第3話 俺は攻略を〝されている〟。

 昇降口というのは、学校で最も重要な場所スポットである。

 何故なら全ての生徒はここを通らずして教室には入れず。ここを通らずして、〝学校〟で〝生きる〟と書く〝学生〟足りえない。


 多くの学生が行きかう——駅と言ってもいい。


 駅とはいろんな人間と出会える場所。即ち、いろんな学生と出会える場所に他ならない。


 俺はそんな駅でヒロインの登場を待っていた。


 メインヒロインはもう決まっている。那由多愛だ。だが彼女は可愛すぎる。攻略難易度は当然高い。

 この世界はゲームだ。俺はそう考える。

 ゲームにはバリエーションが必要だ。攻略難易度が低そうなわかりやすい記号を持っているヒロインが。


 元気っ娘だったら部活をやっているだろうから、体を鍛えたら攻略できる。

 眼鏡っ娘だったら本が好きだろうから、読書をたくさんすれば攻略できる。


 そういったわかりやすい記号を持った、サブヒロインとの出会いを俺は求めていた。


 が———、いない。


 というか、女の子がまだ一度も俺の目の前を通らない。

 さっきから目の前を通るのは示し合わせたように男ばかり……。


「渉と会話したせいで出遅れたか?」


 だが、ほんの数分だ。

 その間に一斉に女の子は帰るものだろうか? もう少し女の子ならおしゃべりをしてのんびりと帰るんじゃあないのか?

 だが女子が……ヒロインにふさわしいがやって来る気配は———ない。


「昇降口イベントは諦めるか? だが、ここで新しい出会いがないと幸先が……」

 

 那由多さんとは出会えた。

 それで満足してもいいが……初日でメインヒロインとしか出会えないのは少々、痛い。


 何故ならば、攻略難易度Sのメインヒロインは大抵周りを気にする。幼馴染の陽子のように、自分と隣に歩くにふさわしい男でないと告白をOKしてくれない。

 つまりは周りからも良いと思われている男。サブヒロインから魅力的だと思われている女の子からの評価の高い主人公おとこになってはじめて攻略難易度Sのメインヒロインは振り向いてくれるのだ。

 だから、俺のメインヒロインの那由多愛を攻略するには……他のヒロインと交流しておいて、俺の周囲からの評判を上げておかなければいけない。


 これ全て、ゲームからの知識———教えである。


 攻略難易度Sのヒロインを攻略するには、他の攻略難易度の低い女の子を攻略せよ、という教え。


 そうだというのに、初日という大切な出会いの日にメインヒロインしか見つけられなかったのではこの先……、


「やあ!」


 肩をポンと叩かれる。


 このノリは———元気っ娘かウザカワ系のヒロインのノリだ……! 


 本当はこちらから声をかけたい所だったが———運がいいのか悪いのかあちらから声をかけてきてくれた。

 まぁ、ありがたい……!


「……ん?」


 ようやくサブヒロインとの出会いだと心を弾ませながら振り向く。

 が———、


「黒木卓也君……だよね?」


 ニコッと微笑みかける彼女は、


「那由多……愛さん」

「うん、そうだよ!」


 俺のメインヒロインの那由多愛だった。


 まずい。


 早すぎる、まだこの時点でサブヒロインと一人も出会っていない。それなのに彼女とあっても好感度が稼げない。俺がプレイしたゲームだと好感度が上がる上限が決まっており、他のサブヒロインからの評判が上がるにつれてその上限が解放されていく。

 この時点で出会っても、好感度は下がるリスクがあるばかりで、あまり稼ぐことができないから出会いたくなかったものだが……。


「誰か、待ってるの?」

「い、いや……そういうわけじゃないけど」


 彼女の機嫌を、好感度を下げないように慎重に言葉を選ばなければ。


「でもずっと昇降口にいたよね?」

「ああ……ちょっと考え事をしてて……」

「昇降口で?」

「昇降口で」

「そっかぁ……」


 この時点では好感度が足りないから彼女と一緒に帰ることはできない。


 はずだ。 


 俺がやったゲームだと出会った日に一緒に帰ろうなんて誘うと「友達と一緒に帰る約束をしてるから」と言われて断られる。やんわりとした断り方だが、結局はまだ俺の評判が足りずに一緒に歩くに値しないと思われているのだ。

 地味にあの断られ方は傷つく。だからここではこちらから一緒に帰るなんて切り出さずに、当たり障りのない会話をして別れるのが無難な……、

「じゃあ一緒に帰らない?」

「うん……え⁉」


 ……あれ?

 まさか、那由多愛メインヒロインの方から誘ってきた。


 ◆


 那由多愛と共に通学路を歩く。

 まさか初日からこんなラッキーな目にあうとは思ってもみなかった。本来であれば他のサブヒロインからの評判だったり、那由多愛が男に求めるステータスまで自分を磨かなければいけなかったのに、まだそのどちらも足りていない状態で一緒に帰ることができた。


「フフッ……」 


 隣を歩く彼女が笑っている。

 話題を切り出さなくては。

 黙りっぱなしでは、彼女の好感度は下がってしまう。

 一緒にいて楽しくない男と思われてしまう。

 よし。

 頭の中で選択肢を思い描く。


 【世間話】・【趣味】・【健康】・【食べ物】・【恋愛】・【エッチな話】・【アクション】……。


 当たり障りのない話題から、ブッコんだ話題まで。そして、雰囲気が盛り上がったらワンチャン【アクション】の選択肢を選んで手をつないだり、肩に触れたりといったようなチャレンジをすることもできる。


 その中で最初は何を選ぶか———やはり無難なところで言うと【世間話】だろ。


 ———那由多さんの家はどこらへんなの? 


 無難な質問だ。よし行くぞ!


「黒木君の家はどこらへんなの?」

「え⁉」


 質問をする前に質問をされた。


「あ、ごめん。聞いちゃダメだった? 家とか初対面の相手にまだ教えたくない人?」

「い、いやそんなことないけど。美里駅の近くだけど……」

「本当⁉ 私の家もそこらへんなの。公園は? 近い? お侍さんの銅像がある公園?」

「ああ。歩いてすぐだよ」

「本当⁉ 私の家もそこらへん。私と黒木君の家本当に近いねぇ~。もしかしたら帰りだけじゃなくて、行きも一緒になるかもしれないね」

「そうだね。ハハハッ」


 よし、盛り上がったぞ。 


 この調子で的確な選択肢を選んで話題を振って、那由多さんの好感度を上げれるところまで上げるんだ。

 次は———やっぱり無難なところで、【食べ物】と。


「那由多さ、」

「黒木君は学食派? それともお弁当派?」

「———え?」


 また、こちらから話題を振る前に、選んだ話題を振られた。

 エスパーかな? 心を読まれているのかな? 


 ……そんなわけないか。


「学食にしようと思ってるよ。俺、一人暮らしだし」

「え⁉ そうなの。じゃあいろいろと大変じゃない?」

「まぁ、でももう慣れたよ。それに皆そのうち経験することだし、高校生の内からできるようになっておいて損はないよ」

「へぇ~……偉いね。ちゃんとしてるんだ」

「それほどでもないけど」


「じゃあ、一人で寂しい青少年に私がお弁当作ってあげようかな?」


「———え⁉」

「なんちゃって☆」


 舌を出す那由多さん。

 なんだ……冗談か。びっくりした。

 でも、また話題が盛り上がった。また選択肢を選んで……、


 ピトッ……。


「うわっ」

「わ、ごめん……」


 突然、二の腕を那由多さんに触られてびっくりしてしまう。


「ダメだった?」

「いや、いいけど……」


 女の子の手の感触がまだ二の腕に残っていてドキドキしている。


「ごめん。結構黒木君ってがっしりしてるよね。スポーツとかやってたの?」

「いや、スポーツはやってないけど、ジムに通ったりして体鍛えてたりはしてたから………」


 自分の攻略したいヒロインに合わせてステータスを上げられるように、下地の体作りは中学生活最後の半年間で受験勉強をしながらしっかりと行った。


「へぇ~! 本当にすごいね黒木君って!」


 パアッと可愛らしい笑顔を見せる那由多さん。


 よ、し……また盛り上がった、ぞ?


 今度は俺から話題を振っていない選択肢も選んでいない。だけど盛り上がってしま———、

 待てよ。

 よく、考える。

 俺は選択肢を選んでいないが、彼女は俺に触れてきたボディタッチをしてきた。それはつまり、俺が選択肢の一つとして用意していた【アクション】———それを彼女の方からやられてしまったということか……?


「えへへ。ごめんね。つい触りたくなっちゃって」


 にこやかに微笑む彼女の顔にドキッとする。

 これは、もしや、俺が攻略しているのではないんじゃないか?


 ◆


 ———その後もたわいもない話をしながら、一緒に住宅街を歩き、遂には俺の家の前に辿り着いた。

 おじさんの経営しているアパート「ファミーユ高宮」の前に辿り着く。


「へぇ、ここが黒木君の家なんだ?」

「あぁ、そうだよ」

「ちなみに何号室?」


 いたずらっぽく……冗談っぽく聞いてくる那由多さん。

 流石にそこまでは踏み込み過ぎだから答えなくてもいいよ、とでも言いたげな表情だ。

 だけど、そんな軽く冗談みたいに聞かれたら、こちらとしても答えないわけにはいかない。


「202号室だよ」

「へぇ~……あそこだ」


 那由多さんが俺が告げた番号の部屋を指さす。


「そうだよ」

「じゃあ、明日の朝迎えに行っちゃおうかな?」

「え⁉」

「冗談☆ じゃあまた明日学校でね」


 手を振って、那由多さんは歩き始める。

 もしかして……俺は勘違いをしてるんじゃないだろうか。

 そう、遠くなっていく那由多さんの背中を見つめながら思い始めた。


「あ!」


 那由多さんが曲がり角に来た瞬間、何かを思い出したように立ち止まり、左側を指さした。


「———私の家、ここ曲って直ぐ!」

「そ、そうなんだ!」


 ニコッ。


 最後に彼女は特上の笑顔を向けて曲がり角を曲って言って消えていった。


 やっぱり、俺は何か勘違いをしている気がする……。


 それが確信に変わったのは翌日からだった。


 ◆


 俺は幼馴染にフラれて自分磨きをした。


 そして、この世界はギャルゲーであると想定し、ヒロインに合わせたステータスに自らを高め、ヒロインが一緒に歩いても恥ずかしくないと思える人気を勝ち取り、攻略難易度S級の超かわいいメインヒロインを攻略するという目標を持った。。

 それを達成するために生まれ育った町を捨てて、遠くの海の見える街、美里市へと引っ越し、心機一転して〝高校生活〟という〝ギャルゲー〟を攻略していこうと思ったが、登校初日ではメインヒロインにしか出会えなかった。

 最高に顔がいい彼女はまだ俺が攻略するにはハードルが高すぎる。だから、まずは他のサブヒロインと出会い、お近づきになり、ステータスと評判を高めなければ!


「———よし」


 翌朝———。

 今日も自分を磨いて、あのメインヒロインとのエンディングに一歩近づこうと、玄関で靴を履いた時だった。


 ピンポ~ン!


 チャイムが鳴らされる。

 俺の部屋———「ファミーユ高宮」の202号室のチャイムが鳴らされる。


「はい? だ———、」


 れ、という言葉は出なかった。


「えへへ。ごめんね。来ちゃった☆」


 ニコッ、


 俺のメインヒロイン、那由多愛だ。

 彼女は手に持った弁当バッグを掲げ、


「迷惑だと思ったけど……作りすぎちゃって。これ、あげる」


 俺に渡してきた。


「い、いいの?」

「いいよ。言ったでしょ。作りすぎちゃったって」

「で、でもどうして? どうしてわざわざ俺の家まで?」

「ん? 好きな子と学校行くのに理由って必要?」


 小首をかしげて何でもないようなことのように告げる那由多さん。

 いや、何でもあるだろう。


「いま……好きな子って」

「あ、べ、別にそういう意味じゃないからね⁉ 単純に黒木君に一人の人間として好感を持っているって言うだけ! 勘違いしないでよね……!」


 照れた様に笑って彼女は少しステップして扉の前から距離を取って、


「行こ」


 笑顔で俺を誘う。


 ———間違いない。


「ああ、それと———おはよう、黒木君」

「ああ、おはよう———那由多さん」


 言い忘れていた挨拶を、お互いに交わす。


 ———俺は、確信した。


 俺は攻略をしているんじゃない———攻略をされているんだ。

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