第2話 兄に恋心を抱いた15歳

春の日差しは優しく、空の青さも哀しいほどにパステルカラーだ。こんなに素晴らしい日なのに、昨夜は眠れずにいた僕にはつらいものに感じてしまった。今日も昨日に続いて、空に申し訳ない気持ちになってしまう。通学路の丘の上の景色。遠くなのに、輝く飛沫が空気に消えていくのが見えるような海でさえも、今日はモヤモヤした心の中の心象風景のひとつになってしまっているような気がした。

そして日課の深呼吸はため息に近いものに。はあ。


学校に来るだけでもなんか疲れてしまった。大げさに考えすぎているからだ。


「これもどれもオカダ・リョウジのせいだ」

そうには違いないけど、あまりにも僕の方が理不尽だ。彼は明るく素晴らしく素直な人間なだけなのだろうに。


「ショウ、今日もお前なんか…」

前の席に後ろ向きに座って僕の顔を覗き込んだミツル。僕の異変を嗅ぎ取ったらしい。

「別に何もな…」

「何もない」と言いたかったけど、それは完全なる嘘になってしまう。ここまで自分の事を気にしてくれるミツルに申し訳無いとは思ったけど、少し疑問に思った。

「なあ、ミツルはなんで僕のことをそんなに気にしてくれるの」

思いきって思ったことをそのまま聞いてみた。

「それはなあ、お前とは…友達だから、だよな?」

「そ、それはそうだけど、ごめん」

「いや、いいんだ」

「ありがとう。正直に言うと、いろいろあったんだよ」

「そうか。別に話してくれなくてもいいよ」

なんて良いヤツなんだろう。

心を開いて昨日あった事をミツルに話した。なるべく端的に、大げさにならないように。

「母さんが再婚した、相手には息子が一人いる。」

「そうなんだ、すげえ、確かお前は一人っ子だったよな」

「そう。兄ができるということ」

「相手も一人なのか。年は?」

「一つ上で…」

その人はこの学校にいる人だと言うかどうかは迷ったけど、いずれ話すだろうから言ってみた。

「一つ上で、この学校にいる人だよ」

「そうなんだ、オレ知ってる人かな?もう会った?」

「うん」

「名前は…」

「リョウジ、オカダ。オカダ・リョウジ」

「うーん、聞いたこと…」

「ないよね」

「あるかも、アメフト部のオカダのことかな」

「知ってるんだ」

「オレは野球部だから詳しくはないけど」

「有名なの?」

「知っていることは、スポーツ推薦の特待生、中学ではすごかったらしい。後は、女に超モテるらしいと聞いたことある」

「そうなんだ…」


リョウジがモテる、超モテるということを聞いて、驚きと共になぜか少し悔しさを感じてしまった。おかしいな。これは嫉妬なのだろうか。見も知らぬ女子たちに。バカらしい。

「そんなにモテるんだね、あの人」

「わかんないけど。一回くらい近くで見たけど、たしかにカッコよかったな。モテそうだなとは思ったけど、もう話した?」

「うん」

そんなに話したとは言えないけど、手は握った。

もちろんそんなことは話さない。どうでもいいことなんだ、と心で処理をしたい、なんて考える自分がおかしいという事にも気がついていた。それだけ自分に取っては、ありえないような大きな出来事だったから。


数日後、兄の引っ越しと、新父の荷物運び入れの日になった。

引っ越しの後、両親はしばらくはホテルで暮らし、食事はこの家で共にするらしい。しばらくというのもテキトウなのだろう。


…いよいよ僕とリョウジが本格的に近づくことになるんだ、そう考えるとおそろしくもあり、不安もあり、その複雑さと同じくらいに、楽しみな感情もそこにあった。

リョウジはどんな人なのだろう、自分はどう思われているのだろう。


「よっ」というリョウジの挨拶と共に引越し業者もやってきた。荷物が部屋に次々と運びこまれる。

このマンションは2LDKで、母の部屋と僕の部屋に、広めのリビングにはラウンドソファも置かれている。テレビもあるけど、2人ともあまり観ることはなかった。母は忙しくあまり家にもいなかった。休日はデートなのか何なのか、いつも出かけている根っからの遊び人、経営者なのでそうせざるを得ないのかもしれないけど。

僕の部屋にもリョウジの荷物が来た。ダンボールの数は思ったより少ない。ベッドは業者が設営してくれた。

「じゃあ手伝いますね」

「お、ありがとう。ショウ…くん」

リョウジはなんだか照れくさそうな感じだ。僕も照れくさい。じゃあ手伝いますねの一言も、意を決してのものだったから。


「きょうだい、初めての共同作業だね」

「そうですね。よろしくお願いします」

「じゃあ、まずはダンボールを運ぶか」

「はい」

「お願いします。ていうか敬語なんだね…ショウくん」

「はい。わりと、いつも敬語ですね」

手を動かしつつ、初めてまともな会話をすることになった。

「これからも敬語なのかな俺たち」

「どうなのでしょう、兄弟って敬語は使わないですよね、たぶん」

「そうだねえ。オレが気にしなきゃいいんだよね」

「まあ、ご自由にどうぞ」

「自由か!自由は好きだな!ショウくんはどうかな」

「もちろん大好きです」

「やった!共通点発見」

リョウジは変なガッツポーズを取った。これは.喜びを表しているのだろう。ちょっとカワイイな、兄なのに、と思いつつ次のダンボールを手にとった。

重い。何が入っているんだろう。体勢を崩しそうになったところを、リョウジが僕が持っている段ボールをヒョイと持ち上げてくれた。

「大丈夫かな?重かったよね。オレがやるよ」

やはり運動で鍛えてきただけあるなと感心をした。リョウジの腕は僕よりもかなり太い。筋肉の筋も見えて、力こぶも見える。


そのうちに作業を続けていても、リョウジのことが気になって仕方なくなってきた。

リョウジが見せるちょっとした仕草や笑顔、そして自分とは違う種類の人間のように思えるその身体に惹かれ始めてしまっていた。なんてことだ、こんな事を考えてはいけないのに。

こんな感情はリョウジに悟られないようにしなければいけない。


ふと、段ボールのふたに平仮名で「ふく」とマジックで大雑把に大きく書いてあるのを見つけた。確かに服類がそこに入っていた。僕はそれがツボに入ってしまって、クククと笑ってしまった。

「どうしたの?ショウくん」

「ふく…ってここに…」

「ああ、これが、何?」

「おかしくて、ウケてました」

「おかしい?」

「なんかカワイイなって。すみません」

「アハハ、そうかなあ、カワイイなんて面白いこと言うね。あ、これもあるよ」

とリョウジが違う段ボールを取り出した。そこには「かみ」と書いてあった。

「かみってまさか」

「そう、教科書とか本とかの紙類」

「なるほど、『かみ』って。。おもしろい」

「漢字はわかるんだけど、面倒くさかったのかな」

「笑いのツボを押されてしまいました」

「まだあるよ」

次の段ボールには「いろいろ」と書かれていた。

「いろいろ!いろいろ…」

手を動かしつつも、笑いが止まらなくなってしまった。

「いろいろって、面白すぎる」

「ヤバい、そんなにかな」

「ハイ、ググッ」

「オレもなんか笑えてきた」

「そんな」

「自分のことなのにな」

「楽しい、ヤバい、引っ越しなのにスゲえ楽しい」

ふとすると、彼が手を止めて僕の方を見ていた。人を困惑と安堵に迷わせるようなやさしい笑顔で。もしかしたら僕のことを特別なものと考えているのではないのか、なんて考えてしまった。恥ずかしくなる。


「終わった!」

「終わりましたか」

なんだかボーッとしている間にもう引っ越しの片付けは終わっていた。

「ありがとう、助かった。いやあショウくんはホント手際が良いよね。ウットリしたよ、その手付き」

「なんですか手付きって」

「物を仕分ける華麗なる手さばき、ガムテープを引っ張って剥がす素早さとか、まさに完璧。天才かもね」

「そんな、普通ですよ」

これは、からかわれているに違いない。でも楽しくなってきた。

「じゃあショウくん、終わった記念に握手しよ」

わけのわからないことを言ってきた。なぜ?また?

「でも、手が汚れているかもしれない」

「後で洗えばいいよ」

そして僕の手を触ってきた。前とは違って優しく。そして、初対面の時のようにまた僕を見つめてきた。引き込むような目線を向けて。よくわからない感情がまた、こみあげてきた。同時にこの人が何を考えているのかがわからない、それも確かだった。同じ戸惑いにも、なぜか慣れつつあった。

「気持ちいいな。ショウくんの手、クリームとか付けてる?」

予想もつかない質問が来た。

「なんか、すべすべだよね。だからなんか付けてるのかなって。あ、オレってキモいこと言ってる?」

「いや…」

もしも普通だったのなら、そうだよキモイよと言って手を離すのだろう。それは言えなかった.。代わりにそのまま手を離さずにいた。自分の手の中でリョウジの指が動いている事が嬉しかった。この思いが通じてしまったのか、リョウジはそのまま僕の手を離さなかった。

2人の間にはこれまでとは違った空間が生まれたような気がした。


「ありがとう、じゃあ手を洗いに」

「うん」

「今、はい、じゃなくて、うんって言ったね」

「・・・はい」

「・・アハハハ、ほんとうに面白いな。ショウくんって宇宙から来たみたいだな」

「そんなこと、初めて言われました」

「いちいち面白いんだよ」

こっちもいちいち面白いよと思いつつ、手を洗い終えると母が夕食の支度を終えていた。


「今日はノボルさんのリクエストで和食にしました」

リョウジが嬉しそうに「わあ、うまそう」と箸を取った。

「こいつは母親の味を知らないからね。嬉しいんだよ」とノボルが言う。

「うまいス」

鶏の唐揚げをうまそうに頬張るリョウジ。

嬉しそうにリョウジを見つめていた母が「いつも食事はどうしてたの」と聞く。

「いつもは、夜はコンビニで弁当買ったり、配達頼んだり」

「なかなかね、男所帯はそうなっちゃうんだよね。リョウジには悪いと思ってるけど」

ノボルも唐揚げを頬張りながら話した。

「今度からはヘルパーさんが作ってくれるけど、ショウはね、ご飯はけっこう作れるのよ」

母が少し余計なことを言う。

「すげえ、オレできない」

リョウジの手が止まった。

「すばらしい息子さんだ」

新しい父はまだどこか他人行儀な感じで僕を褒める。僕が「かんたんなヤツばかりですよ」と恐縮ぎみに応えると

「ショウのね、豚の生姜焼きは絶品」と母が言う。

「マジで?オレ生姜焼き大好き」

「あら、じゃあショウに毎日作ってもらえるわ」

と母がリョウジにひどい冗談を投げる。

「そんなあ、生姜焼きを毎日作るなんて」と嫌がってみる。当たり前だ。

「・・オレ、毎日でもいいよ」

リョウジの言葉に新しい一家は湧き上がった。


「リョウジくんって大きいよね、身長は幾つ?」

食事を終えた母が聞く。「186センチす」とリョウジは答える。

「本当に大きいのね。部活やってるんでしょ?何だっけ」

「アメフトっす」

この話し方はいかにも運動部らしい。

「ショウの身長は何センチだっけ」

デリカシーの無い母の質問にムッとした。僕の身長は知っているはずなのに。リョウジと比べたら小人みたいに感じてしまう

「170くらいだっけ」

母は容赦ない

「168センチです。悪いですか」

感情のままに答えた。

「うーん、ちょうどいいかも。リョウジくんとのバランスを考えたら」

母がまたとんでもない事を言い放った。

「そうだな、自分もリョウジとショウくんが並んでる所を見たら、そう思った。ちょうどいいね」

新父ノボルまでもが追い討ちをかける。なんて事を言うんだ!

更に「オレも、そう思う」とリョウジも。

僕はここでどう反応したらいいのだろう。わからないわからない。

「お似合いなのよ 2人」

更に、更に、母が追い討ちをかける。


リョウジと向き合った時の事を思い出した。

僕がリョウジの顔を見る時には顎を少し上に向ける。その動作を持って人と向かい合うということはあまり無いことだった。リョウジは僕を見下ろしているよう。優しく微笑む目線を僕の顔に向けて浴びせかけているようだった、これがお似合い?

なんてこと。

こんなことを考えるなんて、恥ずかしい。やっぱり良くないことだ。


「じゃあ、お母さんたち今日はここを離れます。また連絡するね」

母達は食事の片付けを終えると、当面の寝場所であるホテルへ戻っていった。

そしてリョウジと家に2人きりに。どの道これから長い付き合いになるのだ。しっかり向き合わなくてはいけない。

しかし、いきなり同じ部屋で2人というのはどうなのだろう。なんて考えつつ部屋で机に向かい勉強をしたフリをしていると、リョウジがキャスター付きの椅子に乗ったまま移動をして、僕の近くにやってきた。


「ショウくん、ショウくん」

「はい」

「きょうだいで過ごす初めての夜だ、よろしくね」

と、椅子に逆向きで座って両手を組み、そこに顔を乗せて微笑むリョウジ。兄なのに可愛いかも。リョウジが少し小さい声で話しだした。


「きょうだい、兄と弟、漢字で兄できょう、弟で、だい。これは他で使わないよね?」

「そういえば…姉と妹、しまい、もそうですよね」

「面白いなあ」

「難しいですよね」

「ね、兄弟と姉妹、ショウくんは、もし新しくできるならどっちが良かった?」

「…難しいなあ、考えたことも無かったです」

「オレはね、後出しジャンケンじゃないけど、もし新しくできるなら弟が欲しかった」

リョウジは矢継ぎ早に話しだす。以前から考えていたことは事実なのだろう。

「姉妹だったら…女は嫌いじゃないけど、もし家族だったら気を使ったりしそうでイヤかなって。どう扱っていいのかわかんないから。それに兄だったら、なんかハラたちそうで」

「ハラたつって…」ちょっとだけ僕は笑った。

「だったら弟が一番イイかなって、結論に達した」

「なるほど」

「だから、弟ができてマジでうれしい」

なんだか恥ずかしくなってきてしまった。まるで愛の告白をされているかのようではないかと。

「初めてショウくんと会ったとき、靴が上手く脱げなかったのも、嬉しくて焦ったから。ちょっと変だったよねオレ。いきなりごめんね。こんな兄で。」

意外な謙遜をリョウジが僕に見せてくれたことが嬉しかった。

「そんなことないですよ。大丈夫です」

「ほんとうに優しいんだね」

「リョウジさんもすごく優しいです。最初はどんな人かわからなかったけど、いろいろ気を使ってくれていて、いい人だなって」

「…あ、ああ…」

突然リョウジが奇声を発して、首を振って自らの頬を軽く叩き始めた。

「どうしましたか」

「ああ、なんでもないなんでもない。から大丈夫」

「はあ」

「それより、ショウくんに提案というか、なんだけど」

リョウジは正気を取り戻したようで、また話し始めた。

「あの、オレさ弟が出来たら、オレのことを”ニイちゃん”って呼んでほしかったんだよね」

「え!」

「ニイちゃん、ってダサいかな?」

「ニイちゃん…」

ちょっと時代が古いような気がするけど現状の「リョウジさん」よりは良いかと思った。

「どうかな」

「…今のリョウジさん、よりは良い呼び方だと思います。」

「お、では?」

「はい、ニイちゃん」

「いいね」

喜んでくれそうなので、ちょっと作って言ってみた。

「ニイちゃん、よろしく!」

リョウジはまた「ああ〜」と奇声を上げて首を振って、己れの頬を叩いていた。



その後リョウジは沢山のことを話してくれた。大事なものはアメフト。中学から始めたけど、スポーツで上手くいったのはこれくらいだった。頭も使うから、集中力も高まった気がする。仲間もできた。など、明るく話していたけれど。

「小学校の頃は、イジメにもあってさ」

リョウジが告白を始めた。

「カラダがデカいからか何なのか、からかわれて。いつの間にか浮いた存在になっちゃってたんだよね。その内、人間が嫌いになって」

「そうですか…」

この明るいリョウジからは想像もつかない過去があったんだ。その事を話す時の瞳は少し憂いを含んでいるような気もした。僕に対して向ける時のものとは別のものだ。

「でもまあ、時が解決してくれた」

と、とびきりの笑顔で少し恥ずかしげに僕に笑顔を見せた。ふと可愛いなと思ってしまった。

まだ、僕は「ニイちゃん」とはそれほど話す時間は長くないのに、彼に惹かれてしまう自分に改めて気がついてしまった。今の今までは自分を制していたのに。


そんな時に「ショウくんと話しているとなんか落ち着くな」なんて彼が言い始めてしまった。

「まだ会って間もないのにね。ごめんね、オレきもいかも」

(そんなことない)と心の中で大きな声を出したけど、声に出す勇気がなかった。代わりにリョウジから目を離さないようにした。

察してくれたのか、リョウジは立って僕に近づいてきた。

「オレ達これから、長い付き合いになると思うから、とりあえずヨロシク!」

「…はい、よろしくおねがいします」

「アハハ、やっぱり面白いな」

「どこがですか」

「いいんだよ、全部全部アハハ」

「そんなあ」

と、言いつつも僕は楽しくて仕方がない。

「ショウくんはショウくんの良さをまだ気づいてないね」

「はい、よくわからないです」

「そこがいいんだよねえ」

「たぶん良いところなんて無いんですよね やっぱり」

「アハハ、まあオレも自分の良さはわかんないけどね」

「そうなんですか、知りつくしているのかと」

「ブハハ、なわけないよ。なんもないなんもない」

「ありますよ」

「ウソ?じゃあ教えて…くださいオレの良いところ」

ここは本音を言うべき場所なのではないのかと、僕は思ったのでそうした。

「やさしい」

「オウ」

「面白い」

「マジで?」

「身長が180センチ以上あってうらやましい」

「そうか。ちなみに186ね、それだけ?」

「…」

言うかどうか迷ったけど、素直に言うことにした。

「顔がかっこいい」

「…初めて言われたそんなこと」

「嘘だ」

「ほんとだよ」

「男に言われたのは初めてということ?」

「そうそう」

「嘘つき、まあいいです」

素直なのか何なのかよくわからないけど、やっぱりリョウジは面白いと思った。

「でも、自分ではそう思わないけど、オレのことカッコいいだなんて言ってくれて、正直」

「うう」

「嬉しいよ ありがとう」

「なんかすみません。気持ち悪いですよね自分」

「いいんだよ全然、キモくないよ」

「良かったです」

「まとめると、オレは…やさしくておもしろくて、背が186センチ、そして顔が良い、そんな良いところがあるということなんだな」

「まあ、そうなりますね」

「つまり、ショウくんにとって、オレは悪くない存在なんだということなのかな?」

ヤバい、この密かな思いに気がつかれてしまうと思ったけど、素直に肯定しておこう。

「悪くないですよ。ニイちゃん」

「やったー」

また変なガッツポーズを取ったリョウジ。どうやら軽い話で済まされたようで良かった。

しかし、この微妙な関係はこの先どうなるのであろうか。不安がよぎった。けど、それは良い不安のような気もしてきた。ますますわけがわからない。どうしよう。。。


「今夜は2人のはじめての夜、つまり初夜だよね」

そろそろ寝ようとしたところ、ついたてを挟んだベッドから、リョウジが変なことを言い出した。

「はあ。新婚夫婦はそうなりますよね」

「じゃあオレたちも、初夜だよね」

「なに言うんですか」

「ショウくんとオレは、これからとても長い付き合いになると思う」

「兄弟になりましたからね」

「今日は楽しかった」

「はい、僕もです。」

「ありがとう。それでね…ちょっとこっち来てくれるかな」

リョウジのベッドまで呼び寄せられた。


「このベッド大きいよね?」

確かに大きいけど。

「オレ、身体が大きいからさシングルベッドだと寝心地が悪くて、ダブルにしてんの」

「そうなんですね」

「ダブルだから2人用なんだけど、いつも1人で寝てる。当然だけど」

リョウジは何が言いたいのだろう。

「だから、ショウくんにここに横になってもらって、2人でも大丈夫かを確かめたいんだけど」

「それって・・」

リョウジの考えることはよくわからないけど、とりあえず僕と同じベッドで寝たいという事なのだろうか、いや「確かめたい」と言っていたから横になってみるだけなのかもしれない。

だったら初夜のくだりは何だったのだろう、初夜だから一緒にベッドで寝たいという事に違いない。いや、それは僕の勘違いなのかもしれない。しかし男である自分と一緒に寝たいということがあるのだろうか?僕が弟だからかも。いやいやまだ出会って話してそんなに日もたっていない、弟しての実績が無いに等しいのに、ああどうしようどうしよう。

情報量は多かったけれども、僕としては思考回路を超フル高速にして考えを巡らした。

その結果、本能ままに行こうと決めた。


「あ、あの」

おぼつかない僕にリョウジは懇願するようにこう言ってきた。

「大丈夫、オレ、何もしない。今夜は一緒にここで寝よう」

「!」

「な、オマエに手を出したりしないからさ」

と、片手を僕に伸ばしてきた。

「ニイちゃん今、僕に手を出してる」

「あ、ヤバいなこれ。アハハハ」

僕は透き通った気持ちでリョウジの手に導かれるままに、ベッドに入った。僕らは単なる仲の良いきょうだいなんだと思うようにした。そうなんだ、お互いそうに思っているに違いない。

自分がきょう考えてきたことは、きっとおかしいことなんだ。よくないこと。僕らは男だし、兄弟なんだから。


と、思いつつも、あっという間に眠りについたリョウジの顔を見ていると、自分の心の本心に気がついてしまった。

これは、人生で初めて感じた心だ、もしかしたらこれは、恋心なのではないのかと。


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