第24話 出会い2
「おや、やっと口を開いてくれたね」
ゴードンは嬉しそうな声音で(室内が暗く、その表情を確認することはできない)返答する。
「正直に言うと”わからない”。戦争が起こる前までは、毎日”研究者”たちがこの地下室にやってきては怪しい実験を繰り返していたものだけど……そうだね、君がこの地下室にやってきたことを除くと、もう数週間は誰も来ていない」
数週間……。
その期間にラモーは絶望する。
しかし、一つ気になる点があった。
「数週間……水や食事もなしに、アンタは生き延びているとでもいいたいのか?それとも、アタシが気づいていないだけで、檻の近くに食料でもあるのかい?」
当然と言えば当然の問い。
数週間も飲み食いせずに生きられる生物なんて聞いたことが無い。
しかし、ゴートンは何でもないとばかりに平然と言い放った。
「いや、食糧は無いよ。殺したくない実験体に関しては、研究者たちが何かしらの食料を持ってきていたのだが……どうやら戦争でそれどころではないみたいだね」
のんびりとした物言いに、ラモーは少しいらだつ。
「なんだ、アンタはやはり食糧ナシでも生き延びられるってのかい……じゃあアタシはこのまま檻の中で死を待つしかないってか」
ギリリと歯を食いしばる。
傭兵稼業は常に死と隣り合わせ。
死の覚悟なんてとっくにできていた……否、できていると今の今まで思い込んでいた。
逃れえぬ死の気配に、ラモーはかつてないほどの苛立ちと焦りを感じている。
戦場で死ぬならまだしも、こんなわけのわからない場所で、素性もしれない男に看取られながら死んでいくなんてまっぴらごめんだった。
ラモーは叫び声をあげながら鉄格子をガンガン
と蹴りつける。彼女の想いとは裏腹に、鉄格子はピクリとも動かなかった。
どれだけの時間が過ぎただろう。疲れてぐったりと動かなくなったラモーに、ゴートンが話しかける。
「君はなぜ、死にたくないんだい?」
その間抜けな質問に、ラモーは力なく笑う。
「死にたくないんじゃない……アタシは生きたいんだ」
「それは同じことじゃないのかい?」
「同じじゃない……少なくともアタシにとっては」
幼いころ。自分を傭兵団に売った両親の表情を、初めてラモーの戦闘力を知った団長の目を……人ならざる異形を見る恐怖に満ちた目を覚えている。
傭兵になんてなりたくは無かった。
戦いなんて、争いなんて大嫌いだ。
綺麗なお洋服を着て、素敵な男性と恋をして……”普通に生きたかった”。
ホロリと、頬を温かい水が伝う。
気が付くと、ラモーは自分の内にある思いを、全て口に出していた。
ラモーが話している間、暗闇の中でゴートンは、ただ静かに聞いていた。
ラモーが全てを語り終えた時、ゴートンはしばらく何かを考えこむように黙った後、ゆっくりと言葉を選ぶように話し出す。
「思うに……君は、もっとわがままに生きるべきだった……いや、生きるべきだと私は思う」
「……そう、ありがとう。もう、何もかも遅いけどね」
「いいや……遅くはないさ」
そういうと、ゴートンはその巨体を揺らし始めた。
何を始めたのかと、怪訝な顔で見ていると、なんと彼は自身の両手を縛っていた縄を、己の怪力で引きちぎった。
あまりの出来事に、ぽかんと口を開けるラモー。
ゴートンはそんな彼女にはお構いなしに、自身を閉じ込めている鉄格子に手をかけ、万力を込めてそれをこじ開ける。
メリメリと音を立てながら変形している鉄格子。やがて彼が通れるほどの大きさの隙間ができ、ゆっくりとゴートンは檻から脱出した。
「……ゴートン、アンタは一体……」
言葉を失うラモー。
ゆっくりとゴートンが彼女の檻まで歩み寄ってくる。
わずかな光源が、近づいてくるゴートンの体を照らした。
ラモーは息をのむ。
目の前に現れたのは、山羊の頭と人間の体を持つ異形だった。
ゴートンはその怪力でラモーの檻をこじ開けると、彼女をひょいと抱き上げて救出した。
「君は怪物じゃない。ただ珍しい職業を授かっただけの普通の人間さ……だから、こんな場所で死ぬことは無い。普通に生きていいんだ」
その優しい言葉に、柔らかな金色を称えた山羊の瞳に……ラモーの心臓はトクンと小さく高鳴った。
◇
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