第6話 この学校は、屋上に行ける学校

「わ~……! いい風……」


 俺と那由多さんは屋上に出た。

 一緒の弁当を持ち、教室以外で食べる場所といえば、中庭か屋上が学園モノのラブコメ漫画では定番のスポットだ。

 現実では滅多にそこで食べることはない。どちらとも———だ。

 中庭は校舎に囲まれ、廊下に出たら見ることができる衆目の的。そんな場所で男女で堂々と食べようものなら、注目され、「あの二人できてるのね」とからかわれること必死。そんな好機の目にさらされる干渉動物のような扱いは繊細な心を持つ高校生なら誰でも御免被る。

 なので、屋上がベストなのだが……そっちは開放されていない。普通なら。

 ほとんどの学校はそうだ。

 安全管理の観点から、生徒が無断で入れないようになっている。

 だが、この高校は違った。

 俺がいた中学校はそうだったので恐らく高校もそうなのだろうと思ったら———特に封鎖されているわけでもなく、開放されていた。


「普通じゃなかった……」

「黒木君? どうしたの? 早く食べよ」

「あ、ああ……」


 まぁ、封鎖する理由も学校施設内で高所にあり、風が強くて落ちたら危険———と、その程度であり、普通にちゃんと気を付けていれば全く危険ではない。そこに行ったら絶対死ぬと言うわけでもない。ここはそんな世間の風潮に流されない、生徒たちを安全意識を信頼してくれている学校なのだろう。

 そんな屋上で、那由多さんはハンカチをシート代わりに敷いてその上に座った。


「ん」


 その隣をポンポンと叩く。

 俺も彼女にならってハンカチを敷くべきだろうが、あいにく俺のハンカチは自分が座れるほどのサイズじゃない。分厚い生地で小さいサイズのハンドタオルであり、その上に座るとなると俺の尻がどうしてもはみ出してしまう。


「まぁ、多少は汚れても仕方がない」

「あ、待って」


 俺はハンカチを敷かずにそのまま座ろうとした。

 が、それを呼び止め、那由多さんは俺が持っている青の弁当バッグを開けた。俺が手提げ紐をもったまま、器用にジッパーを小さく開けて手を滑り込ませると、中からハンカチが出てきた。


「じゃ~ん、実は私、こんなことがあろうかと、想定している女なのでした♪」


 悪戯っぽく笑い、自分の隣にハンカチを置く。

 仕込んでいたのか……というか、さっき彼女が敷いたハンカチも、ポケットの中からじゃなく、彼女が持っているピンクの弁当バッグから取り出していた。

 やばい、彼女の細やかな気遣いが嬉しくて顔がにやけてしまいそうだ。


「ンンッ! あ、ありがとう……」

「どういたしまして♪」


 彼女の顔を見てしまうと、ニチャァ……、と気持ち悪い笑みが漏れそうになるので、咳ばらいをして、必死に那由多さんから顔を逸らして隣に座る。

 こんなことをされたら、俺のことが好きなんじゃないかと誤解してしまうだろう……。


 いや、好きだろう。


 じゃないとこんなに積極的に来るか? 

 俺は攻略するつもりだったのに、明らかに彼女の方からこっちを攻略するムーブをしているんだぞ?


「さ、食べよ」

「あ、うん……」


 那由多さんに促されて弁当箱を開ける。


「「いただきます」」


 中は———普通だった。

 ブロッコリーにウズラの卵にミートボール。よくあるみんながイメージするような学生のお弁当そのものだ。

 少しほっとした。


「ハートのマークが描かれていたらどうしようかと思った……」

「ハートのマーク? 描いてほしいの?」

「え……? 声に出てた?」

「うん、割とばっちりと」


 箸を咥えた状態で、那由多さんが頷く。


「別に描いてもいいよ。桜でんぶ乗せるだけだし」


 い、いいのか? やってくれるのか⁉ それがどんな意味を持つのか、わかっているのか⁉


「い、いや、いいよ。それだけのために桜でんぶを買ってもらうのはアレだし」


 俺は実は料理ができないわけじゃない。今日は弁当を作って来なかったがやろうと思えばできる。昨日だって夕食は自分で作った。

 だから、「桜でんぶ」という食材がどれだけ手に入れるのが面倒くさくて、どれだけ扱いに困るものかはわかる。まず、普通に料理をする上で使わない。使ったとしてもキャラ弁やひな祭りのようなピンクのいろどりを料理に与えるぐらいでしか使う役割がなく、あくまでもアクセント。普通に料理をする上で常用している人はほぼいないだろう。

 だから、ただハートマークを作るためだけに那由多さんに手間を取らせるのは、抵抗がある。だから、拒否した。


 のだが———、


「別にいいよ。黒木君のためにすることは全然苦じゃないから」


 と、照れた様に笑って言った。


 え———やっぱりこの娘……。


「でも、こういう二人っきりの時は大丈夫だけど……もしも教室で食べるってなった時は困ったことになっちゃうね……エヘヘ」


 俺のことが———好きなんじゃね?


 こんなに積極的に俺を攻略しに来るって言うことは、どう考えてもそういうことだろう。

 彼女に見惚れていると、タッタッタッと足音が聞こえ、バタンと屋上の扉が閉まる音が聞こえた。

 全く気が付かなかったし、気づく余裕がなかったが、俺達の他に———屋上には誰かいたようだった。

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