第24話 リョウジの子供がほしい。 愛していても、それだけは叶えられない。



リョウジが好きだ。ほんとうに。

そしてリョウジも僕の事を好きでいてくれる。

でも、リョウジの人生に僕はいらないのかもしれない。


そんなことばかり考えるようになってしまった。しかしリョウジの愛の行動は止まない。

非情なまでに。

今朝も家を出る前、玄関で3回もキスされてしまった。

顔を突然つかまれて、1回目で戸惑う僕の顔に笑顔を浮かべて2回目に。そして可愛いよといって3回目の長いキスを。そして無言で一人で外へ駆け出してしまった。


こんなに幸せなことあるのだろうか。

僕は今は今でリョウジの愛を受け入れよう。先のことなんて。考えるのはよそう。

そうしよう。

でも、リョウジの幸せはどうなるのだろう。

ハッとそう思い、教室を見渡すと休み時間に騒ぐのは男たちばかり。男子校だから当然だけど。この男ばかりの世界から、社会に出るリョウジは当然ながら女とも関わりを持つことになる。


そうすると、僕なんてもう、目に入らなくなるのかもしれない。

その方が幸せなんだ。

普通の恋愛をして、幸せになって、結婚をして。

僕とはそれが無い。普通ではないことの重みをリョウジに背負わせたくない。

僕の幸せなんて・・


「ヨシダ、どうした?」

声に我に帰ると、そこには振り返って僕を見る前の席のシモダの顔があった。

「あ、別に」

「顔が暗いよ、いつもより」

「いつもこんな感じだと思うけど」

「いや違うよ、なんか暗い。いつもより」

僕のことをいつも見てくれているんだな、と思っていたらシモダは元に戻って背を向けていた。

以前とは違いよそよそしくなっていたから、こんな会話も久しぶりだなと気がついた。



僕はずっと、思い返したくないことを思い返さないようにしていた。決定的なことがあったあの時のこと。それからずっと心の奥にあったことが、吹き出してしまっていたんだ。

そろそろ、その事と向き合わなければいけないんだ。

そう思いながら、放課後になり、一人で前にシモダと行った、グラウンドが見える誰もいない場所に行くことにした。今日はすぐに帰りたくないから。


歩くたびに悲しくなる。

なんてバカなんだろう自分なんて。

ボールを使う何かのスポーツの音がする。

ボール、そうだ。あの時。

リョウジと行った公園で、見知らぬ子供と遊ぶリョウジ。

すごく輝いていた。

リョウジはいつも輝いていたけど、その後も含めてあの時は特別だったと思う。

子供とリョウジ。

僕はそこにいない。

でも、ほしいのに。


リョウジの子供がほしい。

愛していても、それだけは叶えられない。

ぜったいに。

当たり前だけど。あたりまえ・・こんなに重い言葉だったんなんて


手すりにつかまり、立ったまま、いつのまにか、頬につたうものがあった。静かに流れるそれは、自分の絶望が大それたものに基づくものだという気持ちもあったのかもしれない。


うなだれていると、入口の方から物音がした。そこにはシモダが立って、僕の方を見ていた。前からいたのかもしれない。その顔は戸惑いに満ちていた。

「ごめん、なんか、見かけて、気になって後ついてきちゃった」

話しながら僕に近づいてくる。

「ヨシダ、泣いてるのか」

僕は答えられずにその顔を見るだけだった。すると僕の身体はシモダの胸に引き寄せられていた。

ギュッとギュッと抱きしめてくる。

シモダが大きく呼吸をする音も聞こえてくる。

やがて僕の頭をやさしく、少し力を込めてゆっくりとなではじめた。

胸の鼓動と身体からの熱を感じ始めた時に、気がついた。

リョウジの匂いみたいだと。

いや、そんなことない、気のせいだ。

と、思うたびにリョウジの顔が浮かんでくる。今はシモダの胸の中にいるのに。

「大丈夫か?」

上からのシモダの声にハッとする。僕は上を向く。

「うん」

しばらくの沈黙。シモダが潤んだ瞳で僕を見つめてきた。その顔には笑みがこぼれてもいた。

「よかった、ちょっと笑顔になったな」

うなづいて、目を合わせてみると、その瞬間にその瞳から僕を包み込むようなものが流れてきた。これはなんだろう、わからない、ただ、僕はその感覚に酔いしれるような気持ちも感じてしまっていた。すると、近寄ってきた。シモダの顔が、そして唇が重なりあった。

いけない、とは思いつつも僕はシモダの狂おしいまでの想いを感じ取ってしまった。


そして止んでいたシモダの大きな息の音がまた聞こえてきた。

「やば・・」

それは自己嫌悪と、どこか陶酔が入り交じるかのような声の色だった。僕はうごけない。

シモダは僕の顔が見えない位置から、話しはじめた。

「あー、最初に抱いたのは、オマエをはげましたかったから。キスしたのは、オレがしたかったから。ごめんな」

「ううん、いいよ。僕のために気を使ってくれてありがとう」

「好きな人、いるんだろ?その人に悪いよ」

シモダの優しい声の響きに、僕はこころを動かされてしまったのか、思わぬことを言ってしまった。

「でもシモダくんの匂いって、僕の好きな人に似てたよ」

「あ?」

「前に話したよね。シモダくんは僕の好きな人になんか似てるって」

「そうだったな」

「匂いも似てるかもって。さっき気がついた」

「って、ことは、その人は男ってこと?」


僕の中で何かが暴走しはじめてしまった。まだシモダの胸の中にいる中で。





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