第26話 手を繋いで海辺を歩く

 ショッピングモールがある美里市駅前ビルを出て、近くにある渡り船乗り場まで向かった。映画の舞台にもよくなった対岸の島へ向かう小舟の発着場で、小さな港の様で中々雰囲気のある場所だ。


「いい風だね」


 潮風に髪をなびかせて那由多さんが防波堤に沿って歩く。


「ああ……」


 二人きりで陽子を置いて抜け出してきてしまった。

 だけど、本来はこういうデートをするために彼女を誘ったのだ。


「なんだか、完全にカップルみたいだね。私たち」

「ああ」


 那由多さんがそう言って微笑みかける。

 並んでしばらく歩く俺達。

 少しだけ沈黙が支配する。


「…………」


 手をつないで歩きたい。その意志が先行し手をワキワキとさせてしまう。だけど、俺と那由多さんはまだ微妙な関係、多分互いに好きあっているのだろうが、まだ告白もしていない。

 できれば今すぐにでも告白して彼氏彼女の関係性になりたいがタイミングというモノがある。ようこから抜け出している今は、完全にそのタイミングとは言えない。

 焦るな。

 そう、自分に言い聞かせる。

 焦って適当なタイミングで那由多さんに告白して不評を買い、彼女にフラれたら俺はもう二度と恋なんてできない。それほどのダメージを負う。

 だから、今日じゃない、いつか、いつの日か彼女に告白しよう。そう思った瞬間だった———、

 ぎゅ……。


「え———?」


 手を握られる。

 隣を見ると照れた様に那由多さんが微笑み、


「えへへ、握っちゃった」

「握っちゃった、ねぇ……」  


 緊張した。

 そのせいで変な笑顔を浮かべることしかできない。


「「…………」」


 そのまま俺たちは手を繋いだまま防波堤に沿って歩く。


「こういうこと、したかったんだ……」


 ぽつりと那由多さんが呟く。


「ああ……ここデートスポットだもんね。やっぱ地元だからそういう人たちを見てきたんだ?」

「ううん。ゲームで……」

「ゲーム?」


 予想外の言葉が出てきたなと思ったら、失言だったと那由多さんは口に手を当てる。


「……ゲームがどうしたの?」


 那由多さんが言葉を続けたので、催促する。

 だが、那由多さんは苦笑して続きを話そうとせず、


「なんでもない」


 と話を打ち切って、俺の手を握る力をぎゅっと込めた。

 何で隠した?

 別に隠すことじゃないし、ゲームはにのまえさんと仲良くなるきっかけになったと彼女自身が言っていた。それを隠す意味が不可解で、問いただしたくはなったが、やっぱりまだ深いところに踏み込む勇気はなかったのでやめておいた。


「でも、予定が狂っちゃったなぁ~……」

「予定?」

「本当は、こういうことを陽子ちゃんに見せつけるつもりだったんだけど、上手くいかないもんだね」


 那由多さんの視線が下へ向き、俺達の握られている手を見る。


「もう、陽子ちゃんにいまさら反省したって遅いんだゾ! ってところを見せつけたかったんだけど、なんか上手くいかなかったよ」

「見せつければ、いいんじゃないか……? 陽子も俺と那由多さんがカップルとしてふさわしいか見極めるとか偉そうなことを言っていたし、あいつの言葉通りそのまま受け止めるのなら望むところだろう」

「だけど、陽子ちゃんと黒木君、息ピッタリなんだもん」

「息?」

「うん、息。呼吸って言うか、間っていうか……ノリがさ。やっぱり幼馴染は違うんだなって思ったよ。やり取りが熟年の漫才夫婦みたいでポンポンポンポン、私の入る余地なかったもん」

「———ッ!」


 那由多さんは笑っている。

 笑っているが、俺はとんでもないことをしでかしたことに気が付いた。

 陽子に俺と那由多さんの仲を見せつけるつもりが、那由多さんをないがしろにして、陽子との幼馴染としての絆を彼女に見せつけてしまった。


 ピピピピ……!


 携帯が鳴る。

 画面を見ると、『橘陽子』の名前が表示されている。


「タイムアップだね。陽子ちゃんの服選びが終わったみたい。戻ろうか美里市の駅ビルに」


 何でもないように言う那由多さん。顔は笑顔だ。だが、何処か寂し気に俺は感じた。


「いや———」


 俺は電話に出ずに、その着信を———切った。


「黒木君?」


 鳴りやんだ携帯を驚きの表情で見つめる那由多さん。

 そして俺は彼女の手を強く引いた。


「行こう。那由多さん。デートの仕切り直しだ———」

「あ」


 俺は、これから陽子に対して酷いことをしようとしている。だけど、仕方がない。二つに一つしか選ぶことはできないのだ。

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