第26話 大規模作戦ー2 防がねばならない事態

 「グオオオオォォッ!」


「──ぐぅっ!」


 【ダークベア】やら【デーモンウルフ】、俺が配信にて数々の必殺技でほふってきた懐かしき魔物たちが一斉に迫ってくる。


 どれも配信の様子を見ながら必殺技風に倒せる魔物ではあるが、


「グルオッ!!」

「グオオオオオッ!」


 如何いかんせん数が多すぎるっ!


 前に出過ぎても囲まれるし、退がり過ぎても追い込まれてしまう。


 だからこそ、前に出て数体倒しては下がり、また前に出て数体倒して下がる。

 そういう押し退きを使った戦い方が必要だ。


「……ふぅ」


 でも、これはいつも以上に脳や神経を使う。

 ただでさえ魔物が強いってのに、中々堪えるものがあるな。


「大丈夫か、ちい子」


 隣のちい子を気遣って声を掛ける。


「はっ! 誰にもの言ってんのよ!」


「元気そうで何より」

 

 こうは言うが、実際はちい子も疲労を感じているはずだ。

 上下に揺れる肩を見ればすぐに伝わってくる。


 ちい子は一対一特化しているスタイルだし、こうも数が多いと立ち回るのすら難しいだろうからな。


「……」


 状況を見て、一度考える。

 “撤退”という選択肢。


 これがキュアの誘いや遊びなのかは分からない。

 それでも、別に今日全てを賭ける必要があるわけでもない。


 あやかには約束したけど、まだ期間はある。

 作戦もまた数日後に組み直せば良い。


 癖の強い上級探索者たちも、美玖のアイドル力があればまた結集できるだろう。


「ギャオオオォォ!」

「ヴォアアアア!」

「シャーー!」


「……よし」


 未だ迫り続けてくる魔物を前に、俺は決断した。

 これ以上の探索は難しい。


「ちい子、徐々に後退するぞ」


「! ……わかったわ」


 一瞬目を見開いたちい子だが、さすがに状況を察したらしい。

 すぐに納得したように俺の指示を聞いてくれた。


 だが、入ってくるのは悪い報せ。


『ダンジョン仮面! 大変だわ!』


「美玖? 一体どうしたんだ」


 個人回線ではないので、ここは「緋色君」ではなく「ダンジョン仮面」。

 なんとなくちょっと残念だ。


 だけど、そんなことを考える余裕は次の瞬間にぱっと消える。


『撤退はダメよ!』


「どういうことだ?」


 美玖の今回の役割は俺たちに指示をすること。


 作戦指揮は他に何人か専門家が裏にいるけど、実際に伝えるのは美玖。

 みんなを鼓舞する意味も込められているだろう。


 今も、美玖が俺たちの動きを見て、撤退すると気づいたんだと思う。

 だけど、彼女はそれを止めた。


『分からないけど、この大規模作戦が日本中で配信されているの! それも画面を強制的に切り替える形で!』


「は!?」


 美玖に言葉に戸惑いつつも、俺は自分の飛行型カメラを振り返る。


 いや、カメラは配信モードになっていない。

 ただ俺たちの映像をリアルタイムで共有するためだけに稼働している。


 チラっと目を合わせたちい子も首を横に振り、どちらの飛行型カメラも配信されているわけではないらしい。


『違うわ! 上よ!』


「上?」


 美玖に言われたがまま、上を見上げる。

 すると、


「なんだ!?」


 俺たちのカメラよりも小さく、かつ飛行能力が高いカメラがこちらを捉えている。

 あんな高く飛べるものなんて見た事ないぞ。

 見ただけで性能が段違いだと分かる。


『こちらも状況がよく分からないの! でも、そのカメラが今回の大規模作戦の全ダンジョンを捉えているらしいの!』


「なんだって!」


 あのカメラが他の四つの高難易度ダンジョンにも出現しているのか。

 誰が、一体なんのために。


「でも、撤退がダメっていうのはなんでだ」


 たしかに日本中で配信されている中、上級探索者が揃いも揃って撤退とはかっこ悪くはある。

 けど、別にダンジョンで途中断念は普通の話だ。


 俺のそんな思いは、美玖の言葉で打ち消された。


『おそらく、キュアよ』


「?」


 美玖は俺たちがダンジョンに潜っている裏で、日本中で起きたことを伝えてくれた。


 まず、美玖が言っていた通り、日本中の回線がジャックされた。

 一部、大きなテレビ局等を除いて。


 でも俺からすれば、マスコミが報道できる体制を残しているようにしか思えない。

 実際、マスコミが繰り返し現状を伝えることで混乱は広まっているようだ。


 さらに、その後に起こった警告・・

 回線がジャックされ、数分後にそれは伝えられたという。


 内容は「ダンジョン仮面たちが撤退をすれば、あらゆるダンジョンに魔物を放つ」というもの。

 あらゆるダンジョンというのは、もちろん高難度以外も含まれている。


 もしそうなれば、被害は甚大。

 なぜなら、ある事・・・が起きる可能性がある。


「“スタンピード”が起きる……?」


『多分ね』


 スタンピード。

 普段はダンジョン内に生息しているはずの魔物。

 それがダンジョンの収容上限を超えると、魔物は獲物が足りなくなり地上・・を目指し始める。


 過去に数件確認されているスタンピード。

 地上にはもちろん探索者だけではなく、普通の力を持たない人々もいる。


 そんな人々に魔物が襲い掛かれば、結果は容易に想像がつく。

 実際、その数件は日本ではなかったが、かなりの被害をもたらしたという。


 それがもし同時に起こったら?

 しかもかなりのダンジョンで同時多発的に。


「……ッ!」


 結果は火を見るより明らかだろう。

 正直、考えただけでもぞっとする。


「それで美玖。俺たちは何をすればいい!」


『ワタシのところに辿り着いてみて。だそうよ』


「……!」


 俺はもう一度、前の魔物を振り返る。


「ギャオオオォォ!」

「グルルルル」

「グオオオオ!!」


 相変わらず溢れ出てくる魔物たち。

 その数は未曾有みぞう、俺でも相手にしたことがないほどだと思う。


「ちい子」


「なによ」


 隣の探索者としての相棒を目にすることなく、武器を構え直した。


「いけるよな」


「当たり前よ!」


 俺たちは再び前進を始めた。







<三人称視点>


「落ち着いて! 落ち着いてください! 皆さん助かりますから!」

「ゆっくりと、押さずに移動をお願いします!」


 警官は道に総動員。

 それでも、


「「「きゃあああああ!」」」


 様々な声が一つの叫び声のようにもなり、人々は走り回る。

 信号はもはや機能せず、ほとんどの者が車を乗り捨て、誰もが我先にと移動をしている。


 だが、ダンジョンはあらゆるところに存在する。

 つまり、人々の足は一方向を向かない。

 それが混乱を一層加速させていた。





 一方で、


「なんだかんだ言って、こういう時駆り出されるのは俺たちみたいな奴らなんだよなあ」

「まあそう言うな」

「仕方ねえだろ」


 各地のダンジョンに探索者が駆り出されていた。

 もしもの時のため、力を持つ者は先頭に立たなければならない。


 とそんなところに、とある者が現れる。


「まったく。わしのような者はいたわらんか」


 しかしその見た目は、

 

「は?」

「誰だよじいさん」

「さっさと逃げた方がいいんじゃねえの」


 若者探索者が言う通り、どう見ても老兵。

 だがじいさんは下がらない。


「はっはっは。本当に心配してくれようとは。なあに、大丈夫じゃ。可愛いも頑張っておるしな」


 数々のダンジョンが蔓延るこの場所に、ちい子の祖父であるじい子が現れた。

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