第2話 登校一日目——出会い
中学を卒業した後、春休みの間で俺は自分磨きをして、カッコよく魅力的になった。ギャルゲーの主人公が女の子を攻略するためにステータスを上げるかの如く、俺は自分の容姿、肉体、学力をアップさせたのだ。
以前の俺とは違う俺で、高校生活を始める。
そう———いわゆる高校デビューという奴だ。
それも全てヒロインとのエンディングを迎えるためだ。
海辺の街———美里市の高校を舞台に、ヒロインと出会い、そのヒロインが求めるステータスにして、その子とエンディングを迎える……そのために。
これは———ゲームなのだ。
ヒロインの好感度を稼ぐというクエストを課せられたゲームだ。そう考えると自分磨きも苦ではなかった。
俺は———その気づきを与えてくれた幼馴染に〝お前のおかげで俺は自分を磨いてこんなに可愛い彼女ができたんだ〟といつか二人で感謝の言葉を伝えるために、あいつに負けないぐらい可愛い女の子を攻略し連れて行かねば。
そうでないと、フラれた甲斐がない!
よしでは始めよう———俺の
ゲームの開始、それはまずヒロインとの出会いからだ。
学校に続く坂道を俺は上っている。
美里高校の制服を着た学生たちが歩いているのを眺める。
俺と同じブレザーを着た男子と、白いセーラー服を着た女子が半々の割合で同じ方向へ向かう。
その半分の女子の中で、俺が攻略したいと思う、俺の———ヒロインを探す。
いない———。
俺とは縁がなさそうな、モブっぽい女の子はいくらでもいるが……何か感じるものがある女の子はいない———ピン! っと来るような運命的な何かを感じさせる女の子はどこにも———、
「———おはよう、真子!」
突然、俺の後ろからふわりと風が通り抜けた。
セミロングの黒髪を
そして……前を歩いていたボブカットの女の子に追い付く。
「おはよ~愛。今日も相変わらず可愛いねぇ~」
肩をポン叩くセミロングの女の子に対して、ボブカットの子はじゃれつくように抱き着きその胸に顔をうずめる。
「うりうりうりぃ~……!」
「も~やめてよぉ~、
笑ながらボブカットの女の子の頭を押しのけているセミロングの少女がふっと、何かに気付いたかのように俺の方を振り返り見つめ、
「………ニコッ」
「————ッ⁉」
彼女は———朗らかに笑いかけてくれた。
「
「ん? なんでもないよ。行こ」
笑顔の素敵なセミロングの少女はボブカットの少女の手を引いて歩き出す。
そのまま遠ざかっていき、俺の視界から消えるかと思った瞬間———再び彼女は俺の方を振り返り、
「ニコッ」
「———ッ⁉」
再びだ…………二度も笑いかけてくれた。
こんな俺に向かって……。
だが、彼女は流石に二度目は恥ずかしかったようで、はにかみ笑いを浮かべると歩く速度を速めてドンドンと遠ざかっていき、やがて校門をくぐって俺の視界から消えてしまう。
出会ってしまったかもしれない……。
俺のゲームのヒロインに。
よろしい———。
そんな子なればこそ、攻略のし甲斐がある。
そんな子を相手にしなければ、自分磨きをした甲斐がない。
陽子にも匹敵するような女の子を攻略しなければ———。
それで———もしも同じクラスだったら、彼女は間違いなく俺のメインヒロインに違いない———!
◆
「
ニコッ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」
教室が怒号のような男子の雄たけびに包まれる。
———同じクラスだった。
那由多愛さんは間違いなく朝、俺に笑いかけてくれたあの黒髪の素敵な女性徒だった。
あの子はメインヒロインだ———間違いない。
俺はあの子をメインヒロインと設定してこの学園生活を過ごしていこう……彼女が攻略難易度S……超最難関の存在……。
そう、思い込むことにした。
彼女の求めるステータスを知り、彼女の求める評価を知り、全て彼女のお眼鏡にかなった時、俺はあの笑顔の素敵な女子と付き合うことができる。
俺がこれからプレイするのはそういうゲームだ。
———燃えてきた。
待っていろよ……陽子!
いつか、愛さんが俺の彼女になった時には、〝こんなにかわいい彼女にふさわしい俺になれたのはお前のおかげだ〟と見せつけに行くからな!
そんなことを考えていると、再び那由多愛さんと目が合う。
ニコッ。
また笑いかけてくれる……何ていい子なんだ!
今は1クラスメイトに向ける愛想笑いだろう。だが、いつかは! やがていつかは! その笑顔を唯一無二のパートナーに向ける大輪の花のような微笑みにさせてみせる。
この俺が、させて見せる。
◆
放課後になり、俺は〝親友キャラ〟を探した。
なぜかというと、それがギャルゲーでは定番のサポートキャラクターだから。
そしてそういうキャラクターはパターンが決まっている。
イケメンで顔が良くて、女の子の情報にも詳しいがどこか残念な男子というものだ。
そして、たいてい前の席か後ろの席か
———いた。
「ん?」
俺の後ろの席の生徒は、金髪に髪を染め上げたいかにもチャラそうなイケメンだった。
「よろしく」
俺は手を伸ばしてイケメンと握手を交わす。
「あ、ああ……」
「お前クラス全員の女の子の連絡先知ってそうな顔してるよな」
いきなり本題を切り出すと、彼は戸惑った顔を引っ込め、眉間に皺を寄せた。
「突然なんだ? ……馬鹿にしてんのか? 初対面で名乗り合う前にいきなりそんなこと言う奴は初めてだ」
「俺も初めて言った。でも名前ならわかるだろ、さっき、みんなの前で自己紹介したから」
一時間前のオリエンテーションで設けられた自己紹介の時間。
それを真面目に聞いて入れば、同じクラスの人間の名前ぐらいはわかるはずだ。
「まぁな……黒木……卓也……だったか?」
イケメンが探るような視線を向けながら、名前を告げ、
「ああ!」
俺は嬉しそうに彼の言葉を肯定した。
だが———、
「———俺はお前の名前覚えてないけど」
ノンデリな俺の言葉に、彼は明らかにムッとした。
「……お前のこと嫌いだわ」
「冗談だよ。
ニコッと笑った。
これは軽くユーモラスを利かせたジョークだ。そのつもりだ。だが、少し初対面で披露するにはエッジが効きすぎたかもしれない。佐伯渉は警戒心のこもった目を向けてくる。
「お前何なの?」
明らかに心を閉ざしている言葉だ。
だが、俺はズイと右肩を彼の方に寄せて、
「親友になろう」
本題を切り出した。
「初対面でいきなり親友になろうって言いだした奴初めてだわ」
「俺も初めて言った。そして———クラスの女の子の連絡先教えてくれ」
ぺこりと頭を下げる。
「……話繋がってなくない? 何でそれを俺に聞く? 直接好きな子に聞きに行けよ。今日初めて会った同士の女の子の連絡先なんて知るわけないだろ?」
「わからないのか? お前はイケメンだろう? 聞けばわかるんじゃないか?」
「いや、まぁ、それはそう。聞けばわかるよ? だけどな……」
お、こいつ自分がイケメンと言われて否定しなかった。自分の容姿には自信があるのだろう——というかそのために、手間を惜しんでいないのだろう。眉毛もちゃんと整えているし、髪にもしっかりパーマをかけている。
そうか———こいつも俺と同じように自分磨きをした猛者だ。
「よし、やっぱり俺とお前は親友になろう」
「いや、ならないけど……」
「いいか? 渉。俺はお前から女の子の連絡先を聞く。一週間以内に俺が攻略するであろうヒロインたちの名前をピックアップして伝えるから、その女の子たちの連絡先を教えてくれ」
「いや、普通に面倒でやりたくないんだけど。何、お前? 王様?」
「できないのか? イケメンなのに」
「……いや、やろうと思えばできるけどさ」
やってくれるんだ……。
うん。やっぱりこいつはいい奴で、
よかった。こんないい奴と出会えて。
「よし、じゃあこれから宜しくな!」
話は終わった。俺は机の鞄かけにかけていた学生鞄を持ちながら立ち上がる。
「お、おい。会話はこれでもう終わりか? お前もうどっか行くのかよ?」
「ああ、昇降口に。俺はもう帰る。じゃあな渉!」
「帰る⁉ いや、一緒に帰ればいいだろ? 普通に考えてこれからの流れって俺とお前が一緒に帰ってどういう奴か知っていく流れだろ? 親友になりたいんじゃないのかよ」
戸惑う渉。
確かにそれは魅力的な提案で楽しそうではあるが、ギャルゲの主人公のらしくはない。
ギャルゲーの主人公は、男と一緒に帰らない。
男と一緒……そんな無駄な時間は過ごさない。
「すまない、渉。悪いがこれから俺は一人で昇降口に行かなきゃいけない。そこでヒロインになる女の子と偶然会って一緒に帰る流れを作らなければいけないからだ。じゃあな渉! 俺が誰とも付き合えないままクリスマスを迎えたら———その時に一緒にいてくれよな」
爽やかに笑いかけ、手を振って教室を出る。
「……やっぱあいつのこと嫌いだわ」
後ろから渉が何か言っていたような気がしたが、気のせいだろう。
そんなことよりもヒロインとのイベントだ。
俺は昇降口へと急いだ。
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