第2話 美玖のダンジョン配信の時間だよ!

<三人称視点>


 学校も終わって今は19時。

 配信を予定していた時間になったので、美玖は待機枠(あらかじめ予約してあった配信)から配信を開始した。


 美玖の頭上を飛行する『飛行型カメラ』は、配信の開始・終了から、探索中自動で自分を追ってくれる機能までついた代物だ。


「みんなこんばんは! 美玖のダンジョン配信の時間だよ!」


《こんばんは!》

《こんみく~》

《こんみく》

《待ってた!》

《超高校級の美少女》

《帰りの電車で見てるよ~》


 美玖が配信を集めると、配信のコメントが一気に加速する。

 「こんみく」というのは、彼女の視聴者が言い出した挨拶のようなものだ。


 配信には待機していた者も含め、開始数分ですでに同時接続数は6万人を超している。

 今世間で流行しているダンジョン配信とはいえ、これほどの人数を集められる配信者は中々いない。


「じゃあ宣言通り、今日もダンジョン配信やっていくね!」


《癒しだ》

《ありがとう、ありがとう……》

《気を付けてね!》

《コメント見すぎちゃダメだよ!》


「あははっ、分かってるよ~」


 探索者としての実力はそこそこである彼女は、今日もそれほど難易度が高くないとされるダンジョンを選んだ。

 彼女の配信は本格攻略というよりは、ダンジョンの様子を伝えることを主としているからだ。


 簡単な挨拶を終えた美玖は、早速ダンジョンの奥へと進み始める。

 




 美玖が今日潜るのは、『表層』と呼ばれるダンジョンの第1層~第3層まで。

 世界に多数存在するダンジョンはそれぞれ難易度が異なるが、この表層は総じて難易度が高くない。


 それでも、魔物には遭遇する。


「──! 魔物!」


「グルルル……」


 緑色の体に棍棒こんぼうを持ち、凶悪そうな顔つきをした魔物【ゴブリン】だ。

 計三匹のゴブリンはその高い鼻を美玖に向け、下品な笑いを浮かべている。


《美玖ちゃん気を付けて!》

《襲われない様に!》

《そんな展開は期待して……ないぞ、決して》

《紳士も見てます》


 魔物の中ではいわゆる“雑魚ざこ”の部類だが、普通の人間ではまず勝てない。

 それなりの数の魔石を自身に取り込み、探索者としての立ち回りを会得してやっと勝てる、魔物とはそういう存在だ。


「いきます! はあああっ!」


 美玖は、両手で構える“刀”を武器にゴブリンに向かっていく。

 ゴブリンの棍棒よりもリーチが長いことを生かして、牽制気味に立ち回りながら見事に三匹を倒した。


「やった! 倒したよ!」


《すごい!》

《美玖ちゃんさすが!》

《これぐらい美玖なら当然だな》

《スカートがえっち》

《スライム君も褒めてるな》


 素直に褒めるファンからどこか後方彼氏面のファン、奥の方でぽよんぽよんと跳ねている青色の液体状の魔物【スライム】に触れるファンまで、色んなコメントが飛び交う。


「あははっ、みんなありがとう」


 そんな視聴者に満面の笑みを浮かべる美玖。

 これが彼女の一つの見所、いわゆる『天使のスマイル』だ。


¥5000《たすかる》

¥3000《スマイル助かる》

¥10000《今日も生き長らえることができた》

¥50000《これで悔いなく成仏できます》

《石油王!》

《石油王だ!》


 コメントの加速と共にスーパーチャット、通称スパチャ(投げ銭機能)付きのコメントがざっと流れる。

 中には石油王と呼ばれる、最大金額の5万円を軽々しく投げる視聴者まで。


「ちょっとみんな、無理し過ぎないでね!?」


¥3000《わかりました》

¥7777《無理せずこんぐらいで》

¥10000《美玖ちゃんはわいの生きる希望なんや》


「もう……!」


 美玖も本心から「無理しないで」と言っているが、スパチャは止まない。


「じゃ、じゃあ、奥に進みますね」


 序盤から魔物を倒したことで大いに配信は盛り上がりつつ、美玖はダンジョンの奥へと進んで行く。





「やった! 表層踏破です!!」


 美玖が汗を払うように頭を上に振り、美しい茶髪がなびく。

 第3層までを指す表層の最奥に居た、スライムの上位種【レッドスライム】を倒したからだ。


《美玖ちゃんおめでとう!》

《すごすぎるよ!》

《泣いた》

《どりゃあああああ!》

《美玖ちゃんなら楽勝だね》


「みんな応援ありがとう!」


 浮遊型カメラが指す時間は21時。

 ここが配信の切り所としてもベストだった。


「じゃあ今日の配信はこれで……え?」


 そんな中に気になるコメントが流れ始めた事を確認した美玖。


《なんか光ってないか!?》

《ラッキースライム!?》

《後ろ後ろ!》

《初めて見た!》


「え、ラッキースライム!? どこどこっ!」


《奥だよ奥!》

《隅っこが光ってるよ!》

《見にくいけど!》


「後ろ……いた!!」


 コメント欄に指摘され、ようやくその存在を確認した美玖。

 【ラッキースライム】、それはとても珍しく、金色に光る貴重な魔石を落とすことで有名な“レア魔物”だ。


 だが、光っているのは体内の魔石部分だけで、液状のボディはダンジョンの岩石と同化したような色を持っている為、発見が難しい。

 だからこそ、探索者であれば誰もが飛びつく魔物だ。


「最後にあれを狩ります!」


《いけー!》

《ラッキースライムをこの目で見れるなんて!》

《やっぱ持ってるな》

《美玖たん、疲労は大丈夫?》


「大丈夫!」


「ぽよん! ぷよん!」


 液状の体が跳ねる奇妙な音を鳴らしながら、小道に逃げるラッキースライム。

 ここまでの探索の疲れが残る足を振り絞り、美玖は必死に追いかける。


 それが──いけなかった。


「……え?」


「グルルルル……」


 ラッキースライムを追いかけていった先、小道を抜けた先に、いた・・のだ。


「……ッ!」


 美玖の前にいたのは【ゴブリンキング】。

 ゴブリンがホブゴブリン、そしてもう一段階進化した姿の魔物。

 それは間違いなく表層ここにいるはずのない凶悪な魔物だった。


「──きゃああああああ!」


 『イレギュラー』。

 ダンジョンでの普通ではない事態を指す言葉だ。

 

 ダンジョンは今となっては多くの人々が探索する場ではあるが、予定調和ではない。

 ゆえにイレギュラーが起こり得る可能性は多少なりともある。

 

 魔物の数が少なく、複雑な構造でもない表層では起こりにくいそれも、確率はゼロではない。

 だが今回は、それが同時に・・・起こってしまった。


 ガシャアアアン。


「……え?」


 今抜けて来た、小道の崩落。

 帰り道の方向の岩が崩れてきてしまった。


「グルルルルル……」

「ヒヒッ!」

「ヒャッヒャ!」


 ゴブリンキング、そしてその周りを囲む複数体のゴブリンが長い舌を伸ばして下品に笑う。

 ダンジョンのゴブリンは、女性を性的な目的で襲うのだ。


「こ、来ないで!」


 来た道は岩石、前にはイレギュラーな強力な魔物。

 絶体絶命のピンチだ。


《これガチか?》

《逃げて!》

《ドッキリ……じゃ、ないよな?》

《配信の事はいいから! すぐに逃げて!》

《いざとなったらそんな展開見たくないぞ!》


 ダンジョンという異なる世界に身を投じている以上、こうなる事態はある。

 だが、彼女の配信を見ている誰もが「美玖ちゃんはそうはならないだろう」と思い込んでいた。


「ハァ、ハァ……」


 美玖は恐怖から内股になり、武器を持つ手は震えが止まらない。


 ──死。

 その文字が彼女の頭の中に居座り続ける。


「グルゥアアアア!」


「……!」


 武器を両手で持ったまま、美玖はきゅっと目を瞑った。

 そんな美玖にゴブリンキングは襲い掛かる。


《助けてダンジョン仮面!》


 誰かがそんなコメントを打った。

 その瞬間。


 ドガアアァァッ!

 ガキンッ!


 届くはずのない岩が砕け散る音、さらに甲高い金属音が配信に流れる。


《!?》

《!?》

《……!?》

《なんだ!?》

《まじか!?》


「グルァァァ!」


「間一髪、かな」


 カメラに映ったのは、ゴブリンキングの強力な攻撃を受け止めている者。

 その顔を覆った存在に、コメントが今日一番の加速を見せる。


《まじか!?》

《うおおおお!?》

《これって本当に!?》

《ガチで!?》

《本物!?!?》


「大丈夫かな、お嬢さん」


 ゴブリンリーダーを弾き返し、美玖に前に立ったのはダンジョン仮面だった。

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