第34話 那由多愛の独白

 私、那由多愛は‶なにもなく〟生まれてきたことを呪っていた。


 私の両親は共働きで、普通のサラリーマンと普通のOL。二人ともそこそこ忙しくはあったけれどもブラック企業に勤めているわけでもなく、家にいる時間は多く、はたから見ると裕福な家庭だったと思う。でも、それははたから見るとの話で子供こどもから見るとあまり幸せな家庭じゃなかった。

 お父さんとお母さんとの会話は、本当に少なかった。冷え切った夫婦仲と言っていい。必要最低限なことをしか話さず、夫婦で違う部屋で寝て、お互いに避け合って顔を合わせるタイミングも最低回数に抑えている。私を愛してくれていないわけじゃなかったけれど。お父さんとお母さんは私の前では笑顔だった。それは私の前だから作り笑いを浮かべていたわけじゃなく、本当に心の底から笑っていたのだろう。二人は私の事だけは好きだったのだ。だけど、互いのことをどう思っているのか。結婚生活を続けて、どう思うようになってしまったのか。私にはわからない。怖くて聞けない。


 子はかすがい———私の家族はまさにそんな感じで、私がいなければ二人は離婚していただろう。 


 いや、今でも一緒の屋根の下で暮らしているのが奇跡みたいなもので、いつ離婚してもおかしくはない。

 そして、そんな愛情の薄い家庭が別に特別に不幸でも何でもなく、この世界では何処にでも当たり前にある普通の家庭であると言うのも私に絶望を与えた。

当たり前のような不幸が、特別でも何でもなく普通のことで、普通じゃない私は不幸であるのに、アニメや漫画の主人公の様にはなれない。

 私には何もないから。

 私は何処にでもいる〝普通〟の子供だから。

 アニメや漫画の主人公のような〝特別〟な子供ではないから。

 彼らのような〝特別〟な存在であれば、どんなに不幸が今降りかかっているとしても、いつかは報われる。シンデレラのような栄光の日々が訪れる。

 そして不幸を与えていた継母たちには罰が与えられ、シンデレラの栄光を裏返すように彼女たちは不幸の日々を過ごすことになる。

 そうあって欲しいと思った。

 現実もそうであって欲しいと小学校の頃は思っていた。 

 何処にでもいる普通の子供だった私に、現実という不幸を見せ続けてきた安藤さんもいつかは私が幸福の日々を過ごすと反転するように不幸な日々を送るのだと思っていた。そう、思いたかった。

 だけど、現実はそんなことはなくて、そんな不幸と幸福のバランスなんか取れているようなシステムがあるような世界じゃない。

 理由なんてなくて上手くいっている安藤さんはいつまでも上手くいくし、上手く行っていない私はいつまでも上手くいかない。

 このまま私はガラスの靴を探す王子様に巡り合えずに、上手くいかないまま過ごしていくんだ。


 そう———思っていたんだ。


 それに……実はシンデレラは実際残酷すぎる物語だ。

 王子様に見初められたシンデレラの話には続きがある。シンデレラはそのまま王子様と一緒にお城に行って幸せになりました……そして、ガラスの靴は自分の物であるという嘘をついた意地悪な継母と姉たちには過剰な罰が与えられる。ガラスの靴に足が収まるように、その肉をナイフで削げ落とすという罰だ。

 悪役たちに対するその残酷すぎる仕打ちに私は震えた。

 当然、興奮なんかじゃない。恐怖で震えた。

 そこまでしなくてもいいのにと思った。

 悪いことをしたからといって、そこまで過剰な罰を与えなくていいのにと思った。

 その物語を知ってから、私は安藤さんに対する恨みを捨てようとした。

 安藤さんは確かに私にとっては悪役だけど、彼女に対して何をしてもいいわけじゃない。罰を与えている姿というのは、復讐している姿というのは、はたから見るとこんなにも醜い光景なのだ。

 私は確実に復讐するとなったら手が付けられなくなる。 

 満足しなくなる。どこまでいっても。

 どんなに安藤さんがやめてといっても、許しを乞うても、私は復讐の手を止めることはしないだろう。

 所詮復讐なんて自己満足で行うものだ。合理性なんかありはしない。

 なら、何処までも自分が満足いくまでやるしかない。

 だけどその果てがないと言うことが、私にはもうやる前からわかっている。

 なら、シンデレラのその先の光景を再現する前に私は恨みを捨てようと思った。

 くだらない感情だ、恨みなんてものは。


 復讐なんて何も生まない。


 そんなのたくさんのアニメや漫画で語られている。

 許すことが大切なんだ。

 だから、私は過去に受けた安藤さんからの仕打ちなんて忘れることにした。そんなものを覚えていたって仕方がないから。そんなことを覚えていたって、先には進めない。

 人は未来に向かって進む生き物だから。忘れなきゃダメだ、人の不幸なんて願っちゃダメだ。


 そう———思っていたんだけど……なぁ……。

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