Date(逢引)
大抵の東北人にとって、コメリのスーパーセンターぐらい有り難い商業施設はない。
そこに行けば大概何でも揃うし、中には地元の野菜を売る産直施設や、軽食を提供するフードコートまで完備している大規模な店舗もある。農家のコンビニ、とまで言われるホームセンターのコメリは、イオンモールで映画デートという歳でもなくなった年配の夫婦などには格好のデートスポットだったけれど、平日の夕方ということもあり、その時のコメリに人はまばらだった。
学校からコメリに至るまでの道を、ユーディトさんはウキウキと弾んだ足取りで歩いた。とんでもない金髪の美少女がこんなウキウキと歩いているのだから当然注目を浴びた。冴えない僕はその背後に亡霊のようについて歩いた。ちなみに自転車はコタツの運搬に邪魔になるので学校に置いてきた。
「さぁ、コタツを買うわよ。どこに売ってるのかしら?」
コメリの入り口で、ユーディトさんは仁王立ちして高い天井を見上げた。僕はその肩をトントンと叩き、入り口の横を指で示した。
「ユーディトさん、そこそこ」
え? とユーディトさんが振り向いた先に、コタツが実際に布団をかけられた状態で並べられていた。おおお、と声を上げ、ユーディトさんは小走りにそこへ駆け寄った。
「こ……コタツがたくさんある! こんなに種類があるなんて……!」
「まぁ、大家族の家もあるからね。さて、どれがいい?」
「え、選びきれないわよこんなの……! まるでコタツの博物館……!」
ユーディトさんはもどかしくローファーを脱ぎ、四人用のコタツにタイツ履きの脚を突っ込んだ。そのまま、じーっと真正面を見て――ほぅ、とため息をついた。
「これよ、これ……! 私が感じた安心感はこれよ! このまま布団の中に溶けてしまいそうな不思議な魅力……! チヨダ君、これにするわ!」
「ユーディトさん、それ大家族用だよ。あの部屋には大きすぎると思う」
「えっ? コタツでも車でも、とにかく大きい方がいいんじゃないの?」
「ドイツ人らしいなぁ……まぁコタツは色々あるから、すぐに決めなくてもいいよ。少し選ぼうよ」
そう言って、僕らはそれからああでもないこうでもないとコタツを物色した。中には天板がクマの形をしたものもあって、ユーディトさんは大変気に入ったようだったけれど、結局、普通の四角い四人用のコタツにした。ちなみに何故四人用なのかというと、四人用なら大柄なユーディトさんが全身ズッポリ中に入ってもどこもハミ出すことはないだろう、という計算に基づいたのである。
その後、足りないものはないか、とカートを押して歩いていた僕の目に――あるものが留まった。
「ユーディトさん」
「何?」
「ユーディトさんの部屋って、エアコン以外の暖房器具はないんだよね?」
「ないけど……」
「そうなると、背中が寒いだろ? アレも買っておいた方がいいと思う」
僕が指差すと、ユーディトさんがそちらを見て目を丸くした。
「これは……?」
「これ、ドテラっていうんだ。日本の伝統的な防寒着だよ」
そう、そこにあったのは綿入れ半纏、所謂ドテラだった。様々な模様やハンガーに掛けて並べてある中で、適当な一着をユーディトさんに手渡した。
「綿が厚く入ってるんだよ。これを着ていれば背中も暖かいだろ? ちょっと着てみて」
僕が促すと、ユーディトさんはためらうことなくドテラを着込んだ。
金髪の外国人美少女が、純日本産としか思えないドテラを着る姿――まるで温泉宿に泊まりに来た訪日観光客みたいだな、と思っていると、ユーディトさんが、んん、と感慨深げなうめき声を発した。
「あら、意外に緩い感じに着れるのね。それに凄く軽い……」
「暖かい?」
「確かに、これさえあれば背中も暖かいわね……。よし、これも買いね!」
ユーディトさんはほくほく顔で、小豆色のドテラをカートに入れた。
思えばこの時の僕の思いつきが後でひと悶着を起こすことになるのだけれど――この時の僕はそんなことは何も考えず、ただただ鉄血の令嬢との短いデートを楽しんでいたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます