第6話 ずっと、こうしたかったんだ
いよいよ父と母がアメリカに旅立つ日が来た。その日はニイちゃんと学校の駐輪場で待ち合わせて家に帰ることにした。後からやってきたニイちゃん。「よっす」と手を振りながら近づいてきた。
「やーいよいよだね」「そうですね」
もうじき本当の2人だけの生活が始まるんだ。不安はもう無くなった。一緒にいられることが嬉しく、そして切なくもあった。
2人で自転車を押しながら話していると、同じ学校の生徒の集団が通りがかった。
「リョウジー」という呼び声に、この人達がリョウジと同じアメフト部の人達だと気がついた。その中の1人が「今日はもう帰んの」と声をかけた。
「そう。帰る」
「あれ、隣のその人は?」
僕に視線が集まった。
「あ、これは」
リョウジと僕の目があった。リョウジは微笑んで彼らに告げた。
「こいつは弟、オレ、弟ができたの」
アメフト集団からはオーッという声となぜか拍手も飛び出した。
「親が再婚したんだよ、こいつは連れ子。オレと同じ境遇」
「あ、あの」
視線が集まったことで焦ってしまい、思わず自己紹介をしてしまった。
「あのー自分は弟です!いつも兄が大変…お世話になっております!」と丁寧ぎみに礼をした。
そうすると、なぜか拍手と大爆笑が巻き起こった。ウケてしまった。
「すげー」「弟かよ」
僕は恥ずかしかった。見も知らぬ大男たちに大きく笑われてしまった。すると
「2人とも、なんかタイプが違うけど、合うの?」という率直すぎる質問があった。
「・・合うよ。な!?」
とリョウジが僕に問いかけた。いつもの笑顔で。
「うん」
「だな、仲良し」
というリョウジの声にまた拍手が起きてしまった。ノリの良い人達なのだろう。
そんな時に衝撃的な言葉が浴びせられた。
「2人、もしかしたらデキてんじゃないの?」
あまりの言葉に発した人間に皆が注目した。そして僕は驚いた。
そいつはキョウイチだった。まだリョウジに会う前、名も知らぬ兄を探しに言った時に話しかけてきたあの男だった。アメフト部だったのか。
「キョウイチ、何いってんだよ」というツッコミも入る中、リョウジはフォローをした。
「俺たち、兄弟だし、それに男だからね。アハハハ」
僕は苦笑いをするしかなかった。
変な空気になったので、その場は解散となり、僕たちも家路に着いた。
それにしても、あの男…。なんてやつなんだろう。二度と会いたくないな。でも、リョウジとは面識もあるだろうし。自分から話しかけないようにしたらいいだろう。
でも、キョウイチはリョウジと僕は単なる兄弟なんだということ、当たり前の事実をわからせてくれたりもした。僕たちは男だし、兄弟なんだ。
恋をしても許されない。愛が通じ合ったとしても、それも許されない。
今日の夕日のように美しいものではないのだろう。自転車で坂を登るリョウジの向こう側から僕に差し込む夕陽が、今の僕には痛く感じた。
家に帰ると、父と母はすでに夕食の準備を終えて待っていた。
「おかえりなさい。今晩はひとまずお別れの晩餐。でも食べ終わったら私達はすぐに出なくちゃいけないの。ごめんね。バタバタして」
「ただいま、大丈夫わかった」
母に告げて、帰り支度をすませたリョウジと席を囲んだ。
「とりあえずアメリカに行ったら食べられなさそうなもの、普通のお料理を作りました」
母が作った料理は、トンカツにポテトサラダ、里芋の煮っころがし、さんまの味醂焼き、など。ほんとうに普通の料理ばかり、そして僕がずっと食べてきた料理だった。
「うまそう、いただきます」
リョウジは早速がっつく。
「リョウジ、良かったな、でも、このおふくろの味は、しばらくはお預けだけどな、すまんな…」
義父は申し訳無さそうに言った。優しい人なのだろう。リョウジの細やかな気づかいは親譲りなのかもしれない。
「ほんとうにね。せっかく家族が4人になったのにね。でも、たまには帰ってくるから」
「ういす」
リョウジは親の話よりも食べることに夢中らしい。
それに感心をしたのか母が「ほんとうによく食べるのね。ショウとは大違い」と言う。
「すみません」と僕が謝ると
「謝ることはないんだよショウくん」と、やはり優しい父のフォロー。すかさずお礼を言った。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。こんなにやさしいお父さんができて僕は嬉しいです」
「そんな嬉しいことを…」
少し目が潤んでいるようだった。ほんとうに優しいんだな。
「オレも、優しい弟ができてよかった!」
とリョウジがさらに追い打ちをかけてきた。もう照れて仕方がない。
「あ、そうだ」
と、母が空気を読まずに会話に割って入った。
「お料理あと一品あるの。持ってくるわ」そして持ってきたものは…
「あ、これは、生姜焼き、豚の生姜焼きスね」
リョウジが反応をした。
「ほほう、うまそうだ」とつぶやく父を前に僕とリョウジはほほえみあった。
この前に食べたね、と、どちらかが言うのかを、お互い考えていたからだと思う。
リョウジは生姜焼きをひとくち食べて「うまいす」と一言。
「よかったわ。リョウジくんが好きって言ってたから作ったの」と母の言葉の後に、リョウジは少し黙ったあとに、咳払いをした。そして
「おかあさん。本当においしい生姜焼きをありがとうございました。実は…。」
リョウジは大げさに茶碗と箸を降ろした。
「先日、ショウくんが僕にも作ってくれたのです。豚の生姜焼きを」
「アラ、そうだったの…」
母は何処となく嬉しそうだが、変な事を言い出した。
「ねえ、ショウのと私の、どちらがリョウジ君のお口にあったのかな?」
「うーん、どちらもとても美味しくてありがたかったのですが…ショウくんの生姜焼きの方が」
「!」
リョウジは何を言い出すんだろう
「ショウくんの方が、すこし、すこおしだけ美味しかったです!ごめんなさい」
「アハハハそうなの。あたしショウに負けちゃったわ」と母は大爆笑。
「いやーそうかい。僕もショウくんの食べてみたかったよ」と父は微笑んだ。
「すんません!」
リョウジは頭を下げ続けた。
「いいのよ。リョウジくん…いいの。ほんとうにありが…」
母は笑っていたかと思ったら、今度は少し泣き出していた。
「リョウジくんとショウが、仲良くなってくれて、ほんとうに良かった。こんな状況になってしまって、もし2人が上手くいかなかったらどうしようって。心配だったの」
そうなんだ、やっぱりそう思われていたんだ、普通はそうだろうなと母に同情をした。
「ショウがイイやつだからですよ」
リョウジが僕を呼び捨てで言ってくれた。2人の親近感を母に伝えたかったのだろうか。
「ありがとう。この子、ちょっと変わっているからね。きっとリョウジくんがとても気を使ってくれたからだと思うの」
ひどい言い方だけど、気を使ってくれたことは確かだと思った。
「2人とも、大丈夫そうだな。よかった」
父が母の肩をさすって笑顔で言った。
「お父さん、お母さん。僕らは大丈夫です。オレとショウ、兄弟でやっていける、と思います」
「…そうだね。僕もリョウジさんと仲良くなれたと思ってるし。大丈夫大丈夫」
リョウジがオレにGOODとばかりに親指を出すポーズをしてきた。
「ああ良かった。私達、これで安心してアメリカに行けるわね」
「君たちを信用しているよ。リョウジはショウくんのこと大事にするようにな」
父の言葉を最後に、この場は収まった。
皿洗いは2人暮らし初の共同作業として2人でやることになり、父と母は家を出ていった。
またすぐに来るかもしれないということで、最後はあっさりと別れた。
もともと、僕もリョウジも家庭内で1人だった。今度は2人だけど親に頼らずに生きてきたんだ。こんな状況になってもなんとも思わなくなっていたのだろう。2人とも冷静にこの場をやり過ごすことができた。
ふとリョウジを見ると皿洗いに苦慮しているようだった。背が高すぎて台所の高さと合わないのだろう。
母の身長に合わせて作られたこのキッチン。それでも、楽しそうに皿を洗おうとするリョウジの後ろ姿を見ていると、何かが心の中からこみあげてきた。これはもしかしたら愛しさなのかもしれない。
それに、リョウジの大きな背中、自分とは違う体格。この男らしさに魅力を感じる自分なんて、気持ちが悪いとは思うけれども抑えられないものを感じてしまってもいた。
後ろから抱きつきたい、抱きついてしまいたい。
そんな事を思ってはいけないと、気を変えてリョウジを手伝うことにした。
「手伝いますよ」
「ありがとー。じゃあ皿ふいて」「はい」
「♪」
リョウジはとても楽しそうだ。僕も楽しい。この楽しさの中で、僕はリョウジに話すこともあった。
「あの、お話があるんですが」
「おう」
「終わったらお願いします」
「やあ、いよいよだね、いよいよ。」
皿洗いを終えたリョウジがソファに座って両手をあげて、僕に語りかけた。
「僕達2人だけの生活、どれくらいになるんでしょうね」
「どうだろうね。まあたまに帰ってくるみたいだけど。そういえばお母さん面白い人だね」
「確かに面白いと、息子でも思います」
「ショウくんに似てるね。面白いし、いい人」
「そんな。僕は面白くないです。それよりお父さんは、とても優しい人でした」
「オレに似てるからね」
「そうですね!アハハハ」
「だろうー」
「冗談じゃなくてそう思います」
「・・・」
リョウジは黙って座ったまま僕に近づいてきた。
「そういえば、話があったんだよね?」
「あ、そうだった」
前から考えていたことをリョウジに話す。
「あの、これからは、この家のことは僕がやるようにしたい。朝ごはんとか、必要なら夕ご飯も。洗濯もやらなきゃいけないからやるね。」
「オレも手伝うよ」
「ありがとう。でも基本的には僕の役目ということにしてほしい」
「なんで?」
「ニイちゃんには部活とか、いろいろあるけど。僕は帰ってきてもやることもないし、土日もなにもない」
咳払いをして、話し続けた。
「恥ずかしいけど、僕の人生には何もないから、この家を守るということを、ちゃんとやりたいと思ってる」
リョウジの表情が少し厳しく、真剣になるのがわかった。
「ショウ、自分には何もないなんて思ってはいけない。そんなことはないから。家のことはありがとう。オレも協力する。でも、ショウはショウらしくいたらいいんだ。他のヤツと比べなくていいよ」
リョウジは、いつもより熱を込めて僕に語りかけているように感じた。
「ありがとう」
という言葉も素直に出た。
「ショウに何もないと思うなら、オレがその何かになればいい。ショウはそうは思わないかもしれないけど、オレにはショウというものができたから…」
その言葉に、熱い風がリョウジから吹き抜けて僕を突っ込んだような感覚に襲われた。
そしてリョウジは僕の手を掴んで立たせ、背中に手を回して、自分の胸に顔を引き寄せた。
強く、とても強く。
今、僕は抱きしめられている、リョウジに抱きしめられているんだ。
「ずっと、こうしたかったんだよ。ごめんね。イヤなら…」
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