第4話 登校の何気ない会話

 俺は〝高校生活はギャルゲーである〟という主義の元———自分を磨いて磨いて、ヒロインに合わせたステータスまで自らを高めてヒロインを攻略しようと思っていた。


 が———、一つ問題がある。


「どうしたの? 黒木君」


 隣を歩く超絶美少女、那由多愛が小首をかしげる。

 メインヒロインがぐいぐい来る。

 今日は高校生活二日目。

 だというのに、もうメインヒロインとの登校イベントをこなしている。

 これはおかしいことだ。

 本来であれば、こっちから誘って「え……ちょっと用事があって」と建前を言われて断られ、本音では(私と君が付き合っているって噂されたくない……)と思われ、彼女の隣を歩くには、もっと自分を磨いてカッコいい人気者にならねばならない。

 メインヒロインとはそういうもののはずなのに。


「ねぇ、黒木君ってば」


 那由多愛は既に隣にいる。

 俺はまだ、何もしていないのに———。


「な、何?」

「もうっ、ずっとボーっとして、話聞いてた?」


 聞いていない。

 どうして難攻不落であるはずのメインヒロインがこうも距離感近くいてくれるのか、そのことばかり考えていて、全く話を聞いていなかった。


「ご、ごめん、何の話だっけ?」

「部活! 今日の放課後、部活見学会が始まるでしょ? 黒木君は部活、どこに入るか決めた?」

「あ、あぁ……」


 確かに部活は高校生にとって大切な場所コミュニティだ。そこで得た縁が高校を卒業した後も続き、一生涯の友人を得たり、人によってはそれが将来に繋がったりもする。

 だから普通の高校生活を過ごそうと思っている人間は慎重に選ぶものだが……。


「俺は、一つの部活には入らないかな」

「へぇ、そうなんだ……」


 俺は漠然と過ごす高校生活をしに来たわけじゃない。

 ギャルゲーをしに来たんだ。だから、一つの部活に入って自由時間を拘束されるなどもってのほか

 俺の入った美里高校はどのスポーツ部も強豪というわけではない。だから、練習に力を入れているわけではなく、部活に長時間拘束されると言うことはないのだろうが、それでも十分時間を拘束される。

 そこに俺がヒロインが入っているのなら所属のし甲斐もあるだろうが、それでもやっぱり方向性が変わる。俺が求めている高校生活とはかけ離れた方向性になってしまう。

 高校生活がアオハル的な感じじゃなく、昭和のスポコンになる。「甲子園に行くことができたら、好きなあの子に告白する……」的な恋愛がゴールで過程はスポーツの熱血ストーリーラインになってしまう。


 ———没だ。だから、俺は部活には入らない。


「俺は熱血漫画に憧れて、高校生になったわけじゃないからな」


 俺が高校生活で参考にしたのは、あくまで‶ギャルゲー〟だ。


「そうなんだ……でも私はテニス部に入ろうと思ってるよ。黒木君もどうかな?」

「どうかな……って俺もテニス部に?」

「そう、男子と女子に分かれてて一緒のコートを使うことはないけど、すれ違ったりはするかもしれないよ?」


 フフフ、と笑う那由多さん。

 確かにすれ違って、こっそり二人の目が合って笑い、互いに手を振り合う。

 そのイベントが発生するのは魅力的だが、やっぱり使っている時間のほとんどは男子テニス部での活動だ。ヒロインを攻略する時間が少なくなってしまう。

 だから、男子テニス部に所属するのもダメだ。

 そんな選択肢を選ぶわけにはいかない。男とクリスマスを過ごすバッドエンドの確立が高くなる。


「やめとくよ。俺、テニスのルールも知らないし、高校生活ではやりたいことがあるからさ」


「へぇ~、そうなんだ———それって何?」


「それは……」

 

 選択肢を選ぶ時だ———。

 ‶ヒロインを攻略するため〟なんて正直に言えない。そんなことを言ったらナンパな男だと思われ、好感度が大幅に減少してしまう。

 なんと言えばいいんだろう……頭の中に選択肢が浮かび上がってくる。


【女の子と付き合いたいんだ】

【部活なんてせずにゲームばっかりやりたいんだ】

【部活なんてもう流行んないよ。将来に備えて勉強しなきゃ】


  う~ん、どれも適切じゃない、どの選択肢を選んでも那由多さんの好感度が下がる気がする。

 なんて言えば、なんて言えば、那由多さんの好感度を上げることが……。


 あ、わかった。いや、思い出した。


 彼女の好感度が上がる選択肢は、彼女自身がすでに言っていた。


「———一度しかない高校生活をみんなと楽しく過ごしていきたい」


 俺は———この高校生活の三年間を、一生で一度の三年間を、かけがえのないみんなと過ごしていきたい。

 中学生活でした後悔を、もうしないように———。


「そっか」


 那由多さんは微笑み、


「その〝みんな〟の中に、もう私は入っているのかな?」


 問いかける。

 勿論もちろん、と答えたいところだが、彼女とは昨日今日会ったばかりだ。それなのにさも当然のことのように即答するのはなんか軽い感じがして、逆に好感度を下げてしまうのではないかという憂いがあった。


 だから———、


「……とりあえず」


 と、答えた。

 即答でもない、照れた様に言った。というか、完全に照れていた。


「なにそれ」


 その照れを見抜いているように那由多さんは笑い、共に学校へ続く坂道を歩いた。

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