山羊頭の治癒術士

武田コウ

第1話 山羊頭の男

 ガラリと開いた冒険者ギルトの扉。中に入ってきた奇妙な二人組の姿に、異形の徒には慣れている筈の熟練の冒険者たちがざわつく。

 先頭を歩くは安い皮の鎧を身に纏い、腰には二本の片手斧を下げた赤毛の女。顔には左のこめかみから右顎にかけて大きな古傷。目つきは鋭く、気の弱い者ならその視線だけで震え上がるだろう。

 見るからに「いかにも」といった風貌の女だ。他の場所ならいざ知らず、冒険者ギルドの中では珍しくもない部類の人間だった。

 冒険者たちがざわついたのは、後からやってきた奴を見たからだ。

 女に続いてのっそりと現れたのは、先程の女の2倍ほどの背丈がある巨漢。長いマントを体に巻き付けているが、隆起した筋肉は小山のようで、その腕の一振りで木をへし折りそうな威圧感がある。

 そしてなによりもその頭部。

 頭部には巨大な2本の角を持つ山羊の顔。生気の無い金色の瞳が左右別々にギョロリを動いている。

 亜人種というのは珍しいものの、ギルドには何人か亜人のメンバーが登録している。

 耳が長く魔法の扱いに長けた”森の民”だったり、背が低く手先が器用で力が強いドワーフだったりだ。

 しかしこの男はそのどれとも違った。

 奇妙な事に、この男の頭部は山羊のソレだが、首から下はまるっきり人間のものだった。 イタズラに人と山羊を混ぜ合わせたようなその姿は、どちかというと魔物を思わせる異形。先程まで賑やかだった冒険者ギルドはシンと静まりかえった。

 しかし、そんな周囲の反応など気にならないとばかりに女はズカズカと進み、ギルドの受付までやってきた。

 酒で焼けたようなガラガラの声で、ギルドの受付嬢に話しかける。

「この二人で冒険者登録がしたいんだが、すぐできるのかい?」

 それからチラリと隣に佇む山羊頭の男を見て、追加で質問した。

「あー、見ての通り連れがこんな感じなんだが、登録は問題ないかな?」

 プロ意識のなせる技か、本心はどう思っているのかは知らないが、受付嬢は涼しげな顔で応対する。

「冒険者登録ですね。ええ、種族による足きりは行っておりません。冒険者ギルドは”来るもの拒まず”がモットーです。こちらの書類にお名前を書いていただいて、その後にお二人のレベルをチェックさせていただきます」

 受付嬢の言葉に、女は少し困ったような顔でポリポリと頬を掻いて振り返り、背後に控えていた山羊男に話しかける。

「なあゴートン、お前読み書きできたよな? 代わりに名前書いてくれよ」

 ゴートンと呼ばれた山羊男は、腹の底に響くような低音で返答する。

「あぁ、読み書きなら一通り。私が変わろうラモー」

「悪いなゴートン。頼むよ」

 ラモーと呼ばれた女が一歩後ろに下がると、代わりにゴートンが前にでる。その巨体に少し怯みながらも、受付嬢は一枚の羊皮紙を彼に差し出した。

「ありがとう」

 ゴートンは丁寧にお礼を言って受付嬢から羊皮紙と羽根ペンを受け取り、サラサラと二人分の署名をし、受付嬢に書類を返却した。

「はい、確かに……ではレベルの審査をさせていただきます」

 そして受付嬢は先程の羊皮紙ほどの大きさをした、古びた石版を持ってきた。

 古の魔法が込められているその石版は、触れた者の職業とレベルを解析するという。

「昔は自己申告だったのですがね……虚偽申告をして高いレベルの依頼を受けようとする冒険者が後を立たず、この石版を導入することになったみたいですよ」

「へぇー、じゃあアタシからやるかな」

 そう言ってひょいと石版に触れるラモー。

 すると石版に刻まれた魔方陣が反応し、金色の光が溢れ出る。その光が彼女の体を包み込むと、やがて彼女の頭上に金色の光が文字を紡いだ。


”狂戦士 レベル17”


 遠巻きに様子を見ていたギャラリーたちがざわめく。

 受付嬢もそのレベルの高さに驚いたようで、口をポカンと開けた。

「レベル……17ですか……この熟練度で冒険者ギルドに初登録なんてあまり前例が無いですね……失礼ながら、今まで何をされていたのですか?」

 受付嬢の質問に、ラモーはニヤリと笑った。

「それ、言わなきゃ登録はできないのかい?」

「いえ……失礼いたしました。少し取り乱してしまい……。もちろん、冒険者ギルドは来る者を拒みません」

 ゴートンの姿を見ても動じなかった受付嬢がここまで慌てるのには理由がある。

 戦闘要員でない一般的な成人男性のレベルは、だいたい平均して3~4程度。戦闘訓練をした兵士が5~7程度で、ギルドの腕利きでも10を超えれば大したものだ。

 17なんてレベルはそうそう聞いたことが無い。

「しかし職業が ”狂戦士” ですか……」

 何か言いかけた受付嬢の台詞を、ラモーは遮った。

「ああ、心配しないでいい。ギルドに迷惑はかけねえよ」

「そう……ですか。ええ、もちろんギルドは職業による足きりもしないのですが……いえ、失礼いたしました。ラモーさんの登録は完了です」

「ありがとよ、じゃあ次はゴートンだな」

 ゴートンは肩をすくめ、一歩前に出た。

 改めて近くで見ると、彼は人間離れしている風貌をしている。

 頭が山羊だというだけでない。その異様な巨体。下手に体が人に似ているだけに逆に違和感を感じさせる。

 ゴートンがその巨大な右手を石版に触れると、刻まれた魔方陣から金色の光が溢れだし、ゴートンの巨躯をつつみこむ。



”治癒術士 レベル32”


 レベル32

 異次元のレベルの高さにざわめくギャラリー。しかし、しだいにそのざわめきは嘲笑へと変わっていく。

「レベルは高いが……治癒術士じゃあな」「おいおい、あの巨体で治癒術士はねえだろう」「かわいそうに、治癒術士なんて白魔道士の下位互換の職業じゃないか」

 明らかに周囲の目線が嘲るようなものに変わったが、当の本人は気にしていないようで、のんびりと受付の手続きを続けている。

 しかし、気にしていないのは本人だけだった。

 ゴートンの隣にいたラモーは、大きく足を踏みならすと周囲に威嚇するように殺気をまき散らす。

 先程まで薄ら笑いを浮かべていた冒険者たちは、バジリスクに至近距離でにらまれたかのようにフリーズした。

 息をするのも苦しいほど濃密な殺気。ラモーは周囲を睨み付けながらゆっくりと言葉を発する。

「お前ら……今、もしかしてアタシの男を笑ったか?」

 ニィィっと口角が大きくつり上がる。

 笑っているわけではない。怒りのあまり、顔の筋肉が引きつっているのだ。

 腕利きの冒険者たちが、ラモー一人の殺気に当てられて誰も動けない。それどころか、レベルの低い数名は泡を吹いて気絶している。

「死を持ってつぐなえ」

 ラモーが腰に下げていた片手斧に手を当てたその時、隣のゴートンがギュッと優しくラモーの体を抱きしめた。

「落ち着いてくれ我が愛。こんな私ごときのために、君の美しい手を血で汚すことはないよ」

 ゴートンの言葉に、ラモーは大きく息を吐き出し、ゆっくりと戦闘態勢を解除した。

「騒がせてしまってすまないね」

 受付嬢に軽く頭を下げるゴートン。

「いえ……ギルドでは多少の荒事は日常茶飯事ですから。問題ないですよ」

「それは良かった。それで、我々は少し金欠でね。早速で悪いけど、何か仕事を斡旋してくれないだろうか?」

「もちろん。こちらが現在ギルドに依頼されているクエストのまとめです。受けたいクエストが決まりましたら私まで声をかけてください」

 そう言って受付嬢は羊皮紙の束を取り出した。

 冒険者ギルドとはいうものの、その組合に寄せられる依頼は雑用から要人の警護、魔物の討伐までピンキリで、所謂何でも屋みたいなものだった。

 故にその依頼の数も相当数あり、全て確認するのはそれだけで骨が折れそうだ。

 チラリとゴートンの受け取った書類の束を見たラモーは、やってられないとばかりに肩をすくめ、受付嬢に話しかける。

「確認するのも面倒くせえな。この中から一番報奨金が高いクエストを受注するよ」

「いや、ラモーは字が読めないから、確認するのは私なのだが……」

「待ってる時間が退屈なんだよ。金はいくらあっても足りねえからな。どうせやるなら最高額のクエストだろう?」

「やれやれ……我が愛は血気盛んだね」

 最高額のクエスト。

 受付嬢は少し困ったように眉をひそめる。

「冒険者ギルドとしては、依頼は冒険者の自己責任で受注できますので止められませんが……私個人の意見としましては、最初から難易度の高いクエストを受注するのはおすすめいたしません」

 高難度クエストの生還率は高くない。

 何度もクエストの成功を積み重ね、その実力が保証されているベテラン冒険者ならまだしも、昨日今日で登録した新人に勧められるものでは無いのだ。

 しかし、ラモーはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「規約では問題ないんだろ?安心しなよ。例え死んでもアンタは恨まねえ」

「そこまで言うのでしたら……私には止められませんね」

 そう言って受付嬢がとりだした一枚の羊皮紙を、ゴートンが受け取る。そこに書かれていた依頼内容は



死の大蛇 ”バジリスク”の討伐




 

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