第17話 陽子、襲来。
明日は那由多さんとデート。そのために気合を入れて準備をしなければ。
俺はアパート前で那由多さんと別れ、デートプラン、ファッションを考えながらコンコンコン、と足音を立てて二階へ向かう俺の部屋への階段を歩いていた。
「ファッションはやっぱり今流行りの韓国系のアイドルのコーデが一番良いよな……一回目だし、あんまりごちゃごちゃしたのはアレだから、シンプルでまとまっている感じの……」
ここに来るまでに身に着けたファッションの知識を復習しながら、ドアに手をかける。
「…………!」
鍵が開いていた。
誰か……部屋に入っている?
泥棒か?
だけど、俺の部屋になんて入っても盗むものなんて何もないだろう……もしも本当にそうならさぞがっかりしているに違いない。
パシッと拳を鳴らす。
一応、動画で初心者でもできる護身術や空手や柔道の基礎的な技を見て、身を守る程度なら習得したつもりだ。にわか知識ではあるものの……ないよりはましだ。
だから、できる。
もしも本当に泥棒なら取り押さえてやろうと気合を入れて扉を開ける。
ギィ……。
扉を開ける。
廊下の上に……人はいない。
俺の部屋の間取りは何処にでもある一人暮らしの六畳一間の間取りで、キッチン付きの廊下の奥には六畳のリビング一つ。あとは風呂とトイレがキッチンの反対側に設置されている。
リビングの扉は開かれており、そこにも人影はなし。
だけど一つだけ———違和感が。
「……ん? 何だアレ? 俺のものじゃないトランクが……」
リビングの奥にはピンク色のトランクが窓際に置かれていた。
そして、足元にピンクのスニーカーがちょこんときれいに並べられていた。
見覚えが———ある。
「陽子……?」
幼馴染の橘陽子のスニーカーだった。
そして玄関備え付けの靴箱の上にはキーホルダーも何もついていない俺の部屋の鍵。
どう見ても合い鍵だ。
「あぁ……」
泥棒かと疑って入ったが、直ぐに鍵が開いている理由がそうじゃないとわかった。
シャ—————……!
その上、風呂場から聞こえるシャワーの音。
「…………おいおいおい、全てがわかったぞ橘陽子……!」
今、俺が置かれている状況が最悪だと理解し、顔を覆う。
侵入者は———幼馴染の橘陽子だ。
明日が休日なのでここに遊びに来たのだろう。そして俺たちが幼馴染であることを大家であるおじさんは知っているので、彼女に気軽に合い鍵を……
しかも、陽子は完全に油断しきっていて、シャワーを浴びている。
一人暮らしの男の家で。
陽子は夕方にシャワーを浴びる習慣がある。家から帰ってきたらすぐにシャワーを浴びてさっぱりしたい派なのだ。だから浴びているのだろうが、この夕方の時間は普通に高校生が帰る時間だ。そんな時間にシャワーを浴びていたら、どうなるか少し考えればわかるだろう……!
「考えなかったんだろうな……」
俺のこのアパートの部屋は一人暮らしの安部屋だ。
風呂には脱衣所なんてものはなく、廊下から扉を開けるとシャワーを浴びるスペースと湯船が隣接している狭い空間。そんな場所に着替え何て持って行けるはずもなく着替えるのならリビングでしなければいけない。
「~~~~~♪」
だから、風呂から上がるのなら、廊下で着替えるか、リビングに行かなければならないのだが、廊下に着替えは置かれていない。だから、陽子は着替えるには全裸でリビングに行かなければならないのだ。
「はぁ……」
陽子が着替え終わるまで部屋を出るか……そう、思ったが……よくよく考える。
何で俺が自分の部屋を出なければいけないんだ?
俺は一応、この家を借りている人間で陽子は家主に許可も取らずに入った侵入者じゃないか。確かに大家の許可は取っているのだろうが、だからと言って、不法侵入された俺が侵入者に遠慮して家を出るのはおかしくないか……⁉
やっぱり、俺が出ていくのはおかしい。
俺は靴を縫いで家に上がり、拳を握りしめる。
抗議をしてやる。
徹底的に———。
風呂場の扉を叩いて、「何勝手に風呂入ってんだ!」と扉越しにしかりつけてやる。
いつの間にか鼻歌が止んだ扉の前に立ち、ゴンゴンゴンと荒いノックをしようと———、
ガチャ……!
風呂場の扉が開けられた。
「え」
「あ」
タオル一枚巻いた風呂上がりの陽子と目が合う。
濡れた茶色がかった肩まで伸びた髪に気が強そうな瞳、そしてスポーツで鍛え抜かれた脂肪の一切ない肢体。
至近距離で見せつけられてしまう。
陽子は目をぱちくりとさせている。
「……久しぶり」
ここで動じては負けだと思い、俺はつとめて平静を装って声をかける。
「うん……久しぶりだね。元気だった?」
陽子も、なんだか普通のテンションで答える。
「ああ……ここ、俺の部屋なんだけど。何勝手に風呂使ってんの?」
「ごめん……私、汗っかきで我慢できなかったからさ……」
「知ってるけど。そもそも勝手に俺の部屋に入んなよ」
「しょうがないじゃん、どうせ卓也の部屋に泊まればいいしと思って、ホテルなんてとってないし」
「この時間帯は俺が帰ってくるだろう。その時に風呂を使われてたら、迷惑なんだよ」
「ああ……ごめん、じゃあ、私先に上がるから、卓也、次使いなよ」
陽子が俺の横を通り過ぎ、リビングへと向かう。
「おう」
そして、俺は入れ替わるように風呂の中へと入り、扉を閉じた。
何が……「おう」なの?
扉にもたれかかり、頭を抱え、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
扉の向こうからガチャリと音がする。陽子がリビングの扉を閉じた音だ。
「いや……マジであいつ何しに来たんだよ……」
混乱しっぱなしの頭を強く抑えて、湯気が立ち込める風呂場の中で、うんうんと唸り続けた。
扉越しでは、女の声で「あああああああああああああああ!」という叫びが聞こえ来る。
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