最終話 末永く……………、 

 夜———。

 俺は自宅に帰り、幼馴染である陽子も一緒の部屋に帰ってくる。

 彼氏彼女でもない二人の高校生である男女が一つ屋根の下。

 何があってもおかしくはない。

 だから普通はみだりに女は男の家に止まろうとしない。

 そういう関係であろうがなかろうが、男女というモノはなってしまう時はなってしまうし、そのコトが起きてからでは遅い。全てが手遅れになる。

 そのことをわかっていないほど、陽子はバカじゃない。

 それでも———、


「お風呂、あがったわよ」


 だぼだぼのTシャツにショートパンツというラフな格好で、リビングに俺の幼馴染、橘陽子はやって来る。


「あぁ……」


 俺はリビングのソファに座ったまま、立ち上がろうとしない。


「入れば?」

「いや、まだいい。ちょっと話したいことがあるんだ」

「誰と?」

「お前と」

「…………」


 陽子は髪をタオルで拭きながら、俺の隣に腰かける。

 並々ならぬものを感じ取ったのか、彼女は黙って俺が何かを言うのを待っている。

 だから———、


「俺はお前にまた告白するためにカッコよくなった」


 本心を打ち明けた。

 隠していたんじゃない。自分でも今まで気が付いていなかった本心を。


「……うん」


 陽子の返事はそれだけだった。

 わかっていたのだろう。

 だから、俺も続ける。


「俺はお前に惚れて欲しかった。当たり前だよな。きっかけはお前に対する軽い気持ちの告白だ。ずっと長い間一緒にいたし、そろそろ恋人関係になってもいいんじゃないか。ただの幼馴染から一つ進んでもいいんじゃないかって思っての告白からだ……」

「うん」

「……いや、違うな。あのときはもうすぐ高校生になるころだったし、〝焦っていた〟っていうのが一番近かったんだろうな。周りのみんなが彼女作り始めていて……俺も周りに合わせて作らなきゃって思ったんだ。『高校生だから、彼女を作らなきゃいけない』……そんな思い込みが俺とお前の間に距離を作ったんだと思う」

「うん」

「ごめん。悪かった」


 告白なんて、一番気持ちを込めなきゃいけない言葉に全く気持ちを込めなかった。

 それは陽子に対して失礼な行為だ。侮辱に値すると言っていい。

 自分の価値も磨かずに、何となくで告白する。恋人関係になろうとする———その行為は、『こんな価値のない自分でもあなたと釣り合っていると思います』と告白される側の人間的価値を侮っていると言葉にして言うのと同じだ。

 そりゃあフラれる。

 だから、謝罪もしなければいけない。 

 そう思ったが、陽子は首を振った。


「お互い様だよ。私だって、あんたのことが好きだったのに。気持ちをはっきり伝えなかったんだから」

「————ッ」


 驚いて、隣の陽子を見る。

 彼女は少しだけ微笑んでどこか懐かしんでいるような表情を浮かべていた。

 そして彼女は言葉を続ける。


「あの告白の時、あんたが私を軽く見てるなって言うことは何となく伝わってきた。だからカチンと来て『自分磨け』って言った。そうしたらカッコよくなってまた告白しに来るんじゃないかって思って。だけど……あんたも私に甘えてたけど、私もあんたに甘えてた。どうせ〝あんたは私のこと以外好きにならない〟って甘えてた。だから、私はあんたに自分の気持ちを伝えなかった。伝えなくても大丈夫だって、いつかはカッコいい彼氏と恋に落ちて、仲いい幸せな夫婦生活が送れるんだって思ってた……でも、そうはならないんだね」

「ああ」


 肯定する。

 そうしてやると、陽子はクシャリと顔を歪めた。


「運がなかったね。私たち。私たちは所詮は幼馴染って関係。ただ、気が合って一緒にいただけ。一生涯添い遂げられる男と女の関係には———なることはできなかったね……どうしてこうなっちゃったんだろうね……」

「お互い、臆病だったんだよ。俺達は……友達だ。気が合って仲良かっただけ。幼馴染の軽い関係から抜け出すのをお互い恐れてしまったんだ。この幼馴染の関係を大切に思ってしまった。そっちを優先してしまった。だから、恋人関係になれなかったんだ」

「そうだね……私たちはお互いを愛する勇気がなかったんだね」

「ああ」


 はっきりと互いに気持ちを言葉にして……気持ちに決着をつけた。


「ねぇ、卓也」

「ん?」

「———抱いて」


 そう言って、陽子はズイッと肩を寄せてきた。

 〝肩を抱いて〟———という意味だった。

 流石にこれまでの会話の文脈や雰囲気から誤解をすることなく陽子の真意をくみ取ることができたが、恐らく陽子は誤解させようと思って発した言葉だったと思う。


「…………」


 俺は陽子の手を取り、強く握った。


「あ……」


 陽子は少し寂しそうな声を上げる。

 悲しい気持ちになって寄り添ってほしい———それはわかる。だが、彼女の体に触れるわけにはいかなかったそれをするべき相手は、俺にはもう別の人がいる。

 だから、手だけだ。

 この手だけは、今は幼馴染に安心を与えるために捧げよう。

 陽子の熱が伝わってくる。

 そのまま、しばらく互いに手に力を込めあい、やがて———何も言わずに離した。


 ◆


 翌日になり、陽子は俺が以前に住んでいた町へと帰っていった。

 駅まで見送りに行こうと家を出ると、待っていたのか偶然だったのか、那由多さんもそこにいたのでついてくることになった。

 そして、「じゃあね」と手を振り改札をくぐっていく陽子を俺と那由多さんは手を振り別れた。

 今後も陽子は暇になればことあるごとに来るだろう。

 そのたびに俺達は面白おかしく過ごすだろう。

 幼馴染として。


「帰ろうか」


 陽子の姿が見えなくなると、那由多さんにそう促される。


「ああ……」


 美里駅から出て、帰路に就く。

 家路を那由多さんと並んで歩く。

 駅前のがやがやした人ごみがある通り、その中をはぐれないように那由多さんの手を取る。すると彼女はちいさく「あ」と声を上げた。


「那由多さん」

「ん?」

「昨日の安藤さんとのやり取りを見て気が付いたんだ。人には〝縁〟ってものがあるって」

「……?」


 俺の言葉を聞いた瞬間、那由多さんは少し目を丸くし、その後クスクスと笑い始めた。


「いきなりどうしたの? そんな真面目なことを言いだして」

「言いたくなったんだ。こうして那由多さんと並んで歩けるようになったのも、一つの縁だから。縁っていうのは不思議なもので、自然と切れる時もあれば自ら断ち切らなきゃいけない時もある。そして切られるべくして切られた縁は……元には戻せない。戻しちゃいけないんだ。戻そうとすればとらわれる。それは呪いになる。ただの執着になる」

「呪い?」

「うん。もしも、もしも那由多さんが自分を押さえつけて安藤さんと友達になろうとしたとしても、俺が無理に昔の好きという気持ちで陽子と付き合っていたとしても、いい結果にはならない。全員が全員無理をして、執着するようにその縁に付き合わされている。それだとその〝縁〟を保つために変化を拒まないといけなくなる。そうなると成長はない」

「なるほど」


 那由多さんは聡明だ。

 だから、微笑み瞬時に理解してくれている。


「じゃあ、私との縁もいつかは切らなきゃいけないっていうこと?」

「そうなるかもしれないし、ならないかもしれない。ずっと支え合っていけるパートナーになる縁もあると思うんだ———」


 俺はまだ築けたことはないけど、だけど……、


「———そういうのを〝良縁〟って呼ぶんだと思う。そして、俺と那由多さんの関係がそうであることを俺は強く願っているよ」


 そうして、少し手に力を込めて引き彼女の体を引き寄せた。

 人ごみの流れが激しくなる。

 ガヤガヤガヤガヤ……!

 今日はどこかでセールでもやっているのだろうか?

 少し油断してしまえば肩がぶつかってしまう激しい人の流れに彼女が流されないように、俺は自らの肩を那由多さんに当て、那由多さんも何かを察し、促すように肩を丸めて身を縮こまらせる。

 俺は彼女を守るように肩を抱きよせる。

 すると、那由多さんは目を閉じ安心したように微笑む。


「黒木くん」

「うん?」

「なるべく……末長くよろしくお願いします」

「こちらこそ、末長くよろしく」


 肩を抱き寄せあい、俺達はまっすぐ前へと歩いていく。


                                  -end-

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フッた幼馴染を見返すために自分を磨いたら、メインヒロインが俺を攻略しに来た。 あおき りゅうま @hardness10

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