第7話 蛇女

 蛇の頭を持つ女は、引き抜いた槍を手遊びのようにクルクルと回すと、何気ない動作で槍を投げつけてきた。

 力の入っていないような動作で投げられた槍は、視認することすら難しいような超スピードでラモーに飛来する。

 戦士の第六感とでもいうべき感覚で槍をギリギリ回避するラモー。

 しかし、槍とともに距離を詰めていた蛇女が、隙だらけのラモーの腹を、思い切り蹴り飛ばした。

 そのスラリとした細い体躯からは想像もできない怪力。

 ラモーは地面と水平に数メートルほど吹き飛び、背後にあった巨木に背中を打ち付けた。

 肺の中の空気が押し出される。

 呼吸が苦しい。

 蹴りを打ち込まれた腹部から、じわじわと痛みが全身に広がっていくかんかく。

 内臓がのたうち回る。

 気を抜くと、意識が持っていかれそうだ……。

 そんな虫の息のラモーにトドメを差さんと、蛇女がゆっくりと歩み寄ってくる。

 その無機質な蛇の顔には、余裕の笑みが浮かんでいるようにも見えた。

「うぉおぉぉぉぉ!」

 腹の底に響き渡るような怒声。

 蛇女が振り返ると、そこには肉の壁。

 蛇女の背後に距離を詰めたゴートンが、治癒魔法の触媒である木製のスタッフ(触媒とはいうものの、彼の巨体に合うようにカスタマイズされた代物で、巨木を荒く削ったそのスタッフは、一見木の棍棒に見える)を大きく振り上げ、雄叫びとともに蛇女の脳天へ振り下ろした。

 戦闘職じゃないとはいえ、ゴートンの巨体から繰り出された一撃の威力は凄まじく、当たればただでは済まないだろう。

 しかし、それは当たればの話だ。

 蛇女はするりとその一撃を回避するとゴートンの懐に潜り込み、その山羊の顎に向けて真下から拳を突き上げた。

 ゴートンの巨体が一瞬フワリと浮かび上がり、大きな音を立てて地面に転がる。

 顎に的確にヒットさせた拳はゴートンの脳を揺らし、彼を一時的に行動不能にさせた。

 蛇女は地面に転がるゴートンを見下ろし、不思議そうに首をかしげる。

「……あなた”獣人”でしょ?なんで人間を庇うの?」

 獣人

 聞いたことのない言葉。しかし、その言葉がゴートンや眼の前の蛇女のような種族を指しているということくらいはラモーにもわかった。

「なぜ?不思議なことを聞くね。愛は……否、愛だけが種族の壁を超えることができるのだよ」

 ゴートンの言葉に、蛇女は理解できないと肩をすくめる。

「くだらないわ。せっかくの希少な獣人だから仲間に誘ってあげようと思ったのに、そんなくだわない思想を持ったやつを推薦したら、ワタクシが”王”に殺されてしまう」

「”王”……だと?」

「関係ないわ。少なくともあなたはここでワタクシに殺されるのだから」

 そう言って蛇女は地面に転がるゴートンにトドメをさすため、スラリと伸びた足を高く上げた。

 1秒後には振り落とされた足によって、彼の頭蓋は粉砕されてしまうだろう。

 実力差がありすぎる。

 死を覆す術がない。ゴートンが自身の死を覚悟した次の瞬間。ラモーの声が聞こえた。

「すまんゴートン……”使う”から、上手く逃げてくれ」





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