Fräulein(令嬢)
ユーディト・
それは僕たちが当時通っていた高校、
高校一年の秋、という微妙な時期に我が不来方第一高校に編入してきた彼女は、編入するなりすぐさま校内の話題の人物となっていた。
ビスマルク、という如何にもドイツ人らしい厳つい名前からもわかる通り、彼女はおばあちゃんが日本人のクォーターで、しかもこれまた美人なお母さんの家系にはスラブ系とイタリア系の血も入っているのだと、風の噂で聞いたことがある。この噂が事実なら、つまり彼女は四カ国分のDNAを受け継いで生まれてきたスーパーハイブリッドな美少女だったということになる。
四カ国分のDNAは彼女の中で化学反応的に作用し、ほぼ銀に近い金髪、くすみひとつない白い肌、吸い込まれそうな不思議な色の瞳、鈴を転がすような声、スラリと長い手足、上品にデカい乳、と、彼女を限りなく完璧な容姿にしていったのである。
何種類もの品種を掛け合わせた花がだんだん美しくなってゆくように、当然彼女も、これは天使か妖精かというような途轍もない美少女だったし、しかもテストでは並み居る猛者を押し退けて一番だったから、つまり頭も良かったことになる。運動神経の方はよいとも悪いとも聞いたことがないが、なにひとつ欠けたところのない望月のように、彼女は運動神経にも恵まれていたはずだった。その上、お父さんはビジネスに成功し、それなりに裕福でもあったらしいので、ユーディトさんは金持ちのお嬢様でもあった。
そんなわけでユーディトさんを早くから慕う連中――主に男――が現れ始めたのだけれど――あいにく、ユーディトさんの方にその気持ちがなかった。微塵もなかった。
どういうことかというと、一言で言えば、ユーディトさんはこれぞドイツ人のテンプレというような、もの凄く規則にうるさく、おカタい美少女でもあったのだ。
とにかく、その高校生活は品行方正・清廉潔白・整理整頓の三拍子。
彼女は高校生になっても廊下は走らず歩くものだと信じていたし、親からもらった身体を違う色に染めるなど言語道断であると疑っていなかったし、学生身分で不純異性交遊などとんでもないと考えていたらしいのである。ちなみに、彼女はいつでもどこでも、左右に曲がる時は限りなく九〇度に、直角に曲がった。
その品行方正さを買われ、来日して三ヶ月で、彼女のためだけに急造された生徒会風紀委員に選出されてからは、ますますその方向性に拍車――否、磨きがかかった。
当時の彼女は触れるもの全てを「正しく、清く、勤勉に」するために生きることを決めていたような人だったし、ただでさえとんでもない美少女なので近寄りがたかった。
それ故にユーディトさんは途轍もない美少女でありながら交友関係は非常に狭く、それどころか同級生からは半ば恐れられ、遠巻きにされていたのだった。
それ故、ついたあだ名が『鉄血の
春樹と僕はのろのろと玄関までの道を並んで歩きながら短く会話をした。
「全く、何人も玉砕してんのに、まだ諦めねぇ馬鹿いるんだな」
「同じ学年じゃなかったらそんなもんだろ。何しろ見た目は大天使だし。アレの中身が血と鉄で出来てるなんて想像できねぇよ」
僕がそっけなく言い返すと、そうだけどよぉ、と春樹は半笑いで言った。
「けれどもユーディトの方も容赦ねぇよな。マジで男とそういう関係になる気ねぇのかな?」
「あっても無理だろ。鉄血のビスマルクが出っ歯でメガネのジャパニーズと付き合うかよ。釣り合わなさすぎてオトコの方の神経が持たねぇよ」
「そりゃ言えてるねぇ。俺ももし万が一でもあの人の隣で彼氏ですって顔し続ける自信はないな」
その日の春樹は本当に上機嫌で、意味もなくよくゲラゲラと笑った。今となってはその理由は知る由もないけれど、もしかしたら単純にバイト代支給日が近かったのかもしれない。
「まぁ、今日は朝から面白いもんが見れてよかったよ。今日の一時限目なんだっけ?」
「英語だな」
「うぇぇ、朝っぱらから眠たくなるな。お前英語の田原の授業って大丈夫なクチ?」
「無理だな。あの酷い発音聞いてると天板に額叩きつけたくなるわ。外人が聞いたら東洋の呪文だと思うだろうな」
「言えてるわ、それ。聞かなきゃなんねぇのに聞きたくないもんな、あの英語」
そんな馬鹿話でへらへらと笑いながら、僕と春樹は今しがた『鉄血の令嬢』が吸い込まれていった玄関に吸い込まれていったのだった。
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