Arroganz(傲慢)


「……あの、かなり真剣に、俺ここに連れてこられた理由がわかんないんですけど……」


 僕が連れてこられたのは、今は使われていない校舎の四階だった。


 ようやく人払いが出来たことに安心したのか、ユーディトさんが、フゥ、と翡翠細工の笛のようなため息をついた。


「これでも急に呼び出して悪かったとは思ってるのよ、チヨダ君」

「あ、いや、そんな謝ることはないんだけど……」

「でも昨日あんなことがあった以上、私もボヤボヤしてるわけにはいかないのよ。なんとしても今日中に手に入れないと……」

「手に入れるって、何を?」

「そんなとぼけて――本当はわかってるんでしょ?」

「いや、わかんない……」


 間抜けな声を上げた僕をキッと睨んで、ユーディトさんはずい、と一歩近寄ってきた。うわっと思わず一歩後退した僕に、ユーディトさんは業を煮やしたように大声を発した。




「コタツよ! コタツ! アレがないと今夜からはもう眠れないじゃない! いつまた地震が起こるかわからないのに!」




 そのときの僕は随分珍妙な表情を浮かべていたと思う。

 地震、と自ら口にした途端、ユーディトさんはぶるりと震え、自分の身体を自分で抱きしめるようにした。


「ああッ、地震って口にしただけでもうダメ――! いつまた地震が襲ってくるか、それを考えただけで全て上の空よ! もう私、あんな怖い思いしたくない……!」


 ぶるぶると怖気を堪えるように沈黙してから、ふと、ユーディトさんは遠い目をした。


「今日一日はどうやってコタツを手に入れるか、そればかり考えて全然授業内容が頭に入ってこなかったわ……後でちゃんと復習しとかないと――まぁ、そんなことはどうでもいいのよ、今はね。散々考えて私は思いついたわ。やはりヤーパンのことはヤパニッシュに訊くのが一番ということにね」


 そこまで一息に喋って、ユーディトさんはシャラリと金髪を手で掻き、何故かもの凄く得意げな表情で僕を見た。当然のことであるが、物凄いゴージャスな美少女の得意げな顔というのは、ただそれだけで物凄く見栄えがする。跪いて足をお舐め、と言われたら、その時の僕ならオールナイトで舐めただろう。


「チヨダ君、コタツはどこへ行けば売ってるのかもちろん知ってるわよね?」

「あ、ああ、まぁ――」


 僕が頷くと、よかった、とユーディトさんの表情がほころんだ。心から安心した、というような、この鉄血の令嬢には少々似合わないような笑顔だった。


 ああ、そういうことか。

 付き合って、というのは「買い物に付き合ってくれ」という意味なのだ。

 そこで、僕は思い切って質問をぶつけてみることにした。


「ユーディトさん」

「何?」

「そりゃ昨日あんなことがあって、事情がわかってるのが俺しかいないから頼むなら俺ってことはわかるんだけど」

「それが全部よ。わかってるじゃない」

「それならさっき、コタツを買うのに付き合ってって教室で言えばよかったんじゃない? なんでわざわざ人のいない四階に連れて来たの?」


 僕が訊ねると、なんでそんなことを訊くんだろうというようにユーディトさんが目を丸くした。


「それは出来ないわよ。私は風紀委員よ?」

「それ関係あります?」

「その風紀委員が地震が怖いからコタツがないと眠れない、なんて人前で言ったら、みんな私のことをどう思うと思う?」


 うーん、と考えて、僕は素直に口にした。


「可愛いと思うと思う」

「どうしてよ?」

「えっ、違うの?」

「風紀委員として頼りないと思うと思わない?」

「いや、思わないと思うと思う――!」

「あなたちょっとズレてるわね……。まぁいいわ。ともかく、この私が風紀委員として頼りないなんて他の人間に思われるなんて私のプライドが許さないの。私は弛みきったこの学校の風紀を正すために選ばれた風紀委員。その風紀委員が地震如きに立ち向かえないで校則違反や規律の緩みに立ち向かえるわけがないじゃない」


 ユーディトさんはそこで腰に両手を当て、そして堂々と宣言した。




「コタツを手に入れられるか否か、これは風紀委員としての私の沽券に大きく関わる問題なのよ、わかるわね?」

「は、はぁ……」




 なんだ、そんなことを気にしていたのか、この人。


 その時、僕の頭に少し疑念が生まれた。


 もしかしてこの『鉄血の令嬢』と謳われる美少女の血と鉄は本人の涙ぐましいイメージ作りの結果で、本当はこの人は血と鉄で出来ていなくて、ちゃんと脂肪とか筋肉とかオシャレとかカワイイとか美味しいとか、そういうもので出来ているのではないかという疑念である。


 先回りして言っておけば、その疑念は当たらずとも遠からずだったのだけれど――まぁこの時点で言うことではない。


 なんだか締まらない会話の後、ユーディトさんは「それで、ここからはビジネストークよ」気鋭の鉄血令嬢の表情で僕に質問してきた。


「コタツの予算は五万円もあれば足りる? 父からクレジットカードを持たされてるからそれで購入するわ。ただ購入限度額があるからあまり高くないのでお願いしたいのだけれど」

「五万もしないなぁ。コタツそのものは一万円ちょっとぐらいじゃない?」

「えっ、そんなに安いの? あの機能性で?」


 ユーディトさんは拍子抜けしたような表情を浮かべた。


「ヤーパンの家電製品は高機能だから値が張るって教わったのだけれど」

「まぁテレビとかならそうだろうけど、あんなものホームセンターに行けばどこでも売ってるからなぁ」

「ヤーパンは贅沢な国ね……まぁいいわ。そこで改めて本題よ」


 ユーディトさんは手を後ろ手に組み、足を交差させ、ちょっと腰をかがめ、僕の顔を覗き込むようにした。所謂美少女の「お願い」のポーズである。この鉄血の令嬢がやるとは思えない動作に、僕は少々驚いた。




「これから早速コタツを買いに行きたいのだけれど……




 光栄に思いなさい、と言いたげにユーディトさんは僕の目を見た。



「ちゃんとお礼はするから、ね?」

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