第1話 クラスメイトの超人気配信者

 「──はああっ!」


「グギャアアア!」


 斧を大振りしてきた豚型の魔物【オーク】の懐に潜り、横ぎ。

 脇腹に大きな亀裂きれつを入れられたオークは、声を上げながらその場に伏した。


「……こんなところか」


 周りを見渡せば、多くの魔物の死体。

 だがこれらはその内ダンジョンへと取り込まれていき、その場に光る石のようなもの『魔石』を残す。


「大漁大漁!」


 魔石には多くの用途がある。


 魔石を砕いて自身に取り込めば、人間は新たな力を会得してパワーアップする。

 レベルアップみたいなものかな。


 この世界にはステータスなんて概念はないけど、魔石を自分に取り込んだ分だけ強くなる。

 それが探索者が魔物と戦う力を持つ秘密だ。

 そうやって人類は、ダンジョンが勃興し始めたこの世の中を生き抜いてきた。


 あとは売却。

 魔石は自分のパワーアップにも、エネルギー資源としても使えるため、高値で取引される。

 ダンジョン内には未知の装備や鉱物、美味な食材など多くの物があるが、この魔石を売る事で大抵の探索者は日銭を稼ぐ。


 自分に使ってパワーアップするか、売って金にするか、といったところだな。


「十個ぐらいは使っておくか」


 その場に散らばった魔石をパキンと順に砕いていき、魔石から出た光が自分の中に取り込まれるのを感じる。

 と同時に、筋肉がムキっとなった気がした。


 魔石は、いわば魔物の結晶のようなもの。

 魔物の特徴を反映させて落としていく。


 つまり、取り込むことでその魔物の特徴を得る事が出来るのだ。

 今のように力自慢のオークの魔石を割れば、筋力が上がる。

 より強い種族ならば、その分より大きなパワーアップも見込める。


「これだけ数があれば十分だな」


 オークの魔石はそんなに高値ではないけど、砕いた魔石を抜いて百個ほどが集まった。

 これは複数人の探索者が一日かけて得る量に等しい。


「あやかに好きな物も買ってあげたいしな。あとは売却に回そう」


 こうして今日も、俺は資金源である魔石を大量に確保した。







 次の日の朝、学校。


「うーす」


「おう、緋色」


 いつも通り、友達の『梅原うめはら』に挨拶をする。

 

 特に整えた形跡の見当たらない短めの髪、図体も俺と変わらない一般的な男子高校生みたいなこいつとは、中学からの仲だ。

 スポーツに秀でているわけでもなく、特別勉強が出来るわけでもないけど、こいつは“とにかく良い奴”。


 女の子が好きで、積極的に話しかけに行くし、話も面白いから仲の良い女の子もそれなりにいるが、結局“良い奴”で終わってしまう、そんな友達だ。


 学校内では、妹の事情を知る唯一の親友でもある。


「まーた疲れた顔してやがんな。夜更かしか?」


「まあ、そんなところ」


 けどダンジョン仮面の事は知らない。

 俺以外でダンジョン仮面の事を知るのは二人・・だけ。

 院長先生と、俺の付き合い上必要だった頼れる大人の一人だけだ。


「あんま無理すんなよ? 困ったことがあったらなんでも言ってくれよ。つっても、俺にできることってそんな無いけどな! あっはっは!」


「ははっ、気持ちだけ受け取っておくよ」


 このセリフ、高校に入ってからだけでも何度聞いたことか。

 やっぱ良い奴なんだよな。


「っと、今日もおでましだぜ」


「らしいな」


 なんて朝の軽い会話をしている内に、廊下が騒がしくなったことから、あの子が現れたのだと察する。

 ほとんど毎日顔を見ているはずなのに、本当に飽きないな。


「おはよ~」


 姿を現したのは一人の女の子。

 と同時に、


「おはよう美玖みくちゃん!」

本多ほんださんおはよう!」

「昨日の配信も楽しかったよ!」


 彼女の周りには人だかりが出来る。

 これはもう、学校では見慣れた光景だ。


「みんなも見てくれたんだ、ありがとう!」


 『本多ほんだ美玖みく』。

 今流行りのダンジョン配信者で、今最も勢いのある配信者だ。

 一年半前に始めたチャンネルの登録者はすでに200万人を超していて、配信の同時接続は平均5万~10万人という超人気の配信者だ。


 今ではそれなりに数が増えてきたダンジョン配信者の中でも、彼女はその可愛さが際立って人気を集めている。


「あはは、みんな朝から元気だね!」


 金に近い茶色のショートカット、女子高生らしい可愛らしい童顔。

 なのにスタイルは大人びていて、立派な胸も持っている。


 加えて、たまに飛び出す天然な発言。

 視聴者の中には、どこか親目線で彼女を見ている者も多いだろう。


 だが、ダンジョンでは魔物を倒す勇敢さも持ち合わせており、そのギャップがまたウケるのだろう。

 上級探索者とはいかないが、初心者ではない強さがあり、適度な難易度のダンジョンが好評を博している。


「すげえよな。まさに雲の上の人って感じだ」


 隣の梅原の言葉には素直に頷く。

 クラスメイトではあるけど、俺もどこか本多さんを有名人として見ているのは間違いない。

 

「そういえば緋色、お前も高校に入ったらダンジョンに潜りたいとか言ってたよな」


「え! あ、ああ……」


 梅原の急な言葉に心臓がビクンと跳ねる。


「それはどうなったんだ?」


「んー、結局やめたよ」


「もったいねえなあ。探索者ならワンチャン、本多さんとコラボとかもあったかもしれないのにな」


「ま、まあな」


「あーあ、俺も美玖ちゃんとコラボ配信とかしてみてーぜ!」


「夢のまた夢だな」


「うるせっ!」


 梅原は、冗談気味に軽ーく俺の首を肩でしめてくる。

 こいつは割と、美玖ちゃんにはぞっこんみたいだからな。


 ……俺がダンジョン仮面として日々ダンジョンに潜ってるなんて言えねえ。

 世間にバラすつもりもないけど、妹とも知り合いであるこいつにはもっと言えねえ。


 この日もダンジョン仮面であることを隠し、学校を過ごした。

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