第38話 今回の件について、、、

 ボーリング場での一件が終わった。

 復讐、というのは言い過ぎだったのかもしれない。

 ただ、俺個人としては那由多さんに過去と決着をつけて欲しかった。それだけだった。

 安藤さんを見て、蛇に睨まれたカエルの様になっていた那由多さん。ただ、ひたすらに自信なさげに肩を震わせていた那由多さん。

そんな彼女を見てしまうと、絶対にそんなことをする必要がないんだと言いたくなった。自信をつけて欲しくなった。

そして、その瞬間はあの時しかやって来ないと思った。


「———一度失った勇気は二度と取り戻すことができない」

「あ?」


 美里市の少し小高い丘の中腹にある寺、山都寺の境内。

 俺と渉は本堂の縁側に座り、遠くの方で売ってあるお守りや破魔矢を眺めている那由多さんと陽子を見ていた。

 ボーリング場から、騒がしい駅前から場所を変えた。

 静かな場所で考えを整理したかった。

 那由多さんも陽子も渉もすんなりと俺の提案を聞き入れて場所を移してくれて、こうして俺と渉は本堂で座り、那由多さんと陽子は境内を歩き回り、2・2で行動するのを許してくれた。


「いきなり、何言ってんだお前。黒木———」


 渉が相変らず訝し気な瞳で俺を見る。


「———で、話って何だよ……お前那由多さんとデートしてたんじゃないのかよ?」


 俺は渉と話したかった。

 渉とどうこうというわけではない。

 ないが———、


「悪かったな、今日は呼び出して」

「別に、いいが」


 ただ、気持ちの整理をしたかった。

 那由多さんとでも陽子とでもこんな話はできない。

 この話は男としか、同性としかできなかった。


「那由多さんとのデートのつもりだったんだけど、陽子が突然乱入してきてな、いろいろうやむやになった……それで、まぁいろいろあって……そうまとめるのは雑過ぎるか」

「いや、別にそれでいいが……大体何を伝えたいのかは伝わってくるから」

「いいや……まとめさせてくれ、えぇとだな……」


 俺の恋に関する話だからだ。

 俺の愛についての気持ちの話を、渉としたかった。

 それはつまり、俺が何のために自分磨きをしたのか———本当の気持ち……それをはっきりさせたかった。


「渉、聞いてくれ。俺は那由多さんが好きなんじゃないかと思い始めていた。心の底から。それは俺が〝この世界をゲームと捉えていて、勝ち組になるため〟に彼女と恋人になりたかったからじゃない」

「そうやって言語化すると最低だな、お前」

「その通りだ。俺は最低だった。自分でも気づいていなかったが、俺は本当に最低の人間だ。陽子にフラれてから、もう二度と振られたくないと思って、自分を磨いた。だけど———俺の心の奥底には……そのゲスな部分というか、下心というか……純粋ではない気持ちがあったんだ。だから、全く無自覚に最低な行動を繰り返していた」

「ほぅ。まぁ、成長だよな」

「こういう話は、那由多さんや陽子の前ではできない。お前としかできないんだ。那由多さんや陽子と向き合うための心構えの話だから彼女たちと向き合う俺の〝姿勢〟の話だ。それを整えたいんだ。だから悪いが付き合ってくれ」

「別に構わないが」


 渉は平然と答える。

 本当にいいやつだ。

 普通は嫌がる。恥ずかしがる。そんなに自分を過大評価するなと、相談される内容が重すぎて、他の人に相談してくれと言う。高校生ぐらいの人間はみんなそういう。

 だけど、渉は真正面から俺の相談を受け止めてくれる。

 それは、こいつが自信を持っているからだ。

 自分に自信がなければ即答ができない。

 恥ずかしがって、自分はふさわしくないと思い、他の人を頼ってくれと言いたくなるのは、相談に対する的確な答えを出す自信がないのだ。

 自分に大きな価値がないと思い込んでいるのだ。ほとんどの高校生は。

 それは学校教育という場やクラスメイトとの交流という場で、徹底的に〝自分は普通で突出した人間ではない〟と叩きこまれるからだ。そういった特別な人間ではないから、指導者の言葉を聞かなければならないと徹底的に教育されるからだ。

 出る杭は打たれる。

 高校生という年代は、小学校から続く徹底した平均化教育という木づちで打たれ続けてすっかり心が凹んでしまっている年代なのだ。

 だから、普通に自分に自信がない。

 だけど———この渉は違う。

 違うからこそ、〝相談に乗れる〟と即答できる。

 自分に自信があるからこそ、友人の大切な相談に応えられると即答できる。

 そういう存在がいてくれることがどんなに心強く、支えられることか———。


「渉、聞いてくれ」

「いいが?」

「俺は———陽子にフラれて悔しかったんだ。悲しかったんだ。プライドを傷つけられてな」

「ああ」


 渉はついっと、境内にいる陽子に目を向けた。彼は相槌をうったあとは言葉を発そうとはしなかったので、俺は自らの言葉を続ける。


「俺は勝手なプライドを持っていた。自分が何をやってもいい。努力しなくても勝手に付き合えるものだと……陽子という彼女は勝手に手に入るものだと思っていた。だから、何もせずに彼女に告白した。絶対にOKがもらえるものだと思い込んで……結果は違った。結果はフラれた。それで———俺は表面上は自戒をしたと言って、自分が悪かったと反省して、二度とフラれないように自分を磨いて、今までの自分とは違うカッコいい自分に生まれ変わった。生まれ変わろうとした。そして、表面上は変わった。だけど、内面は全く変わってなかったし、俺は〝自戒〟をしていなかった。〝自らを戒めて〟いなかった。俺の内面は、本当にやりたいことはあの時も今も変わっていない。〝フラれた腹いせに陽子に吠え面をかかせてやりたい〟それだけだった。それだけの八つ当たりだった」

「ああ———」


 渉は俺の言葉を肯定した。「そんなことないよ~」という表面上のフォローも、「考えすぎじゃね?」と茶化すような誤魔化しも言うことなく、ただただ俺の言葉を肯定してくれた。


「———そんなことだろうと思った」


 渉の視線が俺に向けられ、


「黒木、俺は正直お前のことを気持ち悪いと思っていた」


 はっきりと自らの気持ちを言葉にした。

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