第21話 この部屋には布団は一つしかない

 部屋に帰りたくない……。


 那由多さんを家まで送った後、俺は自室に戻らなければいけないのだが……足取りが重い。

 陽子と顔を合わせるのが気まずい。

 自分をフッた相手とどんな顔をして話せばいいんだ。それに———あいつ今日泊まる気満々だからなぁ……。 

 幼馴染とはいえ、もう俺たちは高校生。戦国時代だったら結婚できる歳だぞ……その二人が一つ屋根の下って……。


「…………」


 がちゃっと部屋の扉を開ける。


 ———ねぇ、来て。卓也……私のこと好きだったんでしょう?


 そう言って、裸の陽子が扉の前で待ち構え……、


「……ているわけはない、か」


 扉の向こうには誰もいない。奥のリビングまで続く一本道の廊下があるだけだ。


「……あぁ、モヤモヤする」


 どうしても、エロい妄想を思い浮かべてしまう。

 好きだった女の子と二人きりで一夜を過ごそうというのだ。悶々と妄想が吹きあがって来ても仕方がないだろう。

 今日、寝ることができるかな……と思いながら、廊下を歩きリビングに戻る、と。


「部屋くら……」


 電気が消されていたので、壁のスイッチを押すと、既に陽子が布団を引いて寝ていた。


「おい」

「…………」


 まだここに越してきて間もないし、男の一人暮らしだ。当然布団なんて二組もない。

 だから当然、陽子が泊まると言うのなら俺は床の上で寝ようと思ってはいたが、先に布団にくるまっているのを見ると腹が立つ。

 蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、陽子は俺に背を向けたまま、何も言おうとしない。


「……クソッ、何とか言えよ」

「———あの子のこと好きなの?」

「……………」


 何とか言えとは言ったが、そういうことを言えとは言っていない。


「あの子って那由多さんか?」

「他に誰がいるのよ。無駄な時間稼ぎしないで」

「……好きだよ」


 正直に言った。

 あれだけかわいい子が、献身的にお世話をしてくれるのだ。好きにならない方がどうかしている。


「そっか……じゃあ私がもう……何をやっても遅いってことだね」

「そうだな……時計の針は巻き戻せない」


 陽子は俺を振った。

 そして俺は陽子をきっぱりと諦めて、新しい恋に生きると決意した。

 どうあがいても、俺が今ここに居ると言う事実が、俺達の行動の結果だ。

 だから、俺は那由多さんと幸せになるしかなく、陽子は他の誰かと付き合って、恋人関係になって……俺とはいい友達関係で居続けて……。


「それはそれで嫌だな……」

「何が嫌なの?」

「いや……」


 滅茶苦茶クズなこと考えてしまった。

 自分は那由多さんとこのまま添い遂げる気でありながら、陽子が別の誰かと付き合うとなったら、全力で止めたくなった。


「陽子。お前はどうなんだよ?」

「ん?」

「結局、俺のこと好きなのか?」


 そう———思ってしまう。

 別の地方の高校に進学したのに、最初の週末に俺の部屋に遊びに来て、二人きりになるのもためらわずに泊まりに来る。それに——本人はうっかりを装っているが、さっきのこと……夕方に男の部屋で風呂をあびて裸で動き回るなんて、好意がない相手にはしないだろうそんなこと……。

 それに、告白してみろとまで言ってきた。

 完全に、後悔しているんだろう? 

 お前は、俺を振ったことを後悔しているんだろう……?


「う~ん、普通」

「……普通か」

「うん、普通」


 このやろおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッッッ……‼

 絶対嘘じゃん!

 とっとと好きって認めろよ! 

 好きでも無い男の部屋にやって来て、こんな無防備を晒すわけがないだろう。


「……ったく」


 このまま問答をしても仕方がない。

 俺も疲れたし寝ようと思い、電気を消した。

 そして、タンスの中から厚手のジャケットを取り出し、それに包まって床に寝転ぶ。


「———何やってんの?」

「あ? 何って……寝るんだけど……」

「なんで布団に入って来ないの?」


 は?

 陽子はぐるんと寝返りを打ち、こちらの方を向き、掛け布団を持ち上げた。

中に入って来いと言わんばかりに。


「いや、入るわけないだろう。当たり前だろう」

「何が?」

「男と女が一緒の布団に入れるわけがないだろう! 自分の言っている言葉の意味わかってんのか⁉」

「でも、昔はよく一緒の布団で寝てたじゃん」

「幼稚園の時とかな! 年齢が一桁じゃないと許されねぇよ。そんなの……」

「でもさ、私とあんたはもう付き合うことはないんでしょ? じゃあ、何も起きないじゃん?」

「それはそうではあるが……」

「あんたはもうあの那由多って子が好きなんでしょ? なら、よくない? 別に。ほら風邪ひいちゃうよ?」

「好きだからこそ、ダメだろ」

「何で? 私とあんたは付き合うことはないんでしょう? それに、私に告白も絶対にしないんでしょう? ならもう私のことは好きじゃないんだよね?」

「———そうだ」


 俺の心のどこかで、〝それは嘘だ〟と叫んだ奴がいるが、陽子に感づかれたくないので肯定した。


「好きじゃない相手とは一緒の布団で寝れるでしょ? お泊り会で友達同士で一緒の布団で寝たりするでしょ?」

「…………」


 そんな経験はない。

 男友達はいたが、お泊り会をするほどの仲になった相手はいなかった。

 それを言ってしまうと何だか陽子以外友達がいなかったように受け取られる可能性があったため、沈黙という態度を取らせてもらった。


「それとも、私の事———まだ好きだから一緒の布団で寝られないとか?」

「———そんなわけないだろ」

「じゃあ、来なよ。私のせいで風邪ひかせたくないもん。明日、デートなんでしょ? あの那由多って子のためにしっかり休んでおかなくていいの?」

「…………」

「悪い体調で、ろくにエスコートできずに、退屈させちゃってもいいの……かな?」


 その理屈は卑怯じゃね……?


「……くさくても文句言うなよ?」


 俺は———折れた。

 折れて、陽子の横にもぐりこみ、掛け布団をかけてもらった。


くさいって?」


 至近距離で陽子と向き合える勇気はなかったので、彼女には背を向けた体制になる。それでも、かなりの近距離から聞こえる、囁くような陽子の声に心臓の鼓動が早くなってしまう。


「女って、男より嗅覚に敏感って聞くし、男は女に比べて汗が匂うらしいからな。不快な匂いが俺から漂ってきても文句は言うなよ」

「別に。いい匂いだよ」

「———そうかい」

「そうだよ」


 そんなこと————言うなよ。マジで。

 ドキドキして寝られなくなるだろう……。

 結局、俺は興奮して眠りに落ちることなどできず、すぐ後ろで聞こえる陽子の寝息をひたすら聞き続けるおちつかない夜を過ごした。

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