第16話 群れと王
「逃げろ……村に魔物の群れがやってくるぞ!!」
血だらけの男が叫ぶ。
しかし、集まった村人たちは戸惑ったような表情を浮かべてポカンと立ち尽くしていた。
男は村の住民ではない。装備から見て、おそらくギルドに所属している冒険者だろうか?体のいたる箇所に見るも痛ましい切り傷や噛み傷。右腕などは皮一枚でつながっているようで、プラプラと今にも千切れそうな様子でぶら下がっている。
おそらく近隣の街のギルドから、魔物討伐の依頼でこの近辺に来た(この村にギルドの支部は存在しない)。
そして運悪く魔物の群れに遭遇して命からがら逃げてきた……。
男は村人たちが動かないことに対して、意味がわからないとばかりに首を横に振って、それから力尽きたようにパタリと倒れた。
それでも村人たちはポカンと立ち尽くしている。
無理もない事だ。
この近辺には人を襲うような魔物はしばらく出現していないと聞いている。
故に、村には用心棒の役割をするものもおらず、平和にゆっくりとした生活を送ってきたのだ。
急に魔物が来るから逃げろと言われても、いまいち現実味がないのだろう。
少し遠巻きにその様子を眺めていたラモーとゴートン。ゴートンがラモーに小さな声で耳打ちする。
「……どうするラモー。恐らくたいていの魔物なら恐らく我々だけで対処できるだろうが……群れというのがどの程度の規模かわからない。あまり危ない橋を渡りたくはないな」
基本的に、強力な魔物は群れをつくらない。群れを作る魔物は個々の戦闘力が著しく低く、群れを作らねばまともに狩りもできないような魔物ばかりだ。
そんな魔物が相手なら、二人が後れを取ることは無いだろう。しかし、冒険者があそこまで負傷するという事が気がかりだった。
ゴートンの頭に蛇王と名乗った獣人の姿が浮かぶ。
”王”
それは基本的に統制のとれない獣たちを力で従え、無理やり”群れ”のような形を作ることが可能な個体。
仮に、あの蛇女が言っていたことが事実だとするならば、”王”の名を冠する個体が出現し始めたらしい……それは実に数千年ぶりのことだった。
人間と獣の抗争に巻き込まれるのはごめんだった。ゴートンはただ、愛する人が無事であればそれでよかったのだ。
しかし、愛するラモーは人間だ。もし彼女が人間を救いたいと考えるのなら……。
その時は……。
「そうだな……せっかく買った家は惜しいけど、この村に助太刀する義理もない。さっさと荷物まとめてずらかろうぜゴートン」
あっけらかんと言い放ったラモーに。ゴートンは気づかぬうちにギュッと固く握りしめていた拳をゆっくりと開いた。
「よかった。では素早く準備をすると……」
ゴートンの鋭敏な嗅覚と聴覚が嫌な情報を捉える。ムッとするような獣の匂いと、鋭く地面をえぐる狩人の足音。
「不味いな……どうやら逃げられないみたいだ」
次の瞬間、村中に響き渡るような獣の咆哮。その声を聞いて、やっと事態を理解した村人たちが右往左往する。
土煙を巻き上げながら森から姿を現したのは、種族の違う多種多様な魔物たちの寄せ集め。歪な軍隊の姿。
ゴートンは”王”の出現を確信する。
ちらりと隣のラモーを見て提案した。
「……心苦しいけど、村人たちをおとりにしたら逃げられるかもしれない」
その提案に、ラモーはやれやれと首を横に振る。
「魅力的な提案だけどサ。ちょっと難しいみたいだぜ」
やってくる獣たちの後方を指さした。
その先にいたのは…………。
「牛の頭を持つ獣人……あのオーラからして、おそらく”王”……か」
◇
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