第13話 新婚高校生兄弟の1日 朝の部




僕は結婚した。

男と。

しかも兄と。

なんてことだ。他では非常識な事なのに。


でも、今はこんな考えを超えてくるようなものが僕にはあり

そして僕らにもあるんだ。

そう感じている。


いるんだ。


きっと。


そんな事を眠っているリョウジを横にして、僕は何度も思い返していた。自分が眠っている時にも、その事がぐるぐると回っているような気がしていた。


だから目覚めは悪くなかった。

それはスグそばにリョウジがいるからというのもあった。リョウジの寝顔をゆっくりと眺めた。

朝の光が満ちたベッドの中で、無造作に寝ている兄。愛しい兄。

その口が少し開いていて、クカーなんて音を出している。なんて可愛らしいのだろう。冷静さを失ってしまうほどに。


ああ、少しだけでいい、このほっぺにキスをしたい、なんて考えてしまったり。

いや、もう僕らは結婚したんだ。これくらいは絶対に許されるはずだ!意を決してリョウジの頬に顔を寄せた。

うめき声が大きくなった気がする、ハッと動作を止めた。リョウジは今日は休みのはずだ。起こしたら気の毒だ。サッと頬に口をつける程度にした。

リョウジに動きは無い。なんだか小汗をかいてしまった。何をやっているんだろう自分。

でも前のように悩んだりはしない、こんな感じの迷いさえも楽しみになったという変化も感じた。


そして着替えて朝食を作る。今日も簡単なものになるけど、喜んでくれたら嬉しいな、なんて考えていたら、自分はまるで新婚の妻のようではないかと気がついた。


自分はリョウジにとって妻になるのだろうか、それとも‥よくわからなくなってきた。僕らは結婚したけど、お互いはどんな位置になるのだろう。

すると、

「うっしゃーおはよう」

いつの間にかいたリョウジが後ろからハグをしてきた。そして耳元あたりに口を寄せてくる。

「くすぐったい」

「いや?」

「イヤじゃないけど、ご飯作ってるから」

「さっき、オレにキスしようとしてたよね」

「え、バレてた」

「おう、寝たふりしてた」

「恥ずかしい」

「大丈夫、可愛かったから」

そして僕の首に息を吹きかけてきた。

「また、後でね」

「わかった。後ね。絶対」

リョウジはチュッと唇を突き出すようにして、部屋に戻っていった。一人になり、台所仕事をしながら、僕は実感した。


幸せなんだ、自分は。

このようなものを、そうというのだと、生まれて初めての気持ちを感じた。

これが、幸せというものなんだ。

今までにないものに包まれた時に、地面が揺れ動く中に自分がいるような感覚になる、という事も初めて感じた。これは何なのだろう。

「うまいおいしー」

気がつくとリョウジが僕が作った卵焼き乗せトーストを食べていた。無意識に作業をこなしていた自分がおそろしい。

「良かった」

「うん、これ卵に何か変わったものが入ってる」

「ああ、バジルの粉です」

「バジル、Basilね」

「おお、正しい発音、どうしましたか」

「たまたまね、たまたま」

「あやしいなあ」

「なんで、そんな事無いよ、オレ英語得意だからさ」

「そうなんだ、教えてください」

「いやー無理、マグレだから」

「マグレって英語では何?」

「うーんTunaかな」

「サムいですよ」

「それよりさあ」

リョウジは水をごくんと飲み、喉を鳴らしたあとに、手を机に置いて話し始めた。


「ショウくんと、初めて過ごした朝、思い出した。あの時もこんな感じの崩れた卵焼きを出してくれたよね」

「崩れた卵焼き!なつかしい。正しい言い方覚えてる?」

「ううんと すく、Scramble Eggだね」

「素晴らしい、成長している」

「いやあ、それほどでも。あとスーパーに行ったりしたよね」

「ああ、しょうが焼きの材料を買いに」

「楽しかった。超楽しかった」

「デートみたいだねなんて言ってて、ちょっと焦った」

「あ、そうだった、まだオレの気持ちを伝える前だったからね。でもバレてたかな?」

「いや、そうかなとは。ちょっとだけ」

「そっか。オレ止まんなくて」

「何が」

「好きだって。抑えるのが」

「気を使ってたんですね」

「そう、公園デートしたじゃない?」

「うん」

「あん時に、ショウの顔についた草取ったの覚えてる?」

「はいはい、ありました」

「あれは、草なんてついてなかった。そこにあったのを拾って顔につけただけ」

「どういうこと?」

「キスしようと思ったんだよ」

「あ、僕もキスされるのかなって、正直思ってた」

「そうだったんだ、さすがに人前だしヤバいかなって思って止めたけど」

「そうですよね」

「しちゃえばよかったね」

「うん。してほしかった」

すると、リョウジは僕にサッと近寄り、急にキスをしてきた。そっと、優しく。

「したよ、しちゃった、遅れたけど」

と微笑むリョウジ。僕も口角が上がった。やっぱり幸せなんだな、僕は。そして思い出した事を話した。


「あのね、あの日、ニイちゃんと小さい男の子と遊んでたよね」

「ああ、可愛い子だった」

「あの時、リョウジが来る前にあの子のお母さんと話したんだけど、僕たちのことを兄弟だと教えたら、カップルさんかと思ってましたって言われた」

「マジで」

「うん。お似合いだったからって」

「わあ、やっぱ女は鋭いなー」

「僕もそれ思った」

「オレたちはやっぱりお似合いなんだな」

「そうなのかもしれない、母さんたちも言ってた」

「オヤジも。で、オレも思ってたからね。オレたち似合ってるって」

「ありがとう」

「ありがとう、ってショウ、やっぱり可愛いな、そんなところ」

僕は返す言葉が見つからなくて、リョウジに抱きついた。

「行こう」

リョウジは向きを変え、後ろから僕を押すようにしてベッドの方向へ。そして2人は向かい合い腰を下ろした。


僕の頭を撫でて、見つめてくる。その目を見ていると、あの時、リョウジと目を合わせた夜の事を思い出した。そして僕は先ほど思ったことを話すことにした。

「さっき思った、僕は幸せだって」

「え?」

「いや、ほんとに思った。幸せ」

「幸せ」

リョウジはしばらく黙って、僕を見ないで天井を見ていた。いや、天井ではなく何処か遠いところを見ているのではないかと感じた。すると

「しーあわーせ、すげーカンタンな言葉だけど、いいね」

「でしょう」

「忘れてたよ、カンタンすぎて。幸せなんだなオレたち」

「うん」

リョウジは僕を抱きしめて、そのままベッドに押し倒し、胸にその顔を押し当ててきた。僕はその頭を優しく撫でるように触っていた。

「ショウ、ありがとう。大事なことに気づかせてくれて」

「こちらこそだよ。ニ゙イちゃんがいなかったら、こんな事は思わなかった」

すると、リョウジが意外なことを言い出した。

「オレのこと、ニ゙イちゃんって呼べと行ったのはオレだったよね」

「うん、そう」

「そうだったけど、もうオレたち、結婚したよね」

今さらそう聞かれると躊躇してしまうけど、そうなのだろう。

「だからさ、ニイちゃんでもいいけど、他のでもいいよ」

「他の・・」

「ショウの好きな感じでいいよ」

「じゃあ、リョウジはどうかな」

「いいね。でもなんで」

「心の中でそう呼んでたから」

「そうなんだ、なんかいいね。一回言ってみて」

「はい。リョウジ」

「あーイイ。イイね。もう一回」

「リョウジ、リョウジ」

「最高」

しばらく僕は無言のまま、触れ合ったり、気まぐれに頬にキスをしたり、手を繋いで指を絡ませたり、そんなまどろみを楽しんだ。

「あ、そうだ」

突然リョウジが声を上げ、上半身を起こした。

「何?」

「あの、忘れてたよ。今日さショウの誕生日だったよね」

「あーそうだった」

「なんか昨日から色々濃くて」

「だね」

「笑えるね。とりあえずおめだとう」

「言い間違い、まだ寝ぼけてますか」

「いや、ショウ君の前だと、こうなっちゃうの」

そしてリョウジは僕の胸に顔をすりつけて甘えてきた。仕方ない感じで優しく撫でてあげた。

「でも、誕生日プレゼントは忘れてないよオレ」

「さすが」

「なんだっけ、ショウ君教えて」

「え、恥ずかしい、僕から言うの」

「おかしいよ、ショウ君からの要望だったのに」

「確かに、うーんと一日中‥」

「ずっと。。くっつく、だろ?」

今さら口に出されると本当に恥ずかしいな、と思っていると、

「オレは、ずっとくっついてもイイよ」

と、リョウジが顔を起こして僕を抱きしめてきた、優しく。

「明日になっても、その次も。ずっとね。そんな気持ちだから」

「ありがとう」

「だから、今日もずっとくっついてよう」

「うん」

「幸せ。こうしてるだけで、幸せだからな」

「僕も」

しばらくの空白の後、空白があるからこそ、僕はリョウジに伝えたいことがあった。大事なこと。忘れてはいけないこと。

「ニイちゃん、間違えた。リョウジ」

「間違えてないよ どっちでもいい」

「ありがとう、でね。お母さんが言ってんだけど」

「うん」

「若い人が見ている世界は、その内に変わってしまう。大人に近づいたら自分の周りは変わってしまう。だから、大切なものが見つかったら素直になった方いいよって」

「なるほどな」

「だから、僕は素直になった。この先、どうなるのかわからないけど、力いっぱいリョウジのことを大切にしようって」

「わかる、わかるよ。お母さんの言う事もわかる。でもな」

リョウジは僕の頭をつかみ、胸に引き寄せてきた。

「変わってほしくない、このままがいい。大人になりたくない」

返す言葉が出なかった。その通りだと思ったから。

大人になりたくない。


大人になりたくない。

まだ自分が幼いという事実を改めて感じてしまったけど、これはみんなが思うことなのだろうと、リョウジの胸の中で考えていた。

リョウジの目は何かに耐えているようだった。泣き虫のリョウジ。もしかしたら、と見上げると、急に笑顔になっていた。

「ショウ、先のことはわかんねーけど。オレはオマエの事が好き、今はそれだけで十分」

「そうだね、僕も同じ」

「オレは幸せだよ。ほんとに」

「うん」

「とりあえずさ、オレはちょっと眠くなってきちゃった。また寝ていい?」

「もちろん」

リョウジは目を閉じて、僕の手を握った。力を込めて。僕も握り返した。力を込めて。

僕も目を閉じた。リョウジが2回強く握ってきた。僕も2回強く握った。そんな事を繰り返すうちに、僕らの心の中にあるものを理解しあえたと思った。そして僕らは浅い眠りについた。

反してこれまででより強い日差しが2人を包み込み始めていた。





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