第15話 パンとチーズ

 夢を見た。

 血と鉄が香る忌々しい過去の記憶。

 獣王の恐怖がまだ新しく、獣や獣人を目の敵にして追い掛け回す人間たちの怒りに満ちた顔。

 山羊の頭をした大男なんて格好の的だった。

 ただ、生きたかった。

 だからひたすらに逃げた。

 ボロ布を被り、体を折り曲げて必死にその巨体を隠した。

  





 フワリと小麦の香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。ゴートンの意識がゆっくりと覚醒していく。

「おはよう愛しい人。いい夢見れたかい?」

 目を開くと、そこにはゴートンと自分の朝食を用意する愛しいラモーの姿。

 彼女はその鋭い眼に優しい色を浮かべ、ふわりと天使の微笑みを浮かべる。

 その姿が愛おしくてたまらず、ゴートンは起き上がって彼女の体を優しく抱きしめた。

「こらゴートン。アタシが朝食を用意しているのが見えないのかい?」

「すまない我が愛。君があまりに愛おしくてね」

 甘い言葉を囁く山羊頭の大男に、ラモーは汚れを知らぬ少女のようなあどけない表情でクスクスと笑う。

「それじゃあしょうがないな。さ、一緒に朝飯を食おう」

 料理が苦手という彼女が用意してくれたのは、黒パンの上にチーズを乗せて軽く火を入れたものと、新鮮なミルク。シンプルだが非常に魅力的な朝食だ。

 食卓につき、食事を始める。

 二人とも信じる神もおらず、食事の前のお祈りは無い。

 軽く焦げ目がついたチーズ乗せパンにかぶりつく。

 トロリととろけるチーズと、少し歯応えのある黒パン。すかさずミルクで流し込む。濃厚なミルクの風味も合わさって絶品だった。

「安物しかねぇけどよ。最近はこれで十分だなって感じるんだ」

 ラモーの言葉に、ゴートンは深く頷く。

「愛する君と共にいられれば、私は他に何もいらないよ」

「朝っぱらから情熱的だねぇ。アタシもだよゴートン」

 ニヤリと笑って、少し恥ずかしくなったのかミルクを一気に飲み干すラモー。そんな彼女をゴートンは優しい目で見つめていた。

 弛緩した幸せな朝の空間。しかし、ゴートンの人間よりも鋭敏な嗅覚が、その幸せの終焉を悟る。

 辺境の村には似つかわしくない濃厚な血の匂い……ゴートンは立ち上がると壁に立てかけてあった木製のスタッフを手に取り、ラモーに声をかける。

「……おそらくトラブルだ。武装をした方がいい」




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