第16話 実は私は……、
———ちょっと話があるんだけど。
今日の最後の休み時間。
那由多さんにそう言われ、胃をキリキリとさせながら授業を受けて、チャイムが鳴って、放課後になった。
そして———夕焼けの道を那由多さんと共に歩いている。
「……………」
「あの~……」
那由多さんはずっと無言。
何も会話がなく、ただ淡々と二人で坂道を下る。
何だか……怒っているようなそんな空気を、どうしても彼女から感じてしまう。
俺から会話を切り出そうとするも、間に立ち込めている雰囲気が悪くて中々会話が切り出せない。
「どうして……黙ってたの?」
低い声でそう聞いてきた。
「黙ってた?」
何を……?
別に隠し事なんて一切していないけれども。
「黒木君。幼馴染の橘陽子ちゃんのことが好きだったんだね……」
「———ッ⁉」
隠していたつもりはないが、なぜか那由多さんに知られてしまっていた。
「どうして……それを……?」
「しかも、」
俺の疑問を遮り、那由多さんは続ける。
「先に話すのが真子ちゃんと佐伯君なんだね……」
ハイライトの消えた目で俺を見る。
え……なんだこれ?
話すタイミングがなかったから、話さなかったことなんだが……なんだかキレてる?
「ごめん……」
とりあえず謝った。
何で謝らなければいけないのかわからないけど、とりあえず……。そう言っておけば、場が丸く収まるような気がしたから。
「なんで怒ってるのか、わかってる?」
「え」
本当に怒ってた。
しかも、めんどくさいことを言いだした。
「……陽子のこと、タイミングがあれば言おうと思って、」
「黒木君。この街に来たくて来たわけじゃなかったんだね……」
ぽつりとそう言って小石を蹴とばすように足を振った。
「いや……来たくて来たのは確かだよ。俺はずっと幼馴染の陽子に、依存してた。当たり前のように彼女と付き合えると思っていたんだ。だけど、現実、自分を磨いてなくてあんなかわいい子と付き合えるわけなんてなくて———って……その前に何で俺が
「こっそりのぞいてたから」
「…………そうなんだ」
屋上で
どうりで人の気配がすると思った……。
「黒木君。カッコよくなったのはそういうことだったんだね」
「いや、まだカッコよくはない。これからカッコよくなろうと思っていたんだ」
もう、ここまできたら正面からぶつかるしかない。
渉の言う通り、自分の気持ちを一人の女の子である那由多さんに真正面から直球ストレートでブチ当てるしかない。
「俺は那由多さんのためにカッコよくなりたいんだ!」
「…………ッ!」
ポッと那由多さんの頬が赤くなった。
「だから、那由多さんの好みのタイプを教えてくれ!」
———言えた。
やっと、言えた。
これだけの簡単なことを言うのに、どれだけ俺は悩んでいたと言うのだろう。考えてみたら馬鹿馬鹿しい。
「私の好みのタイプ?」
「ああ、昔好きだったヒーローみたいな男子のことだったり、今好きな男性アイドルの事だったり、そういったことが知りたいんだ……俺は那由多さんを攻略したい」
堂々と言った。
那由多さんは頬を赤らめたまま、小首をかしげ、
「それって告白?」
「まだ違う‼」
「え?」
だが違う。俺はまだ何も成し遂げてはいない。
これは那由多さんを攻略する準備段階だ。
那由多さんは喜んでいいのか、困っていいのかわからないような複雑な表情を浮かべて、
「でも……私の好みになりたいんだよね? それって私のことを好きってことじゃないの?」
「そうだ‼」
「———ッ」
ポォ~っと顔がまた赤くなる那由多さん。
「や、やっぱりそれって……告白じゃ……」
「大事な告白をこんなに適当に済ませていいわけがないだろう!」
「えぇ……なんか怒られた……」
那由多さんが俺にジト目を向けるが、
「でも、確かに黒木君の言うことには一理あるね。告白するのなら、もっとロマンチックにしないとね」
すぐにニッと笑った。
「でも、別に黒木君が私の好みを把握して、自分を変える必要はないよ」
「どうして?」
「私の好みは黒木君だから」
照れ臭そうに、彼女は頬を指で掻いたが、
「嘘だ」
「えぇ…………」
否定されて、再びジト目に戻る那由多さん。
「子供の頃のヒーローが好みなんだろ? 俺はそれに合わせて……、」
「
喋っている途中で、那由多さんがびしりと俺に人差し指を突き立てる。
「……ん?」
「だから、子供の頃のヒーロー。君」
「んんん?」
また、ニコッと笑う那由多さん。
「気づかなかった? 思い出せない? だってそうでしょ? 黒木君のおじさんのアパートが私の家の近くにあって、大家であるおじさんの家もそう遠くない。小学校三年生の夏休み。この街に遊びに来てたでしょ?」
「………来てた」
確か海に行きたくて、おじさんの家に一週間ばかり泊りに遊びに来ていた。
おじさんの家に泊まったのはその一回だけだったが……その時に那由多さんに会っていたなんて……。
「ごめん、覚えていない」
「知ってた。私はしっかり覚えていたのにね。私をいじめっ子から助けてくれたの……忘れてないよ」
「いじめっ子から助けた……?」
確かに「旅行中にこんなトラブルは勘弁してくれ」と思いながら、ここいらの子供同士の
そしてこの街にいる間、そのいじめっ子を含んだ子供のグループで遊んでいた記憶だ……。
俺の口が上手かったのか、所詮子供はそんなものなのかわからないが、なんだかんだでその後、いじめっ子といじめられっ子の女の子は、雨降って地固まるように仲良くなった様子だった。
小学校三年生の記憶で、初めて会う子たちとグループで遊んでいたので一人一人の顔なんて……俺は憶えていなかった。
「ひどいなぁ~……私はずっと覚えていたっていうのに……」
「ごめん、でも、そうだったんだな……だったら、納得がいった……」
那由多さんがこんなにもグイグイ来てくれる理由が。
「そう? 何に納得が言ったかわからないけど、良かったよ」
じゃあ、と那由多さんは前置きして。
「両想いってわかったところで手を繋ごうか」
俺に向けて手を伸ばした。
「わかったところで……って話が繋がってなくない?」
「繋がっているよ。好きな人と触れ合いたいって思うのは普通の事でしょ?」
「……そうかな」
「そうだよ」
そのまま流されるように、那由多さんの手を握った。
そしてそのまま手を握り合って、坂道を下る。
「まるで恋人みたいだね」
そう、那由多さんが言い、
「いいのかなぁ?」
と、俺が呟く。
「黒木君。なんでそんなに困ったような表情を浮かべているの?」
「俺はこの街に自分を磨いて女の子を攻略しに来たのに、こんなS級に可愛いヒロインと何もしないで距離が縮まって……いろいろ女の子を攻略しようとシミュレートしてきたのに……」
高い壁を乗り越えようと気合を入れたのに。
実際は何処にも高い壁などなく、やすやすと乗り越えられてしまった。
そんな気持ちだ。
「いいんじゃない?」
那由多さんはギュッと握る手に力を込めて、
「攻略対象がちょろインでも」
「那由多さん? 自分のことをちょろインって言ってるけど……いいの?」
ともすれば、自分は軽い女だと言っているようなものじゃないのか?
「いいよ。私は———黒木君に対してだけのちょろインだから」
その言葉を聞いた瞬間、ドキッと大きく胸が跳ねた。
それから、ドキドキしたまま、俺は手を繋いで家に帰った。
「明日はデートだね」
歩きながら、那由多さんはそういったが、俺は胸の鼓動を抑えるのに必死で、ひたすら「そうだね」と相槌を打つことしかできなくなっていた。
◆
ガタン。
美里駅のホームで、ピンク色のトランクを電車から降ろす一人の女の子がいた。
「ふぅ……ここがあの馬鹿がいる街か……」
多くの人が行きかう、昭和時代の建物をそのまま使っているレトロな美里駅。
そのホームで———幼馴染の橘陽子は呟き、トランクを引いてエスカレーターに向かった。
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