第18話 シモダの消えた初恋




僕の失言から生まれた、またもやのシモダからの頬のキスに呆然としてしまった。

シモダは、僕から少し離れた所に移動をしていた。気を紛らわす為なのか、食べ終わったパンの袋を丸めて上に投げて取ったりを繰り返していた。

そんな彼を見ていると、心が痛くなってしまった。


こうなってしまった、させてしまったのは自分に原因があると考えた。

ほんとうのことをシモダに言うべきなんだ。

近づくと、後ろを向いたまま、少し反応したようだった。すると

「さっき、悪かった」

顔が見えないシモダの声は、いつもより少しだけ低くカスれているような気がして、物哀しく響いてきた。

しかし、意を決して僕はシモダの後ろに近づいた。

「あの、もう別にいいから」

「おう」

シモダは振り向いた。まだ顔はこわばっている。けど、言わなきゃいけない。

「シモダ君に、言ってなかったことがあって」

すると振り向いて僕に近寄ってきた。顔は好奇心に満ち溢れた少年のようになっていた。

「なに」

「ウソ、ついてた」

「うそ」

「うん、あのね。僕が好きな人、片思いじゃなくて、両思い」

シモダはしばらく黙った後に「そっかあ」と少し笑みを浮かべた。

「じゃあ、オレほんとうにお前に悪いことしてたんだな。悪かった」

「ううん、別に、大丈夫」

「どれくらい付き合ってるん」

「そんなに長くないけど」

「よく会ってるの?」

「うん」

「そっか。まあ、良かったな。ああ」

「ごめんね」

「いやあ」

シモダは頭をかきむしり、その辺をうろうろしだした。何か言いたげな素振りをみせて。


「あのさ、オレも嘘ついてた」

「え」

「カノジョなんて、オレにはいない」

「そうなんだ」

「ごめん。。」

「なんかその彼女が僕に似てるっていうのは?」

「あれは」

シモダの顔色が変わったような気がした。

スーハーヒーハーと大きな呼吸をし始めている。

何か言い出せないことがあるのだろうか。


「あれはさ、オレがオマエの良いところだと思ったところ」

「え?」

ちょっとよくわからない。

「だからさ、アレはオマエの好きなところ、そういうこと」

僕はまだ頭が混乱していた。ここまであったシモダのとの事を思い返してみた。


===================第15話「シモダの彼女と僕が‥」

「彼女さんのどこが可愛いと思うの?」

「うーん、なんかなあ、どこだろう。つかみどころがないというか、でもまっすぐな」

「けっこう曖昧な感じだ」

「そう。結局は見た目というか、そんなのもあるのかも」

「まあ、それはわかる。そこからの雰囲気とか、あと動きとか」

「だな。さっきのショウもそうだった。彼女もあの時に一緒にいたら、あんな感じでボーっとなんかを見ていたと思う」

「シモダくんって感受性が鋭いんだね」

「そう?」

「そんな感じの物の見方をする人は初めてだと思った」

「そんな事はじめて言われた」

「彼女さんとも、こんな話をしてるの?」

「しないなあ、何話してたっけ。オレはずっと可愛いなと思うだけだった」


===================


たしかこんな話しをしていた。要するに、あれは全部僕のことだったのか。。。


頭を動かすことに熱中しているのを遮るように、シモダが僕の前に立って話し始めた。


「オマエとミツル、野球部のミツルと席でいつもくっちゃべってたよね」

「ああ、席が前だったし」

「そう。アレ見ててさ、いいなって。オレもああしたいなって。ずっと思ってた」

「なんで?」

「わかんねーよそんなの」

シモダはまた食べ終わったパンの丸めた袋を投げて受ける動作を始めた。

「だから、好きなんだからだと思う。よくわかんないけど。その後、オマエの前の席になって嬉しくて、気を引こうとして、嘘ついちゃった」

「なぜこんな嘘」

「気を引きたかった。話題も無いし。カノジョいるって言えば安心するかなって」

「なるほど、っていったら変だけど納得した」

「確かに変。でも、今まで人を好きになるってことなかったから、まだ慣れてないからだと思う」

「そうなんだ、僕も今の人が初めて好きになった人だよ」

「いいな、それ」

「うん」

「すげえいい。マジで。いいな。いい。」

シモダの顔が笑っているようで、泣いているようにも見えた。

そして、つぶやいた。


「オレの初めての恋は、今、終わったんだな」

それを言うシモダの顔が見えなくなってしまった。見えてはいるけど、僕の心に映さないようにしていたという方が正しいのかもしれない。

僕は、この人の初恋を消してしまったんだ。それは事実だけど、誰も悪くない。

でも切ない。

恋というものは、こんなに切ないものなんだと僕は知ってしまった。


「でも、まあこれからは普通の友達だな」

その声に顔を上げて見た、シモダの笑顔はくもりのないように見えた。そう思うようにしたい、というスキさえ与えない清々しいものだと感じた。

「うん」

「オレは。。初めてのカノジョを探すのがんばる」

「シモダくんだったら、大丈夫だよ」

「マジで」

「たぶん」

「ひでえ」

二人は笑いあえた。良かった。普通の仲になれそうだ。

「じゃあ」

と、笑顔の彼に背を向けて、僕は校舎に戻ることにした。すると、後ろから衝撃がやってきた。

シモダがぶつかるように、僕の身体に手を回して、きつくきつく強く抱きしめてきた。

そして

「好きだった」

と、そっと耳元で囁き、すぐに身体を離してシモダは校舎に走っていった。


身体に少しだけ痛みを感じた。それは肉体の痛みでもあり、心の痛みでもあるのかもしれない。

消してしまった彼の初恋の痛みは、僕にとっても初めて感じた「痛み」でもあった。






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