Ins Bett gehen(就寝)
突然の申し出に、僕は盛大に困惑した。
今今、着の身着のままで部屋を飛び出してきた『鉄血の令嬢』と謳われる美少女。
その美少女と二人きりでいるという時点で有り得ないことなのに、その上一夜を共にする?
この自分にも他人にも厳しい性格の人が、そんなことを容認するどころか、自ら願い出るというのか。
「いや、ダメじゃないけど――いいの?」
色んな意味を込めて僕は訊ねた。
ユーディトさんはガクガクと頷き、それからもそもそとコタツから這い出し、顔だけを出した。
コタツから生える、金髪美少女の頭――どこの世界でも二度と見られないだろう、それはそれは不思議な光景だった。
「も、もうダメだわ、私――今から部屋に帰って一人で寝ようにも、引っ越してきたばかりでテーブルとかまだ組み立ててないから……」
「は、はぁ……」
「いつ物が降ってくるかわからない中で一人で寝るなんて、無理、無理無理……! 考えただけでも怖くて絶対寝られない……!」
ヒィィ、とユーディトさんは短く悲鳴を上げ、血走った目で僕を見た。
「こんな不躾な時間にこんな外人が迷惑だっていうのは重々承知してるわ。けれどお願い。このコタツに一晩泊めて。お願いよ……!」
「ま、まぁいいですけど……狭いよ? もしよかったら俺のベッドで寝ます?」
「いい! いい! お心遣いありがとう! でも私はこのコタツの中がいいの!」
「はぁ……まぁ、ユーディトさんがいいならいいですけど」
「あ、あと、出来れば――今夜は隣で寝てくれないかしら?」
その申し出に、僕は再び困惑した。
「隣、って……?」
「あの、その、添い寝とかじゃなくていいの! そこのベッドで寝てくれるだけでいいの! 誰か生きた人が視界にいないと今夜は絶対眠れない! お願い、お願いよ! 何でもするから……!」
何でもするから。この美少女の口から聞けたらそりゃあ嬉しいに違いない言葉だっただろうけれど、その時の僕は全く喜ぶことができなかった。
なによりも目の前の美少女の顔はあまりにも必死で、怯えていて、とてもじゃないけれど何かを無理強いすることなど絶対にできそうになかった。
そう考えると――なんだか僕の方も眠気を感じた。
ちら、と振り返って時計を見ると、もう十一時半を回っている。
明日も登校日だし、ここらで寝ておかないと明日に差し障るだろう。
「わ、わかった。隣の、このベッドで俺も寝るからさ。安心してよ」
「ありがとう、チヨダ君。この恩は決して忘れないわ! 後できっとお礼はするから……!」
「い、いいよそんなお礼とか! 困った時はお互い様だよ!」
「ふふ、ウフフ、『困った時はお互い様』――如何にも集団主義の日本人が言いそうなことね……」
あまりの恐怖でテンションがおかしくなっていたらしく、ユーディトさんはそこで不気味な声で笑った。
その笑い方があまりにもあちこちほころんでいて、流石の僕もちょっとゾッとした。今晩はあまり余計なことを考えさせない方がいいようだ。
「わ、わかったわかった! よ、よし、もう寝よう!」
「え、えぇ。ここならなんとか寝られそう。あの、私ここから出たくないから――電気を消してくれるかしら?」
「あ、あぁわかったよ。とりあえず――おやすみ、ユーディトさん」
僕は電気を常夜灯だけ点けて消し、着の身着のままベッドに潜り込み、布団をかぶった。
しばらく、静かになった部屋の中で聞き耳を立てていると――自分以外の呼吸音を感じた。
それはとても小さくて、よく集中していないと聞き取れないほどか細かったけれど、地球が回る残酷な音にもかき消されることなく、確かに聞こえ続けていた。
この部屋に自分以外の何者かがいる感覚――僕が生まれて初めて感じる違和感に、なかなか寝付くことが出来なかった。
しばらく、もぞもぞと布団の中で身体を捩って、胸の鼓動が治まるのを待った。
その後一度だけ、ユーディトさんと俺は短く会話した。
「チヨダ君」
「ん? はい?」
「……そこにいるわよね」
「いますよ」
「そう」
「なんです?」
「いいえ……ありがとう」
それきり、ユーディトさんは寝入ってしまったようだった。
それを確認したことでなんとなく安心できたのか、僕もそれからようやく眠りにつくことが出来た。
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