話 「今まではすげー好きだったけど、今はすげーすげーすげー好きになった」

僕から結婚をしたいと告げた直後に、リョウジの瞳から涙が溢れていた。その顔はどこか笑みがあったような気がした。想像もつかない姿に戸惑うと共に、愛しさのようなものが込み上げてきた。しかし本心を知りたい。


「どうして泣いているの」

「いや、これは、嬉し涙」

「嬉し涙?」

「そう、嬉しいんだよ。ショウが言ったことが嬉しくて、泣いた」

「そうなんだ、良かった。のかな?でもどうして」

「不安だったんだよ」

リョウジは僕の手を握って話し始めた。

「ショウがオレを受け入れていれてくれたのはわかったけど、どこかで嫌われるんじゃないかなって」

「なんで、そんなこと」

「わかってる。信じてるけど」

でも、わかるような気もした。人の気持ちなんてわからない。僕もそう思っていたから。


「わかんないよね。自分じゃない人の考えることなんて」

「そうなんだよ。だから嬉しくて、ありがとう、わーん」

リョウジはまた泣き声を上げて僕をキツく抱きしめてきた。汗の匂いが少し残るその胸の熱を感じながら、僕はリョウジの身体に手を回した。

「ニイちゃん、泣かないで。嬉しかったら泣かずに笑おう」

そう言うと、リョウジの動きがピタリと止まって僕を引き剥がして、両肩を掴んできた。

「そうだった。そうだよな。笑う。笑うよ。あああ、ショウ。ありがとう」

リョウジの顔は笑っているけど、まだ涙がこぼれていた。僕がそれに気がついたのを見透かしたのか、照れくさそうに腕で拭っていた。その姿を見て、僕も泣きそうな気持ちになった。


「オレさ、いつも泣いてたんだ」

「え?」

「誰もいない時、部屋にいる時に」

「なんで」

「さみしかった。それだけ。ずっと部屋でひとりだと、どうしようもなくて。だったら泣けばいいやって。誰もいないし、デカい声あげて、わんわんと」

少し笑みを浮かべながら、そんなことリョウジは話した。そして僕に顔を向けて話を続けた。

「でも、もうショウがいてくれてからは、全然泣いてない。はずだったのに」

「いいよ、嬉しかったんでしょ」

「そう。ごめんな、こんな泣き虫な男で、情けないよな」

「ううん、気持ちわかるから。大丈夫だよ。だから笑おうよ」

「だよな。そうだった。笑うよ!オレ。ほんとマジ嬉しい。ショウ、ありがとうありがとう」

まだ無理矢理っぽい、クシャクシャになったリョウジの顔が僕に近づいてきた。かなり間近に。キスをされるのだろうかと思ったけど、くっつけてきたのは鼻だった。

そのまま何も言わず僕を見つめてくる。リョウジの瞳がよく見える。まだ潤んでいるように見える。でも顔は笑っていた。

「ショウ、オレでいいのかな?こんな変なヤツだけど」

「え?」

「結婚、結婚しようって言ってくれたけど」

「ああ、全然気にならない、むしろ好きになったよ」

これは本心だった。子供っぽいリョウジの姿を見たのは初めてだったような気がするけど、愛しさを強く感じ始めたことは確かだった。

するとリョウジは目を背けて意外なことを言い始めた。

「甘えていい?」

「え、誰に」

「ショウしかいないよ」

「そうか」

「ほんと面白いねショウって」

「でも、なんで」

「誰かに甘えてみたかった」

「甘えるって何をするの」

リョウジは僕の横に座って、高い背を調整するかのように足を伸ばして、肩に頭を乗せてきた。

「こうしたかった」

「うん」

「重くない?オレデカいから」

「大丈夫」

しばらく押し黙った後、僕は行き場を無くして手をリョウジの首の後ろに回して、頭を撫でた。

リョウジはうなり声を出し始め、そして僕の肩に頭をすり寄せてきた。なんだか猫のようだ。

「ショウがオレの髪触ってくれるなんて」

「イヤかな?」

「なわけないよ、嬉しい、すげーなんか落ち着く」

「ほんと?」

「うん、ショウ、ショウ」


しばらくは膠着状態のように、ふたりでそのまどろみを楽しんでいた。白いふわふわしたものが、僕たちを包み込みこんでいるような感覚に包まれた。

ふとリョウジと目が合う。

「かわいい」

その言葉が出たのは僕からだった。

「オレが?」

「うん」

「オレがかわいいだなんて、言われたことない」

「けど、かわいいよ、ニイちゃん」

「オレ年上なのに、しかもアニキなのに」

「関係ないよ、かわいい」

「うひゃ、変な感じ」

「ずっと思ってたよ。可愛いなって」

「どこが」

「話してる時に、笑った顔とか、いろいろ、ていうか全部かな」

「恥ずかし、なんか」

リョウジはまた僕の肩あたりに頭を何度も擦り寄せてきた。照れているのか、やっぱりカワイイ、なんて思っていたら、変な事を言いだしてきた。

「ショウは、男らしいよね」

「え?」

耳を疑うような一言だった。しかしリョウジの顔は僕の肩あたりにあるので表情は見えない。

こわごわと「ニイちゃん、僕のどこが?」と聞いてみた。

「ショウはわかんないかもしれないけど、なんていうか、バシっとしてるところとか」

「わかんない、バシッと‥」

「意思が強いっていうか、こうだと思ったらこうだ、みたいな」

それは頑固ということなのかなと、考えたけど、とりあえず…

「あ、ありがとう、でいいのかな、自分じゃ全く思わないけど」

「フフフ、そういうところも好き、カワイイ」

「なんか、僕たち、似てるのかもね」

「え?」

「僕は男らしい、でも、カワイイと言われた」

「ああ、オレはカワイイというより男らしいよな」

「そう、逆だけど、同じ」

「似てるのかもな」

「不思議だね」

リョウジは体勢を立て直して、僕の両肩を掴んできた。そして耳元で囁いてきた。


「なあ、今日からさ、ずっと一緒に寝ない?毎日」

「もちろん、良いよ」

「やった。ずっとそうしたかった」

「僕も」

「ほんと?早く言えばよかったな」

僕の髪をさわり、撫で回してリョウジは言った。いつもの優しい笑みを浮かべながら。

「きょう、オレまだシャワー浴びてなかったわ、行ってくるね」

「わかった」

「一緒に入る?」

「今日はもう浴びたから、それにシャワーで2人はキツいと思う」

「そうだな、じゃ今度は一緒に風呂!」

そう言い残すとリョウジは離れ、僕はベッドに向かった。リョウジの大きな方のベッドに。

疲れたのか、突っ伏してうつ伏せになった。遠くに聞こえる水音を感じながら、目を閉じた。


頭の中に幾つもの言葉が浮かんでは消えて、浮かんでは消えて。それを整理しようとしたけど、できなかった。僕は混乱していた。ここまで僕を愛してくれる人がいるなんて、と思っていいのだろうかなんて考えてしまっていた。よくないよくない、嗚呼。

今はただ、この流れに身をまかせよう。僕の中から湧き出るものに従おう。そう決心した。

決心をした、と思うと共に、眠さもやってきた

水音が途切れるような気がした。足音が聞こえるような気がした。

何故か僕は起き上がることができずに、そのまま突っ伏していた。

そうしていると、いつの間にかリョウジが僕の上に覆いかぶさってきた。僕への負担が無いようにして。

「ショウ、今日はありがとう」

囁きながら、僕の首あたりに息をふきかけて、口をつけたりしてきた。そして、僕の両手を掴み、話し始めた。

「オレさ、今、ハダカなの」

「え?」

「パンツは履いてるけど」

「うん」

「ショウもさ、脱がない?」

「え?」

「オレたち、結婚したしさ、初めての夜だし、それに」

少しだけ、うつむく僕を覗き込むように

「ショウともっと近くなりたい、言葉だけ、気持ちだけじゃなくて」

その言葉にうなずき、僕は上着を脱いだ。

僕らは兄弟なんだから、こんな事は普通なんだと少し思ったりもした。しかし兄が上半身ハダカ、寝転んで僕へここに飛び込むようにと胸を叩いていた。そんな兄弟がこの世に他にいるのだろうか。

でも、そんな迷いはすぐになくなっていた。今日はここまでリョウジの沢山の愛を受けてきた、それが心に大きなものを作っていると感じた。

僕はリョウジの横になり身体を預けた。すぐにリョウジの手が僕の上半身をまさぐってきた。

その僕とは違う無骨で大きな手からのぬくもりを感じていた。ため息のようなものが無意識に出てしまう。

「ショウの身体、オレは手しか触ったことなかったから、うれしいよ」

「うん」

「今日はいろいろあったから、これくらいで止めておくね」

「そうだね、いろいろあった」

「オレも変なところ見せちゃったし」

「もう気にしてないよ」

「ありがとう、ショウのこと、また好きになっちゃった」

「え?」

「今まではすげー好きだったけど、今はすげーすげーすげー好きになった」

そんなことを言うリョウジの笑顔を見ていると、込み上げてくるものがあった。こんなにも自分に愛をぶつけてくる人に、心の中にあるものを話してしまいたいと。

「ニイちゃん、僕は、ニイちゃんみたいな人に、好きになってくれるなんて、今でも信じられなくて」

「え、どうして」

「鏡を見るたびに、僕は釣り合わないんじゃないかなって、そんなこと考えちゃって」

そう告げた後、リョウジの表情を見ることができず、僕はうつむいていた。

しばらくすると、リョウジが僕の両肩を掴んできた。


そして

「ショウ、オレの目を見て」

「目?」

「そう、オレの目を。閉じないでずっと見て」

言われた通りにリョウジの目を見た、人の目を見るということは今までしたことがなかった。だから、どこを見て良いのかわからない、そんな事はおかしいけど。

「逸らさないで」

肩に乗せたリョウジの手の力が強くなってきたのを感じた。もう逃げられない。


その目の奥に僕が映っているのかはわからないけど、目の動きは人間の日常にあるものとは思えないものに感じた。確かにリョウジは生物であり、この動きが僕を見ているのだ。


細かな繊維と白いものの中に渦巻く中にある瞳を感じて、僕は恐いと感じてしまった。それは恐れというよりも、人間の本当の姿を感じてしまったという恐怖からだった。


ひとつ呼吸をして、自分を落ち着かせてみた。


すると、その瞳の奥から僕に刺さるものを感じた。それはリョウジと初めて会った時、手を繋いだ時に感じた感覚、そしてキョウイチの前での幾度にもなった強引なキスの時。


あの時に感じたもの、それは愛だった。それが今、リョウジの瞳から僕に向けられているんだ。

僕の身体がほぐれていくのがわかった。もう、何もかもを許していいんだ、と感じたから。

もう、言葉を交わさなくても、気持ちを強く理解できた。きっとリョウジも同じ気持ちなのだと、確信を持った。きっと間違いではない、きっと、きっと。


そんな僕の震える気持ちを感じたのか、リョウジは少し微笑みを浮かべた。僕は安堵の為なのか、

目をつむってしまった。

すると、リョウジの気配を唇に感じた。優しいキス、あの時、嵐の日の激しいのとは違うキス。

目を開けると、リョウジが囁くように言った。


「ショウ、愛してるよ」

僕は何も言葉にできず「うん」とうなるだけ。

「愛してる」

僕の耳に息を吹きかけるように言葉をかけてきた。

そして僕はリョウジに抱きついた。それが答えだった。僕も愛してる。もう言葉なんていらなかった。










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