第27話 様子のおかしな那由多さん

 俺は陽子を置いて、那由多さんとのデートをめいいっぱい楽しむことにした。

 ショッピングモールのファッションフロアで服を選んでいる彼女のことは気にせずに、俺と那由多さんは何処か遠い所へ。

 陽子からの着信が鳴り続けているが無視をして、


「那由多さんは何処か行きたいところはない?」

「えっと……」


 この美里市のどこかで、那由多さんが俺と共に行きたいと思うデートスポットを尋ねる。

 那由多さんは少し悩んで、おずおずという。


「じゃあ、少し歩くんだけど……」


 そう前置きし、今までいた海辺とは逆方向の山へ向かって歩き出した。古い街並みを抜けて猫がたくさんいる雰囲気のある坂道を上ると、小さな公園があった。


 ———『桜公園』。


 何処にでもありそうな名前の、一本だけ桜が植えられている遊具すらない公園。その桜も見どころが過ぎて花はほとんど散って緑の葉っぱが目立っている。

 どうしてこんな場所に来たがったのか、公園に入った直後は疑問だったが、桜の木の下まで来てみると理解した。 


「うわぁ~……いい景色」


 その桜の木は公園の敷地内の端にあり、公園自体が小高い丘の上に作られた場所なので、ちょっとした展望台と化していた。


 美里市の街が一望できる。


 古くは平安の頃から行商で栄えた港町で、歴史ある木造の建物と大きな駅があることにより発展したビル街もある。活気と伝統が混在する———歴史と文化の街。

 映画や漫画の舞台に何度もなっている街で、このいい雰囲気の街で俺は女の子と青春を過ごすと決めていた。


 だから———だ。


 だから俺は、ここにいる。

 この絶景を見つめていると改めて、自分がこの街に来た目的を思い出し、那由多さんを見る。


「この景色を俺に見せたかったってことか?」

「そうだにゃ」

「ありがとう、那由多さん」

「……うん!」


 …………にゃ?

 那由多さん、今噛んだ? 

 可愛い。だが、からかっていいものかと俺は一瞬悩んでしまい、いじるタイミングを逃した。那由多さんも噛んだことに気が付いているようで、口数少なく、表情がどこかぎこちない。

 互いに何だか照れてしまって、沈黙が訪れてしまう。


「「あの……」」 


 しまった。

 話題を切り出そうとしたら、那由多さんと被ってしまった。


「あぁ! ごめん、那由多さん」


 俺は那由多さんに手を刺し伸ばし、


「そっちからどうぞ」

「いやいや、黒木君こそ……」

「いやいや、那由多さんの方から先に」

「いやいや、黒木君から」


 互いに譲り合い続けると、なんだかおもしろくなってきてしまい、どちらともなく「プッ」と噴き出した。

 その後、互いに笑い合い、雰囲気が和やかになる。


「那由多さんから言ってよ。レディーファースト」

「そう? じゃあ……ちょっと男の子と来て、やってみたかったことがあるんだけどいいかな?」

「やってみたかったこと?」 


 那由多さんはすぐ近くにあるベンチを指さした。


「膝枕」

「———え?」

「黒木君に私の膝の上で寝てほしいの」


 何で?

 いや、彼女の膝の上で寝ると言うのは男にとって理想のシチュエーションであり、それを理解している献身的な女性なら、男のためにやりたくなるというのはわかる。わからないでもないが、そういうのは流れというモノがある。こうやって唐突に膝枕をするのは、ちょっと無理やりすぎていい雰囲気にならなさそうだが、那由多さんはニコニコと笑顔を浮かべている。

 彼女は、膝枕を心の底からやりたがっている。

 ならやろう。

 那由多さんがどうしてそんなに膝枕をしたいのかわからないが、俺は同意し、パパッとベンチの元まで移動し、座る那由多さんの太腿の上に頭を乗せた。

 彼女の隣に座り、そのまま彼女の「来て」という嬉しそうな声に導かれるままに体を横に倒し、彼女の両太ももに受け止めてもらった。

 やわらかい。

 那由多さんの体温を感じて、嬉しい気持ちがこみ上げてくるが、これでいいのだろうか?

 こうなるまでに脈絡がなさ過ぎて不安になり那由多さんの顔を見上げるが、彼女は満面の笑みを浮かべ続けている。


「重くない?」

「全然、これやってみたかったんだ。シロちゃんがサクラくんにしてあげているCGを見て……」

「CG?」

「え⁉ あ!」


 那由多さんがまた失言をしたと慌て始める。


「那由多さん?」


 ずっと様子がおかしい那由多さん。そこに関して踏み込まないようにしてきたが、いい加減に聞いた方がいいのかなと思い、体を起こす。


「その、あのね……、」

「———ギャハハハハハハハハッッ‼」


 慌てた様子で言い訳をしようとした那由多さんの言葉を遠くから聞こえる下品な笑い声が遮る。

 うるさいなぁ……。

 そう思って笑い声の下方向をみると、駅ビルで見た、金髪のリア充っぽい男女四人組の集団だった。


「ほんと受けるんだけど~それぇ~‼」


 相変わらず声のボリュームがでかくて、聞いてるだけでイライラする。

 こっちはせっかくのデートだって言うのに。

 あの集団は公園の前の坂道を登って言っているので待っていたら、通り過ぎてくれる。それでも、彼らの大きな笑い声を聞きながら待ち続けなければいけないのは不快だった。


 …………ん?


「……那由多さん? 大丈夫?」

「————ッ!」


 ふと、彼女の様子を伺えば、那由多さんは顔を青くして顔を伏せていた。

 怯えている?

 あの集団の声が聞こえた瞬間、凍えた様に那由多さんの身体が縮こまり表情が強張ってしまっていた。

 どうしてしまったんだ?

 そう疑問を胸に抱いた時、その疑問に答えるかの様にリア充集団の女の子が一人こちらに気が付き、


「あれ~……あいつ、那由多じゃね?」


 那由多さんを凝視しながら、そう———言った。

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