第11話 彼女の気持ち

「うわあ……! 意外に綺麗にしてるんだね」 


 クスクスと微笑みながら部屋の中に入っていく那由多さん。

 普通の六畳一間の部屋で珍しいものなんて何もないのに、まるで遊園地に来たかのように目を輝かせている。


「あ、この漫画持ってるんだ? バスケやるの?」


 不良がバスケに目覚めて全国を目指す大人気コミックを手に取る。


「やんないよ。その漫画持ってるからって皆バスケやるわけじゃないよ。単純にストーリーが面白いから読んでるだけ」

「だよね。でも始めようとしたことはないの?」

「……ある」


 中学の頃はダンクよりもスリーポイントシュートに憧れて、何度も何度も練習したものだ。当時はそれ以外の練習はしたくなかったので、本格的に始めようとは思わなかったが、スリーポイントシュートだけは極め、今ではセンターラインからでも五回に一回は入るぐらいにはなった。


「だよね」


 そう言って、那由多さんは笑った。


 そして———。


 彼女は当初の目的であるおすそ分けをレンジで温め、お皿に盛り付けをして俺に出してくれる。


「いただきます」

「どうぞ」


 肉じゃがだった。

 家庭的で素朴な味がする……。

 おいしい。


「これ、那由多さんが作ったの?」

「えへへ~……そうなんだ、って言いたいけど、作ったのはお母さん。黒木君のことを話したら持って行ってやれって押し付けられちゃった」

「そ、そっか」


 少し、がっかりした。

 那由多さんの手料理じゃなかったのか。


「今、がっかりしたでしょ?」

「————してないよ?」

「本当に?」

「本当」


 表情に出てしまったか? 思いっきり言い当てられてしまった。

 俺は照れを隠すように一心不乱に肉じゃがに食らいついた。 

 実は、渉とファミレスに行ったときに既に俺は夕食を食べていた。だいぶ話し込んでしまったので、当初はドリンクバーだけで済ますつもりだったが、夕食にちょうどいい時間になってしまい、パスタをたのんでしまった。

 既に一食分腹にはある。

 だが、それが気にならないぐらい、那由多さんが用意していた料理は絶品だった。例え作ったのが彼女の母親だとしても、彼女に出された食事というだけでいくらでも腹に入った。


「…………ん?」


 黙々と食べているとふと、彼女がジッと俺を見ていることに気がついた。

 何か……俺の顔についているのか?

 そう思って彼女を見ると、ばっちりと目が合う。


「どうしたの?」


 那由多さんが尋ねる。


「どうしたの……は、俺が聞きたいんだけど……何か俺の顔についてる?」

「え?」

「じっと俺の顔を見てたから」


 言われて初めて気が付いたように、彼女は目を丸くした。


「あ、そっか」

「そっか……て?」

「ちょっと———見ていたくなって、見ちゃってたゴメンね」


 そう言って苦笑する。

 俺の顔を見ていたくなったって……それって、やっぱり俺のことが好きなんじゃないのか?

 この世界はゲームじゃない。

 攻略も何もなく、恋人関係になるのにゲームのような順序も何もない。好感度を稼がなきゃいけないとかそんなことはもう投げうとう。

 彼女の気持ちをはっきり確認しておきたい。

 俺は箸をおいた。


「あのさ……」

「ん?」

「…………」


 俺のことが好きなのか?

 その一言が出てこない。

 それをはっきり聞いたら、もう二度とこの家に彼女が来てくれないような気がした。

 何だろう……「好き」だとはっきり答えられても、「そんなつもりなかった」と否定されても、この関係が、この距離感が崩れるような気がする。


「…………やっぱ、何でもない」

「そ?」 


 俺は———恐れていた。

 自分磨きをした。彼女にふさわしい男になるという努力をするつもりもある。だが、一歩踏み込んだせいで、二度と取り返せないものができることもある。それが怖かった。

 俺が橘陽子を失った時のように———。

 告白なんかしなければなんて後悔、二度としたくない。


「ごちそうさまでした……!」


 そんなことを考えていると、いつの間にか那由多さんの持ってきた肉じゃがが皿の上から消えていた。


「おそまつさまでした」


 俺が食い終わるのをじっと待ってくれていた那由多さんはそそくさと皿を片付け始める。

 何だか、当たり前のように。

 完全に彼女みたいだ。

 好きでもない男にここまでやるか……?

 ダメだ、やっぱり確かめたい……。


「那由多さん」

「ん?」

「———今度の休日、一緒に遊ばない?」


 誘った。

 だが、あくまで気楽な感じだ。デートともとれるし、友達も交えた普通の遊びともとれる。

 俺のことが好きじゃなかったら、断る。もしくは、デートじゃないと釘をさすだろう。

 どうでる……?


「いいよ。やった」


 そう言って、小さくガッツポーズをする那由多さん。

 これは……どういうリアクションだ?


「やった……って?」

「ちょうど黒木君と遊びに行きたいなって思ってたの。ほら、まだお互いの趣味も知らないじゃない? だからちょうどいいなって」

「そ……っか。確かにちょうどいいな……」


 そうだ……まだお互いの趣味も知らないのだ。

 それなのに、この距離感はおかしくないか?

 結局、俺は那由多さんが俺のことを本当はどう思っているのか、確かめることはできなかった。

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