第19話 修羅場

 ———まずい。


 ピン……ポ~ン……。


 再びチャイムが鳴らされた。これが俺が予想している通りならかなりヤバい状況だ。


「誰? 出なくていいの?」


 陽子が聞いてくる。

 多分、今チャイムを鳴らしている人と陽子を会わせたら、恐らく取り返しのつかないことになる。誤解されて、下手をすれば両方から距離を置かれる。


「だ、大丈夫だと思う……新聞の勧誘か何かだよ……」


 コンコンコン……。


「……お~い、いないの? 黒木くぅ~ん……!」


 ドア越しから聞こえてくる———那由多さんの声。


「女の人の声……?」

「———ッ!」 


 まずい……やっぱり予想した通り、訪ねてきたのは那由多さんだ。この部屋が俺の部屋であることを知っているのは大家であるおじさんか那由多さんしかいない。渉やにのまえさんにも教えていないのだから、訪ねてくる可能性があるのはその二人しかおらず、ここに陽子がいる以上、おじさんが訪ねてくることはほとんどない。

 というか、これまでの那由多さんの行動パターンからして、一番可能性が高いのは彼女だ。


「……誰? 知り合い?」


 ドア越しに「コンビニでも行ったかな……」という那由多さんのつぶやきが此処まで聞こえ、陽子は俺にジト目を向ける。


「…………はぁ」


 仕方がない。

 ここまで来てしまったら、もう誤魔化しようがないだろう。


「そうだよ。知り合いだよ。ちょっと連れて来る」

「…………」


 観念して扉に向かった。

 陽子は無言のまま刺すような視線を俺に向け続け、その視線を感じながら、廊下を歩く。

 ガチャ……。


「あ。やっぱりいた、黒木君。遅い……よ」


 俺の顔を見た瞬間、那由多さんは笑顔を見せるが、何かに気が付いたのか視線がドンドン下にいき、俺のモノではないピンク色のスニーカーがあることに気が付いた様子だ。


「今日もお母さんの作り過ぎた夕食のおすそわけに来たんだけど……お客……さん?」


 タッパーが入った風呂敷をかかげる那由多さん。少し困り眉になり、気まずそうな雰囲気を漂わせている。


「ああ、幼馴染が来てるんだ」

「陽子ちゃんが?」


 那由多さんが目を見開き、


「———おすそ分け⁉」


 後ろから陽子の驚きの声が聞こえ、ドタドタと言う足音と共に、陽子がやって来る。


「ちょっと二人ってどういう関係———!」


 俺の肩を掴み、体をどかせ、那由多さんと陽子が対面する。


「あ、んた……って……」

「は、初めましてだね……陽子ちゃん……」

「は、初めまして……」


 陽子は那由多さんの全身をしげしげと眺め、


「もしかして……こいつの彼女?」


 俺を親指で指さし、那由多さんに尋ねる陽子。


「えっと……ぉ……」


 那由多さんは気まずそうに俺の顔をチラチラと見る。

 否定するだろうな……。

 まだ告白もしていないし、出会ってまだそんなに一緒の時間を過ごしていない。お互いに好意を持っていると何となくわかっていたとしても、それで彼氏彼女の関係であると那由多さんは認めないだろう。なんだか、彼女も思わせぶりなところがあ、


「うん、そうだよ」

「え———⁉」


 那由多さんが……俺の彼女であることを認めた……。

 彼女はにっこりと微笑み、タッパーに入った夕食を見せつけるように掲げた。


「彼女だから、一人暮らしの彼氏の家におすそ分けに来たの」


 対する陽子は頬をヒクヒクと引きつらせ、


「ふ~ん……そうなんだぁ……」 


 と、だけ答えた。 

 何だか、彼女全身がわなわなと震えていた。


 ◆


 その後、那由多さんは俺の部屋に上がり、先日と同じように料理を用意してくれる。

 陽子に見守られながら。

 陽子は急な客人であるが、ちゃんと那由多さんは陽子の分まで皿を用意してよそってくれる。


「「「いただきます……」」」


 三人で手を合わせて夕食を取る。

 いや、どうしてこうなった……。

 俺を振った幼馴染と俺が魅かれてまだ告白できていない女の子。

 何をどう間違ったら、この三人で一緒の食卓を囲むことになるのか…。


「ねぇ、早くない?」


 突然、陽子がぶっこんできた。


「何がだ?」

「彼女を作るの……あんたこっちの学校に入ってそんなに時間が経っていないでしょ? それなのに……もうできたの? こんなかわいい子が?」

「…………」


 那由多さんの様子をチラリと見る。

 彼女は何も言わずに、俺に任せるという感じでにっこりと笑みを作る。

 ちょっと———圧を感じる。


「あ、ああ……お前のおかげだ……ありがとう陽子」

「どうしてそこで、ありがとう?」


 陽子の声に怒気がこもる。


「お前が俺に〝気づき〟を与えてくれた。女の子と付き合いたいって言うのに、俺は全く自分を磨かずに女の子は勝手に寄ってくるものだと思っていた。そのおかげで那由多愛さんみたいな可愛い彼女ができた。本当に感謝しているよ……」


 ずっと彼女に向けて言いたかった言葉を言う。

 だが、こんな状況じゃない。

 何だか針の筵にいるようなこんな緊迫感に包まれた状態で言いたかったわけじゃない。もっとちゃんと、那由多さんと彼氏彼女の関係になって、しっかりと陽子の前で紹介したかった。


「ふぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん…………」


 なげぇな……。

 やっぱり、陽子は怒っている……。

 いやそもそもお前に怒る資格があるのか、と言いたかったが、そんなことを言ったら火に油を注ぐだけだと思ったので黙っておいた。

 那由多さんは、陽子の感情に気が付いているはずなのに、ニコニコとした笑みを崩さない。

 そして、陽子は体が少し前のめりになり、俺と那由多さんを交互に見やって、言う。


「———それ、嘘でしょ?」

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