第4話 兄弟で仲良くピクニックデート?
リョウジとの仮そめの2人きりの生活。これから長く過ごすにあたり、もう少しお互いを知る必要がある、と寝る前にベッド越しで話しあったりした。
「オレは日曜日は部活休みだから、2人でどっかいこうか」とリョウジが提案をする。
「いいですね。どっかに行きましょう」
「どこがいいかな」
「うーん。映画とか…ニイちゃんはあんまり興味ないですよね」
「そんな。うーんいやー やっぱり興味ないや」
「ではショッピングとか。まあ男2人で行く感じではないですかね」
「あんまり欲しいもんもないな。服とかも興味ないし。そうだなあ」
リョウジはしばらく黙った。
「お互いを知るためだからさ、じっくり話せるところがいいかな」
「そうですね。あ、今、思いつきました」
「何?」
「公園とかどうですか?日曜は…天気は良さそうです」
スマホで天気予報をサッと調べた。快晴で雨の心配なし、気温も快適そう。
「いいね!ピクニックかな」
「そうしましょう。兄弟仲良く」
「おお行こう行こう、ピクニックといえば弁当だな」
「はあ、そうなりますかね」
「ショウくんシェフの登場かな」
「わかりました。またテキトーに作っておきますね。そうだ、何か苦手な食べ物はありますか」
「うーん、無い。全部好き」
「素晴らしい、了解しました」
「ショウくんは?」
「うーん、無い。全部好きです」
「なんて素晴らしい。こりゃオレたち結婚かな」
「もう、やめてください」
「冗談だよ。じゃあ日曜はショウくんとピクニックデートだ!楽しみ」
「あの…」
こんな感じで、二人のはじめてのおでかけの日が決まった。
その日、日曜日が来た。抜けるような青空、というありきたりな表現しか浮かばない自分が恥ずかしいほどの晴天の日だった。2人で外に出た時のリョウジの叫びにそれを表しているのだろう。
「うひゃーすげえ晴れ晴れ」
「良かったですね。予報通り」
「暑くもないし寒くもない。ショウくんは晴れ男なんだね」
「別にそんなことないです。ニイちゃんがそうなのかも」
「いやあ〜オレなんて雨男かも」
「意外ですね」
「そうかなあ、でもオレ雨の日は嫌いじゃないよ」
「それはなぜ」
「雨に濡れるのはうざいけど、止んだ後に街がキラキラしているのを見るのは好きだから」
「素晴らしい」
「だろ?自分でもそう思う」
こんな楽しい話をしながら、目的地の公園へ向かった。
リョウジの私服の姿を昼間の外で見るのは初めてなのかもしれない、なんて事も思いながら。
こう見るとリョウジはほんとに魅力的だ。長い手足にはじける幼い笑顔、服を着ていても隠せない筋肉。このスタイルならどんな服でも似合うのだろう。こんな人が僕となんてと思ってしまう。
リョウジにはとびきりの美人、美少女が似合うのだろう。絵に描いたようなお似合いの2人!自分なんて…
ああ、ああ。
「ここでいいですかね」
まだ午前の公園に人は少なく、芝生広場にも良い感じのスペースがあったので、そこに腰を掛けることにした。
「いいね。いい」
やはりリョウジは上機嫌だ。
「ここに寝っ転がりたい」
「ああ、シートを持ってきました」
「さすが気が効くオレの女房!」
「もう〜なに言ってるんですか」
リョウジは横に寝転がって少しうたた寝をしているようだった。その姿を見つめながら、僕は考えた。
リョウジは僕の事を悪くは思っていない事は確かなのだろうけど、そこには突然兄弟になってしまったことに対して、兄としての気づかいがそこにあるのかもしれない。
しかし、弟に可愛いと言うことはあっても、結婚したいとか嫁にしたいとか、そんなことは普通は言わないと思う。
中学の時に、クラスメイトが僕に対してある日、突然可愛い可愛い、ショウ可愛いと、言い出したことを思い出した。
それは2人きりの時には言わず、他の生徒の前だけだった。
これはギャグみたいなものなのだろうと僕は解釈していた。どのように返していいのかわからなかったので、苦笑をするだけだったけど。もしかしたらリョウジもそれと同じなのかもしれない。
僕に対して、ウケ狙いでやっているだけなんだ。そうなんだ。だったら僕なりに返してあげることが礼儀なのではないのだろうか。いや、それだと…
「あー気持ちいい」
くだらない考えに耽っていたら、リョウジの素っ頓狂な声が聞こえてきた。仰向けになったまま、両手を空に伸ばしていた。
「こんなにゆっくり陽を浴びるなんて普段ないからな」
「アメフトでいつも外にいるじゃないですか」
「あれはずっと走ってるか、何かしてるからね。ゆっくりはできない」
「なるほど」
「こんな感じで日曜に外に出るなんてなかった、部活のやつらも休みの日にオレに会いたくないかなって。他に友達もあんまいないしね、まあ引きこもりみたいな感じ」
「ああ、自分もそうです。土日はずっと時間をもてあまして」
「そっか。だから今日みたいな日はすごく楽しい。ショウくんが兄弟になってから良いことばかりだよ」
「ありがとうございます」
なんだか改めて言われると照れてしまう。
「こうやって、自分が思っていることを、すぐ話せるって事もいいことだなって」
「あーわかります。1人だと、思っていたことを溜めたままにしちゃいますよね」
「そう。ちょっとしたことや、どうでもいいことを離れている人には、話せないからね」
リョウジは自分と似たような環境にあったから、同じようなことを考えていたんだと実感した。
「でも、今はショウくんがいるから」
「はい。なんでも話してください」
「ハハ、やっぱ面白いね。ショウくん。ああ楽しい」
「どこかですか」
「わかんないけど、とにかく全部」
「面白がってくれたら、それでいいですよよ ありがとうございます」
僕の言葉の後、リョウジはしばらく僕にほほえみ
「ショウくん…」
と言って半身を起こして、僕に近づいてきた。
リョウジの目を見た瞬間に初めて会った時の感覚を思い出した。引き込まれて引きずられていくような。このままリョウジの世界に飛び込みたい、あの時はそう思っていたのかもしれない。今、そう思ったからこそ気がついた。目を閉じる。自然とそうした。
すると、リョウジの手が僕に伸びてきた。いよいよ来るのだろうか
「あ、髪に」
「えっ」
「枯れ草、付いてるよ」
「ああ」
リョウジの手が僕の髪に触れて、草を取って、ふぅと口で飛ばした。なんだ、バカみたいだな自分。変な期待をしてしまった。リョウジはなぜか僕を微笑んで見ていた。
「フフ」
「あ、ありがとうございます」
「なんかさ、ほんとにデートしてるみたいだね、オレたち」
「はあ」
「ショウくんは、デートしたことあるのかな?」
「えっ、無いです」
「そうかあ」
「ニイちゃんはありますか」
「ああ、あるよ」
「それは…彼女みたいな感じの人と?」
「うん。中学の時だけど」
リョウジがモテるということは知っていたので、驚きはしないけれども、もっと聞きたくなってきた。
「どんな人ですか」
「おお、聞くねえショウくん」
「すみません」
「いや、兄弟だしね。話そう」
そう言うとリョウジは芝生に仰向けに寝転がった。
「その子はねーとりあえず顔は超カワイイ、キレイな子だった。向こうから告白されて。顔見知りではあったし、性格が良いとも知ってたから、付き合うことにしたの」
その話をするリョウジの顔は、決して笑顔ではないと気がついた。結末は良くなかったのか。
「でもね、3ヶ月くらいかな、すぐ別れちゃった」
「そうなんですね」
「うん。その子はね、ほんとうに良い子なんだけどさ、いざ付き合ってみたら、なんかこう」
リョウジは話しづらそうだった。おそらく他の人には話していない事なのかもしれない。
「よくないことなんだけどね。その子と話していても、悪いけど、面白くなかった。合わなかったんだね、お互い」
「なるほど」
「共通点があまり無いとかもあったけど、でも、無くても話せる人もいるよね」
「うーん」
「たとえば、オレとショウくんもそう。兄弟になったということはあるけど、共通点は、ぶっちゃけ無いよね」
「確かに、そうですね」
「でも、ショウくんとは話していて楽しい。そんなにたいした内容で無くても楽しい。オレはそう感じてるけど、あの子とは、そんなのが無かったんだよね」
こんな話はしたくないだろうに、話してくれたことが僕は嬉しかった。
「そんな事もあるんですね。僕には経験が無いので、勉強になりました」
「アハハ、いいことじゃないけどね。まあ人生経験にはなったよ。あ、ショウくんは」
「え」
イヤな展開になってきた。
「付き合ったり、好きだったり、そんなことはあったのかな?」
これはごく当たり前の質問だ。だから答えなくてはいけない。リョウジも正直に話してくれたのだから。
「はい、自分には一切ありません」
「おお、そうなのか。好きになったことも無いの?」
こう、来てしまった。いいえ、ニイちゃんのことが好きですと言いたいけど。
「恥ずかしいけど、そうなのです」
「いや恥ずかしくなんてないよ。まだ高1だしね」
「ありがとうございます」
「好きになられたこと、告白された事はあるよね?」
これも、正直に言うと無いのだけれども。
「あの、無いっちゃないです。手紙もらったとか、そんなことはあります」
「そうなんだ」
「あ、あと」
「?」
言いづらいけど、全部話すことにした。リョウジを見習って。
「中学の時に、クラスのヤツに可愛い可愛いと言われつづけたことならあります」
「え?何それ?男?」
「はい」
リョウジの表情が少し険しくなった。
「ショウくんのこと、可愛い可愛いって?2人だけの時?」
声もいつもより小さくて低く太く聞こえる。
「いや、それが普通にみんながいる教室とかで」
「そいつに告白されたりしなかった?」
「なかったです。たぶんからかってただけかなって」
「可愛い可愛いって。それだけ?」
「あと、チュッチュッ、可愛いよ可愛いよ、とかもしてました」
「なんだそれ、触ってきたりは?」
「無いです」
「なんか腹立つな、あれ?オレおかしいかな、なんだろう、何ムカついてるんだろう、アハハ、笑えてきた」
リョウジの様子がおかしい、笑いながら怒っているような。
もしかしたら、これはヤキモチなのだろうか。わからないけど。
明らかに挙動不審なリョウジに僕も戸惑っていた。
「あーオレ、オレも言いたいな」
「え?」
「ソイツと同じ事を」
「はあ」
しばらく黙って下を向いた後に、リョウジは驚きの行動に出た。
「ショウくん、可愛いよ」
「え」
「可愛い可愛い、ショウくん」
「何を」
「言いたくなっちゃった、ショウくん」
これはどういうことなのだろう、笑って済ますことなのだろうけど、笑えない。
「あの、ちょっと」
「可愛い可愛い」
「やめてください」
「ショウくん、可愛いチュッチュッ」
「ああ」
リョウジが唇を突き出して、そんな事を言い始めたら、おかしくなって笑いも込み上げてきた。
「チュッチュッはこれで良かったかな」
「知らないですよ」
「アハハ、笑ったショウくん可愛いよ可愛い」
「可愛くないですよ」
「そんなことないよチュッ」
「なんでそんなこと言うんですか」
「わかんない。なんか負けたくなくて」
「負けてない、負けてないですよ」
「ほんと?」
「うん」
「うんって。ショウくん…」
「ああ」
「やっぱり可愛いショウくん、今のはマネじゃなくて、そう思ったから言った」
「あ、ありがとうございます」
「アハハ、面白かったな?オレのギャグ」
「ギャグ」
そう言われるとハッとしてしまった。そうだったんだ。中学のアイツもリョウジと同じようにギャグだったんだ。ウケを狙っていただけだったんだ。
でも、中学のアイツは周りのヤツらに向けてのウケ狙いで、リョウジは僕へのウケ狙いなんだろう。そう考えるようにした。
「はい、面白かったです。そのギャグ」
「ギャグ…じゃないかも」
「え」
含みを残して言い放つとリョウジは再び寝転がり目に腕を乗せて、押し黙ってしまった。
「ショウくん、そろそろメシ食いたいな」
青空が曇るような緊張感に包まれた中、リョウジがそれを壊してくれた。
「はい、準備します」
「ありがとう、最高ショウくん最高」
「ベタにおにぎりにウインナーと卵焼きを作ってきました」
「ベタ最高ベタ最高」
先ほどの緊張感はどこへやら。リョウジはニコニコとおにぎりを頬張り始めた。
「うまい、さすがショウくん最高」
「ありがとうございます。うれしいなあ、今までこうして作っても一人で食べてたから」
「そうだよね」
「今はニイちゃんが食べてくれて本当にうれしい」
「食べただけで喜んでくれて、オレもうれしい。また、こんなデートしたいね」
「え、デートですか、これ」
「ねえオレたち、他のひと達からはどう見られるのかな」
「まあ、友達同士じゃないですかね、年も離れてないし」
「まあそうか。オレは…」
そう言うと、リョウジは黙ってしまった。この後に何が続くのだろう。
「オレは、ショウくんとはまだ短いけど、なんだか前から繋がっていたような気持ちなんだよね」
リョウジは僕の方を見ないで、空に向かって話し始めた。
「だから、何でも話せちゃう。他の奴らにも話せないようなことも、なんでだろうね」
「僕も、普段は人見知りなのに、ニイちゃんとはすぐに打ち解けられたような気がします」
僕の言葉にフフとリョウジは笑って、また天を仰ぎ始めた。
その時、急に青いボールがリョウジの方に転がってきた。ボールといっても軽い素材のおもちゃのようなものだけど。
「あーそれ」
すると子供がそのボールを追いかけてきた。持ち主なのだろう。クリクリとした目をした3歳くらいの男の子だった。
「君のかな?」
リョウジがボールを拾って、渡そうとしていた。その子はうん、と頷く。可愛い。
すると、リョウジがそのボールを空高く投げてしまった。真っ直ぐな軌道を描いたボールはそのまま男の子の足元に落下した。笑い声がその場に響いた。
「わあああ」こんなにボールが高い所に飛ぶのを初めてみたのだろう。大喜びをしていた。
「うう、うう」もう1回とリョウジに懇願している様子だ。
「よおし、また投げる、今度は取ってみて!」
リョウジと男の子は、少し離れた所で遊びはじめた。ほんとうに楽しそうな二人。リョウジの顔は今まで見たことがないような弾けたような笑顔だった。
やっぱり、子供がよく似合う。好きなんだろうな。いつかは欲しいのだろうな。
僕は、リョウジの未来には、いらないのかもしれない。
そう考えてしまっていた。悲しい現実が、心の中の宇宙にある光を見失い始めたなような気持ちになった。この思いが晴れることは無いのだろう。
「あのー、こんにちは」
そんな思いを遮ったのは女性の声だった。大人だけど明るい色彩の服を着た若々しい感じの人だ。
「あの子と遊んでくれて、ありがとうございます」
リョウジと男の子に指をさして女の人は笑顔と共に頭を下げた。
「ああ」
男の子の母親なのか。リョウジ達はまだ遊んでいるから邪魔をしないように、僕に話しかけたのだろう。
「いえいえ、とても元気ないい子ですね」
「はい。あまり大きな人と遊ぶことが無いから、喜んでるみたい。あんなに高くボール投げるのを見るのも初めてなんじゃないかな」
「なるほど。アメフトの選手だからかな。」
「そうなんですね」
「はい」
「あの、あの方とはお友達同士なんですか」
女の人はサラっと当たり前の質問をしてきた。僕にとっては刺さることではあるけど。
「ああ、兄弟です。僕は弟です」
「え、そうなんですね」
「2人とも高校生で1歳違いです」
「お若いんですね」
こんな場合、僕らは血が繋がっていない兄弟なんですよ、と言った方が良いのだろうか。
「ウフフ」
すると、突然いたずらっぽい笑顔になった。
「あの、少し前からお二人が話す所を見ていたら、なんかその…カップルさんなのかなって。あ、ごめんなさい。気を悪くしたら…」
「え」
やっぱりそんな感じに思えてしまったのかもしれない。女の人の勘は鋭いなと実感した。
「いえ、僕たち兄弟なんで…しかも男なので」
一応、笑顔を保って返した。
「ですよね。ごめんなさい。でも…すごくお似合いだと思ったから」
「ああそれは、ありがとうございます、で良いのかな?」
僕の言葉に女の人は高い声で笑った。笑い話で終えられて良かったと思った時に、リョウジと男の子が帰ってきた。
男の子は母親を見つけると、駆け寄って抱きついた。やはり可愛らしい。リョウジが母親に挨拶をする姿を見ると、この男の子との家族そのものだ。お似合いという言葉はこの場にこそ相応しいものだろう。
親子が手を振って帰るのを見届けた後、満足そうにまた芝生に寝転ぶリョウジを見て、こみ上げる愛しさと共に、やはり複雑な思いもあった。
この思い、胸が苦しいけど、どこかに向かう気持ちは強くある。これがもしかしたら切ないということなのだろうか。わからないけど、僕はそう感じた。切なさとは、この感情なのだろう。
今日は楽しいピクニックではあったけど、激しい感情の揺さぶりもある、奇妙なピクニックの日だった。
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