第23話 映画、なに見る?

 美里駅ビル6階に辿り着く俺達。


「さ、何を見ようか」


 二人に尋ねると、


「見たいものがあったんじゃないの?」


 陽子が少し驚いたような表情で聞き返してくる。


「いや、デートだし……最初っから見たいものを決めてかかるより、その時の雰囲気で決めた方がよくない?」


 肩をすくめる。


「……だね」


 陽子があっさりと同意する。

 さっきの驚いた表情は何だったんだと思いたくなるが、彼女は弾む歩調で大きなモニターの下へ行く。「今どういうのやってるの?」と独り言を言いながら、現在公開している映画のポスターを見つめ、那由多さんは「あ、今度これやるんだ……」と公開中の下に置いてある近日公開の映画チラシを手に取る。

 二人が見たい映画を決めるだろうと思って俺はそこから少し離れた場所のチケットカウンターへ向かう。

 最近の映画館はどこも高級感があって綺麗だ。

 白く光る壁にタッチパネルの自動チケット販売機。その上には上映時間が表示されている、これまた大きな、横長のモニターがある。俺はそこで今待ち時間が一番少ない映画は何かを探す。


「アメリカのヒーローものか、日本の小説原作の恋愛もの……やっぱこの二つが定番だよな……」


 かなり金を使ったCGバリバリの派手なアクションものと、今流行りのイケメンや女優を起用した、いかにも泣けますよという感動もの、どんな時期でも必ずこの二つは上映されている気がする。


「あとは……アニメか……」


 古いロボットアニメのリブート作品も上映されていた。メジャーどころでいうとこれぐらい。後は上映されてから何か月も経っていて旬が過ぎたモノやイマイチ話題性に欠ける何とも言えない映画しかない。

 だから選択肢と言えば、その三つなのだが、まぁ陽子の事だ。


「私はこの『隣のオレンジくん』かな?」


 やっぱり、イケメンと朝ドラ女優が高校生役として出る恋愛ものを指さしていた。

 それなら上映まであと三十分まで時間があり、ポップコーンを買ったり、売店を見ながら談笑したりとゆったりとした時間が過ごせてちょうどいい。

 だけど……、


「どうせつまんねぇよ」


 俺は否定した。

 ああいう映画は予算だったり、俳優の事務所の意向だったりで絵作りやストーリーがどれも似たり寄ったりになりがちだ。それにどうせ男が重たい病気になったり、事故にあったりして死んだりして、それで観客を泣かせに来るチープな展開だというのは決まり切っている。

 完全に偏見だが。


「そんなんだから、ダメなのよあんたは」


 陽子は予想していたという感じで、


「どうせ、この『アベンジャー・リーグ』って奴が見たいんでしょ?」


 アメリカの大作アクションものを指さす。


「ああ、日本の恋愛ものはワンパターンだから、それなら金のかかってる派手なこっちのほうがいい」


 ただ、こちらは上映時間まで残り十分もなく、少し急いで劇場に入らなければいけないという、せっかくのデートをあわただしくしてしまうリスクはある。

 それでもつまらないものを見て退屈が蔓延する雰囲気になるよりははるかにいい。


「そっちだってワンパターンじゃん。似たようなストーリー展開しか見たことないんだけど」

「…………」


 確かに。

 あっちの大作アクションものはストーリーの流れはどれも似たり寄ったりだ。不遇な主人公がスーパーパワーに目覚めて、活躍を重ねて人生逆転を果たすが、調子に乗ったせいで全てを失い、またどん底に叩き落される。だがヒロインだったり家族だったりに支えられて、また立ち上がり、大ボスを倒す。よくよく考えたらどれもこれもそんな展開だ。


「まぁ、お決まりのテンプレっていうのは長い年月をかけた洗練された人間の心理をついたパターンってことだな。結局は好みの差か……まぁ、ぶっちゃけそんなにこっちを見たいわけじゃないからどっちでもいいけど」

「私もそんなに見たいわけじゃない」


 なら、那由多さんに判断をゆだねよう。


「那由多さんは、何が見たいの?」


 そう、彼女に話題を振ると、


「…………」 


 ジッと今度公開予定の一枚のチラシに目を落としていた。

 『劇場版・少年探偵タイチ メトロポリス大爆発』———十年以上やっている子供向けのアニメーション作品のチラシだった。


「那由多さん?」

「え? あ、なに?」

「それ見たいの?」

「え……いや……その……!」


 わたわたと慌てだす那由多さん。なんか異常に動揺しているな。


「へぇ~……那由多さんもそれ、好きなんだ」

「え、陽子ちゃんも?」 


 何だか陽子が、嬉しそうな不機嫌そうな細目で那由多さんを見ている。


「漫画持ってるよ子供のころはアニメずっと見てたし、久しぶりに見たくなったな……」

「よ、陽子ちゃんも好きだったんだね……私はいまだに……」

「でも、それまだ公開してないじゃん。今はこれから見る奴を話してるんだよ。那由多さんは何が見たいの?」

「え、あ……」


 那由多さんは今、ようやく現在上映中の作品に初めて意識を向けた様に慌てた様子で探し、


「……『アベンジャー・リーグ』」


 俺が見たいと言ったアメコミヒーローものを選んだ。 

 陽子はやっぱり話聞いてたんじゃないと嘆息し、俺はこれで良かったのかと思いつつも、チケットカウンターへ向かった。 

 少し振り返ってみると、那由多さんが名残惜しそうに、現在公開中のポスターをチラチラと見ていた。

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