Plädoyer(懇願)

「あはは、気に入ってくれたようで嬉しいわ。静かなのもアレだしテレビでもつけるか……」


 僕はそこでテレビのリモコンに手を伸ばし、テレビを点けた。

 点けた瞬間、画面にL字の表示が浮かび、『宮城・岩手県で震度五弱』という仰々しいテロップが踊った。


 それを見ていたユーディトさんの顔が真っ青になった。


「マグニチュード6.0か。久しぶりにデカいなぁ」

「ま、マグニチュード6.0――!? 数年前のドイツの地震でも2ぐらいだったのに――!」

「ん? ああ、ドイツでも地震起こるんだね」

「こ、これは大変なことになったわ……! あああ……!」


 ユーディトさんはまさにこの世の終わりが来たかのような表情で、両手で顔を覆った。


「きっと、きっと学校のみんなも倒壊した建物の下敷きになって大勢死んだのよ――! なんてことなの! やっぱりこんな東洋の島国なんかに来るべきじゃなかったんだわ!! あぁ神様、何故私たちにこんな仕打ちを――!」

「お、落ち着いてよユーディトさん! 多分死んでないよ、誰も!」

「何言ってるのよマグニチュード6.0よ!! こんな規模の地震聞いたことがないもの!! きっと今頃街は瓦礫の山の火の海で――!!」

「おっ、落ち着いてよ! テレビ見てホラ! どこも崩れてないし燃えてないよ!」


 えっ? とユーディトさんは呆けた表情でテレビを見た。テレビにはカメラから街の様子が映し出されている。真っ暗で街の様子はわからなかったけれど、それ故に街がどこも燃えていないことはよくわかったし、それどころか普通に街が稼働を続けていることがわかったずだ。


「燃えてない……えっ? いや、それどころか、普通に電気も点いてる……?」

「ね? ね? どこも崩れたり倒壊したりしてないよ。大丈夫だよ心配しなくても」

「ど、どういうことよ? なんで、さっきの地震、凄く怖かったのに……」

「まぁ、日本人はこれぐらいなら慣れっこだからね」

「ナレッコ――?」

「慣れてる、ってこと。この間のはもっとデカかったよ。でもマグニチュード6.5だったけど死者ゼロ人だったし」

「Verrückt――!」


 彼女は思わず母国語でそんな事を言った。後で彼女に教えてもらったことだけど、それは「狂ってる」と言ったのだそうだ。


 まぁ、今までマグニチュード2.0で大騒ぎしていたドイツからの留学生が、マグニチュード6.0で一人も死者が出ない光景を目の当たりにしたら、そりゃイカれてると思うことだろう。


「まぁ、とにかくそんな心配しなくてもいいと思うよ。とりあえず余震もそんなに大きいのは……」


 と、そのときだった。カタカタ……と音がして、僕ははっと顔を上げた。蛍光灯のヒモが細かに揺れている。震度2程度の余震だろう。


 余震は、三十秒ほどで収まった。


 ほっ、とため息をついて、僕はユーディトさんを見た。


「それでさユーディトさん……」


 あれ? と僕は声を上げた。今まで横に座っていたユーディトさんがいない。どこ行った? と多少慌てて探すと、コタツの布団の下から、まるで天使のそれのような美しい金髪が十センチほどハミ出ていた。


 まさか、と僕がコタツの布団をめくると、決して広くはないコタツの中で横になって膝を抱え、ぶるぶると震えているユーディトさんが見えた。


「ユーディトさん――」

「あぁもう、完ッ全にダメだわ……私、もう今夜はこれの外で生きていける気がしない……!」

「そ、そんな怯えます!? そんな大きな地震でもなかった気がするんですけど……!」

「あの、チヨダ君……」


 不意に名前を呼ばれて、僕はハッとした。ユーディトさんは気の毒なぐらい必死な表情で僕を見つめていた。




「真剣に、お願い。今夜だけでいいの。今夜だけでいいから――私、この中で寝ちゃダメ?」

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