第10話 黒木卓也は態度を改める。

 渉に話があると言われ、そのまま俺たちはファミレスへ向かった。


「それで、話というのは?」


 互いに学生らしくドリンクバーだけを頼み、机一つ挟んで顔を突き合わせる。

 渉はクールな様子で、大人な自分を演出したいのか、ブラックコーヒーをすすっていた。


「お前とにのまえ真子まことの会話を聞いていた」

「……お前、まさか」


 話というのは……。

にのまえ真子まこのことが好きなのか?」


「…………はぁ?」


 そうとしか考えられない。

 彼女と話し終わった後に、する話と言ったらそれぐらいしか……俺が彼女にアプローチを仕掛けて、やきもちを焼いた渉が、真子を狙っているのはこっちが先だ、と牽制のためにわざわざ話をする場を設けたとしか思えない。


「違うわ馬鹿」


 だが、それはあっさりと否定された。

 ならば、更にわからない。

 渉は一体何のことについて話があると言うのだ……?


「俺が問題にしているのは、お前のことについてだ」


 ビシッと俺を指さす。


「わ、渉……お前まさか……俺のことが好きなのか?」

「……ぶん殴るぞ」


 まさかのホモ疑惑をかけられ、不本意だったのか、渉が拳を握りプルプルと震わせる。

 そして、その拳をダンッとテーブルに突きつけて、


「お前はもっとちゃんと相手を見ろと俺は言いたいんだ!」


 大声を上げた。

 店内で。

 周囲の客が一斉に俺たちの方を向く。


「……渉。静かに」

「すまん……」 


 二人して肩身の狭い思いをし、周りのお客さんに謝りつつ小声で話し始める。


「相手を見ろって何のことを言っているんだ? 渉」

「お前、何か演じてるだろ? 演じてるようにふるまってるだろ? それを止めろと言いたいんだ」

「————ッ!」


 その言葉を言われた瞬間、図星過ぎて顔が赤くなるほどの羞恥の感情が押し寄せた。


「確かに、俺は〝高校生活〟を精一杯エンジョイするために、女の子たちを〝ヒロイン〟と捉えて、〝ギャルゲー〟のように青春を謳歌するつもりだ。だから、相手に気に入られるために、俺の立ち振る舞いも多少変わる。だから、それを演じていると言われれば確かにそうだとしか言いようがない」


 だが、程度の差こそあれ、誰だってそのぐらいのことはするだろう。

 教師に向ける顔と、クラスメイトに向ける顔が違うように、誰だって話す相手によって話し方だったり、振る舞いは変える。それを演じているというのなら誰だって演じているし、止めろというのは余りにも酷な話だ。


「そんな恥ずかしいことも恥ずかしげもなく言ってのける根性は逆にすごいと褒めたくなるがな。俺は、その〝ギャルゲー〟とか、〝ヒロイン〟とか、〝攻略〟とかを止めろって言ってんだ」

「何?」


 渉は俺がこの美里市に来た目的の根幹を揺るがすことを言ってくれる。


「それは無理だ。俺のアイデンティティに関わる」

「無理じゃねぇだろ。お前、ギャルゲーをするって言ってるが、要は何がしてえんだよ?」

「何がしたい……とは?」

「俺のことを〝親友キャラ〟って言ったり、女の子の連絡先を求めたり、にのまえ真子まこと無理やり知り合いになろうとしようとしたり……そのくせ昼休みには那由多愛なゆたあいとおそろいの弁当箱を持ってどこかに消える。お前、結局何がしたいんだよ? いや、はっきり聞くぞ。お前は、誰が、好きなんだ?」

「誰……って……」


 一番最初に頭に浮かんだのは当然那由多愛さんだ。美人で俺が理想としている女性の何倍も可愛い彼女。だが、彼女が好きかと言われると、まだ知り合ってろくに時間も経っていない。互いにどんな人なのかもわかっていない。

 メインヒロインだと想定し、行動しているが、心の底から彼女のことを好きかと言われると……疑問だ。そうはっきりと言葉にしてしまうと嘘になってしまう気がする。


「わからない……」

にのまえ真子まこのことが好きなわけじゃないんだろ?」

「……それも、わからない」

「変にフィルターをかけて相手を自分の思った通りの存在だって決めつけてるから、そうなってるんだ。ヒロインとか親友とか、そういう決めつけや思い込みを止めて一人の人間として相手と向き合ってみろ。じゃないとお前、そのうち大切なものを見失うぞ」

「————ッ!」


 その渉の言葉は、俺の胸に深く刺さった。


「渉」

「何だ?」

「そのとおりだ!」


 ガッと彼の肩を掴む。


「俺は勝手な思い込みでお前や那由多さんやにのまえ真子まこを見ていた。どういう人物かも知るまえに勝手な決めつけで他人を見ていた。それじゃあダメだ。人に指摘されてわかる。確かにそれじゃあ、ダメなんだ!」

「お……おう」


「ありがとう渉。やっぱりお前は俺の親友だ」


「いや、だからその決めつけを……まぁ、いっか……」


 そう言って渉は肩をすくめた。

 こいつは本当にいい奴だ。

 こんなに優しくて友達思いな人間、今後の人生で出会えるかわからない。だから、この縁は大切にしよう。


「———ところで、どうしてお前そこまで言ってくれるんだ? もしかして、本当に俺のことが好きなのか? 恋愛的な意味で」

「やっぱ俺お前のこと嫌いだわ……」


 渉はそう言って、ジト目でコーヒーをすすった。


 ◆


 渉となんだかんだ話し込んでいたらすっかりと日が落ちてしまった。

 真っ暗な夜道を一人歩いて、俺は自分の部屋に帰る。


「ヒロインとしてじゃなく、一人の人間として見る……か」


 俺はギャルゲーの世界を生きているんじゃない。現実の一度しかない高校生活を生きているんだ。

 当たり前のことを諭されてしまった。

 勝手に那由多さんのことも攻略難易度Sだとか、メインヒロインだとかそういう風に見ていたが、改めなければならない。

 一人の人間として見て、俺が彼女のことを本当に好きかどうか、向き合わなければならないんだ。

 俺はアパートの階段を上がり、部屋のカギをポケットから取り出した。


「あ———」 


 顔を上げて気が付く。


 俺の部屋———202号室の前に女の子が座っている。


 体育座りで部屋の扉を背もたれにして、座った状態のまま彼女は寝ていた。


「那由多……さん?」

「え? あ、おかえり……黒木君」


 那由多愛……さんだ。


 俺が声をかけると目をうっすら開けて微笑みかけてくれる。


「どうして……?」

「夕飯の残りが余ってたから、黒木君に食べてもらおうと思って、ほら、男の子って一人暮らしだとろくにご飯も作らないって聞くじゃない?」


 そう言って、タッパーの入ったビニール袋を掲げる。


「わざわざ待っていてくれたのか……」

「そうだよぉ……ふあぁ、遅いよ、黒木君……こんな時間までどこ行ってたのよ……」


 あくびをしながら伸びをし、立ち上がる那由多さん。


「ほら、開けて。タッパー温めないと」


 扉を指さす。


 やっぱり、無理だ。


 俺には彼女はメインヒロインとしてしか見れない。


 ここまで俺に尽くしてくれる彼女が、俺のメインヒロインじゃなくていったい誰がメインヒロインだと言うのだろうか。

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