第20話 ショウ、オレにさわってくれ、好きにしてくれ!



モデルになりたい。兄はそう言った。少し照れくさそうに。


僕はこみあげる気持ちを感じていた。

きっと成功するだろう。

そして、自分から遠くなってしまうのかもしれない。そんな事を思ってしまった自分が恥ずかしい。リョウジは僕だけのものではないのに。


「でもさ、オレなれるのかな、モデルなんて」

すると、リョウジは僕の身体に軽く手を回して、そう呟いた。その顔は不安げでもあり、謙遜も感じられた。その戸惑いはほんとうの事なのだろう。

僕は本心で返答することにした。

「なれると思うよ」

リョウジに顔を近づけて、僕はそう言った。

「なんで」

「だって、ニイちゃんは何着ても似合うし」

「そんなことねえよ」

「ううん、だって、僕が同じ服を着たとしても全然違う感じになると思うから」

リョウジは少し悲しそうな目をして、首を横に振った。僕に対して言いたいことがあるのかもしれない。だからフォローをする。

「あ、これは例えだから。それだけ、良くないことじゃない」

この言葉に少し笑ったと思ったら、その顔が近づいてきて、少し焦る。

「あの、それに、他の人には無いもの、惹きつけるもの?があると思う。僕もその1人…」

話を遮るように、リョウジは僕を抱きしめてきた。そして「ショウ」とだけ、囁いた。顔は見えないけど、暖かい空気を僕は感じた。そして

「オレ、着替えるから、部屋行こう」

手を引いて僕を導くリョウジの顔は、これまでと違うような表情に思えた。大人になったのかもしれない、なんて少し感じてしまった。


気がつくと、僕はリョウジに後ろから抱きしめられていた。ベッドの上に座る僕に回り込んで。

いつもより強い力を感じた。そして首にリョウジが音を立てて、いたる所に口をつけてくる。そして時にその手は僕の身体をまさぐるように撫でてもいた。

「ショウ、ショウ」

と、耳もとにも口をつけて、囁いてきた。

「どうしたの」

いつもとは違うリョウジに、僕は少し戸惑っていた。

「ショウの体温、好き。だから、こう抱くと感じられて」

その言葉の後に僕を抱きしめる力が強くなるのを感じた。リョウジの体温がどうかと思ったことはなかったけど、僕の身体にリョウジの温度が染み込んでくる気がした。

「これが、リョウジのぬくもりなのかな」

「ああ、そうだね。ぬくもり。その言葉、良いね、すごく」

その言葉の途中で、リョウジは耳に近づけて話し始めた。

「ショウ、さっきありがとう」

「何?」

「玄関で、オレのこと、オレが気づかないこと、ショウは知ってるんだなって。すげえ嬉しかった」

「ああ」

「ショウのおかげで、オレ頑張ろうって。ね、立って」

リョウジは僕の腕を掴んで立たせて、正面に回らせた。そして僕にそっと近づいてきて、顔を撫でてきた。

「ほんとにありがとう、ショウがいてくれたからオレは一歩踏み出せる気がした」

「そっか。良かったよ、ほんとに」

「ショウがいたらオレ何にでもなれそうな気がする」

そう微笑むリョウジの顔を見て、リョウジの広い胸に顔を寄せてみた。

「好き」

そして、こんな言葉を素直に言ってしまった。胸に隠れてしまったのは恥ずかしかったからなのかも。

「嬉しいよ。ショウ。オレも」

リョウジは胸の中にいる僕の髪を撫でたり、クシャっとさせたりしながら、何度もそう言った。

リョウジの体温を感じる。僕もこの体温が好きだ。

「僕も、ニイちゃんの体温好きだよ」

リョウジの目を見て僕はそう言った。リョウジは目をわざとなのか、かなり細めて、見返してきた。なんかかわいい・・

「ショウ、オレ、なんか泣きそう」

「なんで」

「わかんない、嬉しくて、幸せで」

「嬉しかったら笑おうよ」

「わかった、それか…こうする」

「うう」

リョウジがキスをしてきた。すぐに口は離したけれども、この流れの中で僕の中に風が吹いた。何かリアクションを起こさないとと思っていたら、リョウジに導かれて、ベッドの縁に腰をかけた。まだ寝るには早いからかな。リョウジは肩に乗せた僕の頭をしばらく撫でていた。

僕はリョウジの呼吸音を聞いていた。身体越しに伝わってくる鼓動とリズムとその感覚。当たり前だけど、自分以外の人間が存在しているということを実感していた。おかしなものだ。

リョウジに握られている手に力が込められたかと思うと

「今日さ、思ったんだけど」

リョウジがいつもより小さな声で話しを始めた。

「会社でさ、大人の人たちと話してて思ったんだけど、オレ高校出たら働くことになると思うんだけど、そしたらさ」

そして僕の方に顔を向けてきた。

「金入ってくるから、自由にできるから、ショウともずっといられるかなって」

「どういうこと?」

「オレさ、ショウとこうしてるのが人生で一番幸せだからさ、これを守りたいなって。金さえあれば、それができるかなって」

「そんな事、考えてたんだ」

「うん。ショウとの未来のこと。まだちょっと先だけどね」

未来という言葉に、僕は動揺してしまった。リョウジの未来を僕が預かることになるなんて。

そんな事、ほんとうによいのだろうかと考えてしまったけど、リョウジが言う通り先の事なんだと自分に言い聞かせた。

「そんな事を考えてたんだ、すごいね。未来だなんて、僕はまだ考えられない」

「いや、オレもそう。まだ今は、そうなのかなって。その中で大事なこと、それがショウだったってことが、あらためてわかったんだ」

「・・ありがとう」

この返しは正しいのだろうか、わからなくて。でも心からの言葉だった。

リョウジは微笑みだけを返して、僕の手を引き、ベッドの壁側に2人に並んで座るように促した。


肩に僕の頭を乗せたまま、リョウジはスマホをいじりはじめた。が、すぐにその手を止まった。

「今、送ったよ」

「何?」

「シロタさん、会社の人にね、モデルやります、やらせてくださいってメッセした」

「そっか、始まるんだね」

「うん。でもまだわかんないけどね」

「シロタさんって良い人?」

「すげー良い人だよ、ちっちゃい頃から知ってるしね。あ、そうだ」

リョウジはスマホで調べた画面を僕に見せた。

「これ、これがシロタさんの会社、事務所のページ」

そのページには詳しくない自分でも知っている有名人達の写真と社名が載っていた。

「なんか、すごいんだね。この世界の事はよく知らないけど、それでもわかったよ」

「オレもわかってない。いろいろ勉強しないとな」

リョウジはスマホを消して、横に座る僕に抱きついてきた。

「正直さあ、いろいろ生活が変わるとショウとこんな事できる時間も減るのかな」

「まあ、そうかもしれないね。お互い変わるかも」

「だよな」

リョウジが少し哀しそうな顔になってしまった。

「オレさ、心配なんだよ」

僕の顔を見て強い目線で話し始めた。

「ショウに誰かがまた手を出すんじゃかなって」

「え、そんなこと」

「だってショウ、すげえモテてるから」

リョウジは前の方を向き、僕から目を離して大きく呼吸をしだした。

「この間のクラスの奴とか、あとキョウイチにも、あと」

「あと?」

「中学の時の、ショウに可愛い可愛いって言ってきた奴」

「あれは、昔のこと」

「わかってる、ごめん、なんだろなオレ、これってヤキモチってやつなのかな」

「そうだと思う」

「イヤだよな、そんなやつ、ショウは」

「イヤじゃないよ。だってそれだけ好きってことだよね」

「そう、嬉しいよショウ、やっぱり・・」

リョウジは話しは途中にして僕に抱きついてきた。

「ショウ、ありがとう。でもオレも抑えなきゃいけないよな、こんなの」

「僕はリョウジ以外好きじゃないから」

「うん、オレもだよ」

しばらく、5秒位2人は黙ってしまった、その5秒がとても長く感じてしまったのは、この後のリョウジから出た言葉のせいだ。


「ショウ、オレはショウにお願いがある」

「何?」

「あのさ、オレに触ってほしい」

「え?」

「オレのこと、好きにしてほしい」

そう言うと、リョウジはTシャツを脱ぎ捨ててしまった。

僕は口を少し開けたまま、立ち尽くしてしまった。


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