第11話 誕生日プレゼントその2「結婚」

 

リョウジの誕生日の10日後に僕の誕生日が来る。リョウジへの誕生日プレゼントは僕の尻を触らせるという驚くものだった。

その結果、踏み込んではいけない領域に僕ら2人は入ってしまったと思う。

でも、それは望んでいたことなのかもしれないとも考え始めていた。


誕生日の10日後まで、これまでのようなイチャつき、身体を触れ合うような事はやめようとリョウジにつたえた。

自分で決めたけど、その理由はよくわからない。数日たって後悔もしてしまった。リョウジは肉体的なイチャつきはしなくても、態度でのイチャつきは止めようとしないからだ。

 

ある日の朝食の時間に、リョウジは僕をずっと見つめながらパンをかじっていた。

「何…ですか」と聞いてみるけど、そのまま笑みを浮かべたまま僕を見つめてパンをかじっていた。

対抗して僕もリョウジを見つめてみた。ずっと目が合う。ここで視線を外したら負けだ、と頑張ってみたけど、やはりリョウジには勝てない。

そうすると「フフ、かわいい」とリョウジが微笑む。チクショウ、なんて、思ったり。


夜にはお互い寝たかと思うと、リョウジは甘い声を出してショウーショウーとうめいたりしていた。何かと聞いてみても、うーんという声を出すだけ。僕はどうしたらいいのだろう、リョウジのベッドに行けばいいのだろうか、いや、しかし…

極めつけは、2人で登校時の玄関にて、通りがかった近所のおばさんに挨拶をした直後にリョウジが「キスしたい」と言い出したことだ。とりあえず、軽く目を合わせて離れると「キス、だめ?」と小さな声で言ってきた。こんな場所でできないなんてわかっているくせに。

黙ったまま、学校に向かって自転車を走らせた。景色を見る余裕も無く、僕は今までに感じたことのないモヤモヤに包まれていた。


もしかして、これが欲求不満というものなのだろうか。


それらしきものを感じながら、その日。僕の誕生日の前日になった。


リョウジから連絡があり、きょうの帰りは21時くらい、食事は済ませてくるとあった。

おそらく、誕生日は明日から、つまりこのあとの0時からなので、前倒しで「いろいろ」始まる流れになるのだろう。

一人で食事をし、シャワーを浴びた。どこか神聖な気分になっている自分を感じながら。イヤ、大したことではない、普通の日なんだ今日は!と浴室の鏡にシャワーをかけた。

水滴の向こう側にいる自分は、いつもよりミジメに見えるような気がした。


僕はまだ自分に自信が無い。

リョウジのような人に愛される資格は無いはずだ。見たくない鏡を見てしまう度にそう思ってしまう。

でも、彼は僕を愛してくれている。何がいいのかはわからないけど。それは言葉では表せないものなのだろう。僕もそうだから。

人がお互いの肉体を求め合うのは、言葉にならないものを分かち合いたいからなのだろうか。

タオルで髪を叩くように拭いて、そんな思いに耽っていたらリョウジの足音が聞こえてきた。


「ショウ!」

着替え終わったリョウジが僕に向かってタックルをしてきた。そして僕のベッドに押し倒した。

「ショウ、誕生日おめでとう」

「まだ、ですよ明日ですよ」

「もう今日おそいし、明日みたいなもん」

「まあ そうだけど」

リョウジは僕の首にキスをして、腕を頭に回してきた。

「おめでとうおめでとう」

「はい、ありがとうござ…」

「もう、いいよね。ショウに触っても、抱きしめても」

「うん」

「うんって。やっぱ可愛いな。ショウ」

短いブランクだったけど、かつての自分に帰ったような気持ちになってきた。この照れくさい気持ちに、そう感じた。

「そういえば、誕生日プレゼントは、オレがあげるんだっけ」

「はい。とりあえず、このベッドに寝てください」

「わかった、なんかオレの時と同じ流れだな」

「そうです、壁側にお願いします」

「何すんの」

「これからわかります」

「こわいな」

「自分も同じ気持ちでしたよ」

「オレもケツ触られるのかな」

「違いますよ」

「オレのケツ触ってもいいけどね」

「え」

リョウジは僕の手を引いて、ベッドへと促した。そのまま抱えられるように僕らは横になった。

「ショウ、ずっと、またこうしかった」

頬に顔を寄せてリョウジがささやく。

「うん」

「ダメだってなると、したくなるんだよね」

「わかる」

「そうだったんだ、ショウも」

素直に頷く。

「かわいいな、そんな所も」

空気が柔らかくなったと感じたので、考えていたことを実行することにした。

「うわ」

掛ふとんを2人が覆われるように、頭の上まで持ってきた。リョウジが少し声をあげた。

それを見越した後に、僕はリョウジの胸へと頭を擦り寄せた。

そして、うなった。甘えた。動物のように。

「ショウ…」

リョウジは少し言葉を無くした後に、ささやくように話を始めた。


「なんか、楽しいね。これ。声ちっちゃくなっちゃう」

僕は頭を擦り寄せ、うなることでリョウジに応えた。

「誰もいないのにね。なんでだろう」

そしてリョウジは僕の頭にキスを小刻みにはじめた。キスというより口をつける感じで。

「ショウ、ショウ」とチュッチュッと何度も音を立てて。

「ね、なんでふとん、かぶせたの?」

耳に顔を近づけてリョウジがささやく。声がほんとうに小さい。可愛い。

「うん…」

「なんでなんで」とまたチュッチュッとしてくる。僕は引き続きリョウジの胸に身体を寄せていた。するとリョウジが小さい声でまた囁いてきた。

「ふとん、かぶってるから、ショウの匂い、すげえするよ」

「え、匂い?」

「うん」

「僕の匂いって、どんな匂い?」

「うまく…言えないけど、すっげえスキな匂い」

リョウジはそれを残して、大きく息を吸っていた。僕に音を聞かせるように。何度も何度も。

すると

「ショウ、やばい。結婚しよう、結婚」

それはいつもの冗談めいた同じ言葉を聞かせてきた。特に言葉は返さずに、ひたすらリョウジに身を任せて、うなり声をあげていた。しかし、

「ねえ、結婚しよ本気だよオレ」

「でも、いつも…言ってるから。結婚って」

「ああ、でもアレは、嘘じゃない。オレは嘘つけないから。あれもほんと。今もほんと」

「ニイちゃん…」

僕は顔を上げて、リョウジを見上げるようにした。微笑んだ顔が、どこか切なく感じた。

「ショウは、オレと結婚したくない?」

「え、だって」

「オレのこと、好きじゃない?」

「ううん、好きだよ」

「じゃあ、決まりだ。結婚だなオレたち」

「でも、できない。結婚はできない」

「なんで」

「だって…」


目を伏せたところで、布団を剥がし僕の肩を掴んでリョウジは言った。

「俺たち、男だし、しかも兄弟だから?」

「そう。もし男と結婚できても、兄弟ではできない。血がつながってなくても」

「でもさ、それは他人が決めることだ、だよね?」

「そうだけど」

「大事なのはオレたちの気持ちだよね」

「うん」

「よし、じゃあ結婚だ」


この話の流れになるとは思わなかったけれども、今日リョウジに話したかったことを話すタイミングが来たと思った。

「ニイちゃん、もし結婚して夫婦になったら変わることってあるよね?」

「ああ、オレたちはもう一緒に住んでるし、あんまり無さそうだけど」

「そうだね。それはそうだけど。他にもある。2人で決めたことに関して」

「え、それは」

「忘れたかな?ニイちゃんが言いだしたことだけど」

「ああ、これな」とニイちゃんは僕にキスをするふりをして、そっと抱き寄せてきた。

「そう。これだけにする。ということ約束をした」

うなずくリョウジ。

「でも、この間の誕生日で、わかるよね」

「ああ、あれは悪かったよ、ごめんね」

「ううん。それには怒ってない。でも気がついた。あんなことを、僕はしてほしかったんだって」

「ショウ…」リョウジの目はどこか悲しそうだ。

「だから、あの…」

ここまで早口で話してしまった事に急に恥ずかしさを感じてしまった。

リョウジは何も言わずに僕の腰をトントンと触っていた。


「恥ずかしいけど、言うね。僕は、ニイちゃんに何をされてもいい。だから」

大きく呼吸をして、告げた。

僕への誕生日プレゼントは、ニイちゃんのすべて。それがほしい。ルールもなく。そうしてほしい」

そこまで話したところで、下を向いてしまった。恥ずかしくなってしまったから。感情的に一方的に話すということを、あまりしてこなかった気がするから。こんな自分を見せてしまってよかったのだろうか。

そう思っているとリョウジが僕の後ろ側に移動をして、軽く抱きしめてきた。

「ショウ、ありがとう。気持ちわかったよ」

そう言って、首に息を吐きかけてきた。

「ううん」

くすぐったくて声が出てしまった。

「恥ずかしかったよな」

「はい。正直」

「でも、良かったよ。ほんとうにありがとう。オレはショウの言う通りにするよ」

「え?」

「ルールはもうないし、オレはショウがしたいことをやるから」

そこまで言われてしまうなんて。

「でもね」

リョウジは僕の腕を上下とさすりはじめた。大事なものを扱うように、そして、どこかが強いように。

「ショウの肌、すげえ好き。なんか吸い付いてくるみたい」

「吸い付く?」

「そう。気のせいかもだけど」

「とりあえず、僕も二イちゃんに撫でられると気持ちいい」

「ほんと?」

「うん。もしかしたら…」

言おうと思ったことが恥ずかしいことだと気がついて、言えなくなってしまった。

「どうしたの」

「いや、あの」

「あーオレはね。ショウに触るたびに、気持ちを送ってる」

「気持ち?」

「うん。好きだってね。もうお互いのことがわかったあとでも、ずっとそう」

「そうか、わかった。言うよ。さっき黙った時に話そうとしたこと。もしかしたら僕の肌は二イちゃんを求めるから、吸い付いているのなかって」

そう言うと、リョウジは僕を強く抱きしめてきた。

「つまりさ、話さなくても、同じ感じだったんだよな、オレたち」

「そうなるのかな」

「やっぱりさ、話してるだけじゃダメだよな。言葉より、こうやってショウに触っていると」

リョウジの後ろに回って手を回してきた。

「何かを分かち合うような?感じがするから。だからこうしてる方がいいな」

「ニイちゃん、さっき僕も同じことを考えてた」

「ほんと?」

「うん」

「ショウ、なんかオレたち本当の兄弟みたいだな」

「いや、兄弟というより」

流れで言いそうになったことを止めてしまった。見透かされたのか、リョウジの優しく見守る顔が僕の目に映った。

\その顔を見ていると、今までの事、自分の気持ちの変化の軌跡が溢れてきてしまった。リョウジと出会って僕は確実に変わったんだ。今までに感じたことが無いことが沢山あった。そして行動にも表れた。何よりも、愛された。そして愛した。

僕は決めた。ちゃんと言おう。

「ニイちゃん、僕らは、男だし、兄弟だけど」

長く感じる呼吸をした。そして

「…結婚してほしい」

こう言った。

「僕への誕生日プレゼントは、そうしてほしい」

「ショウ!」

僕の言葉が終わるとリョウジは僕の両肩を掴んで、名前を呼んだ。しばらくの間の後、リョウジの顔が崩れていた。そしてその瞳からは大粒の涙がこぼれだしていた。


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