第5話 ようやく見つけたサブヒロイン、一 真子。
授業中———。
高校に上がっても授業は退屈だ。それに俺はある程度勉強が得意なヒロインと出会った場合攻略できるように予習復習はしっかりとしている。
「……では基本的な問題です。英語で相手に対して「~してくれませんか?」と聞いたり「~することができます」といった『可能』の文章を作る時に用いられる助動詞は何でしょう……それでは」
本当に中学生レベルの問題だ。こんなものは誰でも答えられるだろう。
「———
「へ⁉ あ、はい⁉」
呼ばれたのは明るい雰囲気のあるボブカットの少女———昨日、那由多さんと登校時、一緒に歩いていたあの子だった。
「あ~……え~っと……」
「答えられませんか? 私の話聞いてませんでしたか?
英語教師にじろりと見られ、ビクンと体を固まらせる一さん。
彼女はてんぱったように唇を震わせ、
「ぺ、ペン……」
「はい?」
「でぃす、いず、あ、ぺん……「これはペンですか」の訳……ですよね?」
「ハァ~~~…………!」
「アハハハハハハハハハハハハハッッッ‼」
一真子は授業を全く聞いていなかった。
「こう言っとけば大丈夫だと思ったのに~……!」と頭を抱える彼女に英語教師は呆れかえり、珍回答にクラス中が笑いに包まれる。
あの娘———ヒロインだ。
俺の中の直感がピンときた。少しおバカなウザカワヒロインの予感がする。
一緒に過ごすと恋愛的な色っぽい展開にはなりにくいが、かなり気楽に話せる親友的な関係に落ち着き、あの子のルートを進めていくと、段々互いに異性として意識しあう。そんな未来が待っていそうな女の子だ。
サブヒロインとようやく出会えた……いや、出会っていないけど……。
ここは後に彼女と話すきっかけを作るために、助け舟を出そう。
———先生、代わりに俺が。と立ち上がって正しい回答をしようとした時だった。
「カン‼」
真子が、突然声を張る。
「カン、カン、カン! カンですカン‼」
何度も何度も壊れたおもちゃのように「カン」と言い続ける真子。
カン……あぁ、「Can」か……!
「……Can……正解です」
英語教師が呆れた様に彼女の答えを認める。
どうして、授業を全く聞いていなかった真子が突然正解に辿り着いたのか?
彼女の方を見ると、その答えがすぐに分かった。
「真子……カンじゃない……キャン……」
「えっへへ~……サンキュー、愛。助かったよ!」
優しいな。
だけど、できれば俺が彼女を助けたかった。
「……ちなみに、「カン」という発音も決して
教師のトリビアが始まった。その後も、教科書通りの内容を少し説明しては英語教師が持っている豆知識が披露される、そんな授業時間が進んでいった。
正直、英語教師の披露する豆知識は知らないことばかりで、なんだかんだで授業は面白かった。
◆
昼休みになる。
昼食時間も兼ねる自由時間。
ギャルゲーでは自分が攻略したいヒロインの元を選ばなければならない、重要な時間だ。
この時間でコツコツ同じヒロインと遭遇して好感度を稼いで攻略する。
俺がプレイしたギャルゲーではどこにヒロインがいるのかわからず、ヒロインの趣味や行動パターンから推測して場所を選ばなければいけないシステムだった。
ヒロインがどんな性格かわからずに、見当はずれの選択ばかり選んでしまっては、時間を無駄にしてしまい、攻略難易度Sのメインヒロインどころか、サブヒロインも攻略できない。
「さて——、」
俺は席を立つ。
その後ろを「学食学食! 早く行かないといいのが売り切れちゃう!」と五百円玉片手に
俺も、学食に向かうとするか。
つまり、那由多さんを攻略するには最も重要なヒロインは彼女というわけだ。仲のいい友達の真子が俺のことをよく思っていなかったらその評価はダイレクトに那由多さんに行き、那由多さんの中の俺への好感度が下がる。
そういったことがないように、真子の好感度も上げておかねばと財布を掴んで学食へ行こうとする。
「お、学食行くのか? 俺も一緒に行くよ」
後ろの席に座っている佐伯渉が財布を掴んで俺の後に続こうとする。
「すまない渉。俺は一人で学食に行きたい」
親友キャラからの折角の申し出だが、断らせてもらう。
「え? いや、学食だろ? ほとんどのやつはグループで一つの机を囲んで食べるぞ。お前、そんな中ぼっちで食いたいの?」
俺が断る意味が分からず、渉の眉間にしわが寄る。
「いや、ぼっちで食べるつもりはない。学食で出会った人と食べる」
「……それなら俺で良くない?」
「いや、渉じゃダメなんだ。すまない。俺は学食で人と出会わなければいけない。その出会いに、親友のお前がいたら邪魔なんだ」
「親友と呼ぶくせに邪魔呼ばわり……」
「すまない。本当に申し訳ない」
心の底から謝罪する。
だが、貴重な高校生活、男にかまけてヒロインとのイベントをすっぽかすわけにはいかないんだ。
「また、俺から誘った時に一緒に行ってくれ!」
時には親友も一緒にいることで発生するイベントもある。その時には絶対に誘うからと手を振り、一人で教室を出ようとした時だった。
「あ、教室の外で食べるの?」
「え?」
那由多さんに呼び止められた。
彼女はピンクの弁当鞄を持っている。
そして、小首をかしげ、
「あれ、黒木君。お弁当は?」
「お弁当……あ」
青い弁当バッグが俺の机の横にかかっていた。
そういえば、朝に那由多さんから手作り弁当を渡されていたんだった。
「もう、何やってんの。お弁当忘れてどこに行こうっていうの?」
「どこって……」
そうだ、何を忘れてたんだ———。
那由多さんはわざわざ俺の席まで行って、弁当バッグを持って俺の元まで届けてくれる。
「行こ。一緒に食べるんでしょ?」
彼女は教室を出て廊下を歩いていく。
———俺には選択肢はなかった。
学食に行くなんて選択肢、もうすでに今日の朝に潰されていたんだった。
那由多さんと一緒にお弁当を食べる———その選択肢しか俺にはなかったんだ。
俺は教室を出る。
「やっぱ俺お前のこと嫌いだわ……」
後ろから渉が何か言っているような気がしたが、振り返らずに那由多さんの後に続いた。
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