第25話 これはデートなのだと思い出した。

 昼食が終わり、適当にぶらつこうかという雰囲気になり、美里駅ビルの三階、レディースファッションのコーナーにやってくる。


「うわぁ……これめっちゃ可愛い!」


 店頭に飾ってあるマネキンを指さし陽子がはしゃぐが、流石に男の俺ではわからない。

 陽子が指さしているのは黒いダメージジーンズに星のマークのついたTシャツというどこのロッカーだというファッションだった。マネキンがコーディネート一式を見に纏っているから、なんとなく絵として映えはしているが、カジュアルな服が似合う陽子にそれは似合いそうにない。


「ねぇ、那由多さんもそう思うでしょ?」

「うん。カッコ可愛いってヤツだね」


 陽子の言葉に那由多さんは微笑んで同意する。


「ねぇ、ちょっと見てきていい?」


 陽子が店の中を指さす。


「ああ、じゃあ俺は待ってるよ」

「あんがと、じゃあ行こう那由多さん」

「うん」


 陽子が那由多さんの手を引いて中へと入っていく。

 一見仲良くなったように見えるが、本人たちに聞くと否定するだろう。あくまでこの時は女性の視点の意見が欲しいだけで、目的は自分にふさわしく、他人から見ても見栄えが良いファッションを探すことにある。

 好きな女のファッションなら何でも褒める男の意見を聞いても仕方がなく、正しい意見をくれるのは同性だけ。いうなれば利害の一致だ。プライドを先立たせて嫌悪するよりも、目的のために表面上は仲良くしておく方が後々自分にとってプラスに働く。 


 ———と、思う。


 手を繋いで店内を歩き回る那由多さんと陽子の様子をそう推測する。

 所詮俺は男だ。本当の女の子の気持ちや考え方はわからない。時折、バチバチに対抗意識を燃やしたと思えば、手のひらを返したように仲睦まじい姿を見せる女の子のホントの気持ちなど、所詮男にはわかりっこない。

 多分、わからなくてもいいことだ。

 俺は二人が満足し終わるまでエスカレーター近くのベンチに座って待っておこうと思った。

 スマホを開いて、これからのコースを確認する。

 美里市は海と山に面した観光都市。少し歩いて海を眺めに行くのもいいし、少し登って山の上から街並みを一望するのもいい。

 時間はもう午後二時になろうとしている。

 ここから少し歩いたら、丁度空が夕焼けになる。それを海でも山でも、どちらにしろ綺麗な景色が見られるだろう。

 ブログや観光サイトを見ながらどちらがいいか考えていると、遠くの方からギャハギャハと大きな笑い声が聞こえてきた。


「マジヤバいよね~!」

「ああ、あいつオタクのくせにナンパなんかして、成功するわけねぇつーの。もう完全に不審者よ不審者。俺んとこに何としてよぉ~って華子の奴が泣きついて来てさ」

「うへ~きもい~」


 四人ぐらいの男女の集団だ。丁度男2女2でダブルデートでもしているのだろうか。

 全体的に金髪にシルバーのネックレスをしていたり耳にピアスをしていたり、恐ろしくちゃらちゃらした連中で、少し不良のような雰囲気を感じる。

 ギャハギャハと下品に笑って、騒ぎ合っている様子から、何となくだが実際はあいつらの誰も彼氏彼女のような関係性は誰も築けておらず、ただつるんでいるだけのそこまで深い仲ではないんだろうな、と思った。

 その派手な集団はフロア中に響くほど大きな声で笑い続け、そのあまりの声のボリュームに俺だけじゃなく何人かの人たちが彼らに視線を向けて、嫌そうに顔をしかめていた。


「そういやあいつ警察捕まったらしいぜ」

「あいつも? なかーま!」

「ウェ~イ!」

「「「ウェ~イ‼」」」


 話の脈略がさっぱりわからない、だが耳障りだ。そんな会話を繰り広げ、気持でも通じ合ったのか、肘をぶつけあっている。

 本人たちは楽しいのだろうが、とにかくうるさい。

 周りの迷惑を考えてほしい。


 ああはなりたくないな。


 俺も楽しい学園生活や休日を過ごしたいが、羽目を外し過ぎてはいけないな……那由多さんや渉のようないい人間関係には恵まれたが、テンションが上がり過ぎて周りが見えずに迷惑をかけないようにしないと。

 不良じみた集団が通り過ぎていき、不快な思いをした、せめてもの甲斐を考えつつこうと無理やりこじつけ、小さく勝手に自戒した。


「ああいうのはどこにでもいるよな……まぁ友達といると気が大きくなっちゃうのもわかるけど、声も大きくなっちゃダメだろう……って、何考えてたんだっけ……」


 さっきまで何をしようとしていたのか一瞬忘ていたが、


「そうだ、海に行くんだった」


 これからのデートプランを組み立てていたんだったと思い出し、スマホの画面に目を落とそうとしたが、


「———海に行くの?」 


 いつの間にか目の前に那由多さんが立っていた。


「え、ああ、うん。これから行こうかなって……あれ? 陽子は?」


 目の前にいるのは那由多さん一人。陽子の姿はなかった。


「ハハ……陽子ちゃん服選ぶのに時間がかかる人みたいで……しかもずっと店員さんと話してるから手持ち無沙汰になっちゃって……」


 そう言って、那由多さんが両手を広げて呆れ果てたようなポーズをとった。

 

「なんだそりゃ。那由多さんついていった意味ないじゃないか」

「そうでもないよ。一応陽子ちゃんから許可は貰ったから」

「許可?」

「うん、陽子ちゃんを待っているあいだ退屈だから、しばらく黒木君と一緒に時間を潰していいよ———っていう許可」

「……一緒に?」

「うん」


 那由多さんは俺の手を取った。


「行こうか、海。ようやくデートらしいことをしようよ」


 そういって、彼女は俺の手を強く引いて、立ち上がらせた。

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