山羊頭の治癒術士

第8話 蛇王

　本来、このスキルは仲間のいる場所で使うものじゃない。

　そんなこと、ラモー本人が痛いほどわかっている。

　しかしそれでも……眼の前で愛する人が殺されるのを、何もせずに見ていることなんて彼女にはできなかった。

　固有スキル”狂化”を発動。

　瞬間、ラモーの意識は闇に飲まれる。

　咆哮

　大気がビリビリと震える。

　眼の前の人間が、明らかに先ほどとは別次元の存在へと変化したことに、蛇女は気がついた。

　ラモーの眼がギョロリと動き、蛇女を補足する。

　次の瞬間、凄まじい速度で蛇女に接近。右手に握りしめた手斧が、蛇女の首を狙って振るわれる。

　スピードは先程とは段違い、しかし動きは直線的だ。

　スルリと滑らかな動きで攻撃を回避した蛇女。しかしラモーの攻撃は止まらない。

　空振りした攻撃の推進力を利用して、そのまま体をくるりと一回転。反対の手で逆手に持った手斧で追撃。

　ぐるぐると体を回転させながら、嵐のように必殺の連撃を繰り出し続けるラモー。

　対する蛇女も、人間の体では不可能な動きで体をくねらせて全ての攻撃を回避する。

　しかし、蛇女の顔には先程までの余裕はなかった。

　確かに攻撃は回避できる。だが、連撃のスピードが早すぎて反撃の隙がない。

　このままでは埒が明かないと判断した蛇女は、大きくステップを踏んで距離を取り、先程投擲した自身の槍を回収して構えた。

「さて、人間ごときが手こずらせてくれたじゃない……覚悟はよくて？」

　空中で無数に交差する剣閃。

　互いの肉を切り裂き、抉り、削いでいく。

　止まらない連撃。必殺の嵐。

　無限に続くかに思われたその攻防も、やがては終わりがやってくる。

　蛇女の放った槍の一撃が、ラモーの腹を穿った。

　明らかな致命傷。

　体勢を崩したラモーを蹴り飛ばし、槍を引き抜く。

　腹に空いた穴から溢れ出る鮮血。彼女の命が長くは続かないことを悟らせる。

　勝利を確信した蛇女。しかしすぐにその顔を怒りで歪ませる。

　腹部の傷口が薄く発光し、急速に治癒を始めたのだ。

　眼の前の女は、あきらかに戦士系の職業を授かっている。故にこの治癒は第三者によるもの……。

　周囲を見回すと、少し離れた場所で木製のスタッフを構えた山羊頭の男の姿。

　あの男が治癒系のスキルを持っているのなら、生かしておくのは不味い。

　つまり……。

「先にあなたが死になさい！」

　高速で距離を詰めた蛇女は、手に持った槍でゴートンの左胸を深々と貫いた。

　確実に心臓を潰し、絶命させる必殺の一撃。

　しかし心臓を貫かれたゴートンはニヤリと笑って槍を持った蛇女の右腕を掴む。

「捕まえた……もう離さないよ」

　ゴートンはスキル”自己再生”を発動。刃に自身の心臓を貫かせたまま、傷口の再生を始める。

「くっ……離しなさい山羊男！」

　蛇女が空いている手足でゴートンに攻撃をしかけるが、自己再生スキルを発動し続けているゴートンは、ダメージを負った瞬間に再生が始まってしまう。

「甘いな蛇頭の女。私をたかが後方支援と侮ったかな？残念ながら、高レベルで高いタフネスを持った回復スキル持ちがどれほどやっかいな存在かを知らないと見える」

　背筋に悪寒が走る。

　振り返ると、そこにはゆっくりと立ち上がるラモーの姿。ギラギラと血走った目がこちらを睨みつけている。

「彼女は今スキルの影響で理性が無い……私ごと君を叩き切ることだろう。そして、私に拘束されている君は彼女の攻撃に抵抗することができない……違うかい？」

「お前……ワタクシと共倒れするつもりなの！？」

　焦った様子の蛇女に、ゴートンはニヤリと笑った。

「私は死なないさ。切られたはじから回復してみせる」

　背後から迫りくる足音。しかし蛇女の右腕はゴートンに拘束されて動かない。

「ち、ちくしょぉおおおお！！！」

　ぼたぼたと地面に血が滴り落ちる。

　荒い息を吐きながら、自らの右腕を引きちぎって脱出した蛇女は、キッと二人を睨みつける。

「今は引く……ワタクシの名は”蛇王ヴァーゴ”。あなた方を殺すモノの名よ。覚えておきなさい」

　そう言い捨てて蛇女……ヴァーゴは凄まじいスピードで姿を消した。

　残されたのは理性を失ったラモーとゴートンの二人だけ。

　ラモーがゴートンに襲い掛かる。

　愛しい人の狂気に満ちたその姿を、ゴートンは優しい瞳で見つめていた。

「ああ我が愛。もちろん私は逃げたりなんかしない。君の攻撃を、すべて受け止めてみせるとも」

　飛び散った鮮血で周囲の地面や木々は深紅に染まっている。

　その中心で、体力を使い果たしてぐったりとしているラモーと、それを抱きしめる傷だらけのゴートン。

「我が愛。君はそのスキルの特性から、誰かと共に戦う事ができないと思っていたのだろう？自分は永遠に孤独なのだと」

「もう君を孤独にさせやしない」

「君のすべてを、私は受け止めよう」

　そっと彼女の頭をなでる。

　優しい風が、二人をそっと通り抜けた。

◇