第2話 恥

 恥をかかされた。

 恥をかかされた。

 冒険者のベナン・ロートレスは、目をギラギラと殺意に輝かせ、僅かな月明かりを頼りに路地裏を進む。

 ベナンはこの街のギルド支部ではかなり古参のメンバーで、冒険者は皆彼に一目置いている。

 12レベルの戦士職。

 経験と実力に裏打ちされた彼の自信は、昼間ギルドにやってきた新人によって粉々に打ち砕かれた。

 ギルド支部で最高レベルを誇っていたベナンのレベルを大きく上回る男女二人組。

 山羊の頭を持つ亜人の男は治癒術師というはずれ職業だったので全く問題ないのだが、問題は女の方だ。

 17レベル狂戦士。

 あの時……。山羊頭の亜人を笑ったあの時女が放った強烈な殺気。

 そう、ただの殺気だ。

 ただそれだけで、数々の修羅場を潜り抜けてきたベテラン冒険者であるベナンは一歩も動けなくなった。

 1対1で大型の魔物と戦った時にも感じなかった濃密な”死”の気配。

 あの時、ベナンは初めて戦わずして敗北感を味わった。

 恥をかかされた。

 この街はベナンの庭だ。

 自分のホームで、よそ者に舐められるなんて、彼のプライドが許さない。

「夜襲するなら、もっと気配を殺さないとダメだぜ?殺気が丸わかりだぁ」

 突然背後からかけられた嘲るような声。ベナンは反射的に腰に下げていたロングソードを抜刀すして振り返る。

 やはりというべきか、そこに立っていたのは昼間ギルドに来ていた狂戦士の女。

 武器を構えもせず、建物の壁に寄りかかるように脱力して立っている。

「テメェ、昼間ギルドにいた男だろ?一人だけ殺意マシマシでこっち見てたから覚えてる」

「……ここは俺の庭だ。舐められたままじゃあ引き下がれねえよ」

「ふぅん?まあ、仲間を引き連れないで一人で来たってことは、本当にプライドが高いんだな。だがそのプライドが命取りだ。自分より高レベルの戦士を殺したいんだったら……テメェは一人で来るべきじゃなかった」

「舐めるな小娘が!レベルが全てじゃねえよ!このベナン様の実力をとことんわからせて……」

 気が付くと、目の前にいたはずの女が視界から消えていた。

 次の瞬間、自身の首から噴き出す鮮血。ベナンは、いつの間にか勝敗が決していたことを悟る。

 ベナンが視認できないスピードで手斧を抜刀し、彼の隣を通り抜けざまに首を切りつけた女は、刃に付着した血をボロ布で拭いながらつぶやいた。

「レベルが全てじゃない?まあ、確かにそうだ。だがな、大抵の技術や経験はレベルの差で押しつぶせるんだよ」







 美しい月銀の光を全身に浴びながら、ラモーは今晩止まっている宿にフラフラと戻ってきた。

 一瞬だったが、先ほどの戦闘で中途半端に体が熱を帯びている。

 どうにもいけない。

 この昂ぶりを鎮めるために、外に出て適当な魔物でも切り殺してこようか?

 そんな事を考えながら、寝ているであろう相方を起こさぬようにそーっと扉を開けて部屋に入る。

「……おかえりラモー。ずいぶんと遅い時間の散歩だったね」

「……なんだ、起きてたのかゴートン」

「少し、寝つきが悪くてね」

「また……昔のことを?」

「長く生きていると、いろんなことを思い出すのさ」

 綺麗な金色の山羊の瞳に悲し気な色を見た気がして、気が付くとラモーはゴートンの体をそっと抱きしめていた。

「大丈夫だよ愛しい人。アタシがいる……アタシの命に代えても、アンタを脅かす障害は排除するから」

「ありがとう我が愛……少し血の匂いがするね。また無茶をしてきたのかい?」

「無茶なんてしてないさ。ただ飛んできた虫を払っただけだ」

 悪びれた様子の無いラモーに、ゴートンはやれやれと肩をすくめる。

「君の事だ、きっと私を守ってくれたのだろうが……一応レベルは私の方が上なのだから、気にしなくていいんだよ?」

「そんなわけにはいかねえよ。いくら見たことねえくらいの高レベルとはいえ、アンタは後方支援、戦闘向きじゃねえ……まあ、仮にアンタが戦えたとしても関係ないけどな」

 そういってラモーはゴートンの巨体をベッドの上に押し倒す。

「アンタはアタシのものだ……誰にも傷つけさせやしねえよ」

 ペロリと唇を舐め、艶めかしくゴートンの首筋を手でなぞる。

 夜は、ゆっくりと更けていくのだった。




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