第3話 最強の仮面探索者さん、身バレをする

<緋色視点>


 時刻は21時ちょっと前。


 俺は今日も学校帰りにソロで探索をしていた。

 一日でもサボれば次の日から無理をすることになるし、腕もすぐに鈍るからな。


 でも、


「今日はなんだか魔物が少なかったな。いつものゴブリンキングもいないし」


 今日は湧いている魔物が少なかったのが少し気になった。

 いつもルーティン的に倒してるゴブリンキングも沸いてなかった。


 稼ぎが減るから困るんだよなあ。

 ま、それも含めてダンジョンか。


「お、本多さん配信やってるじゃん」


 魔石回収の作業に入ると同時に、俺はスマホで本多さんの配信を開いていた。

 ダンジョンに適したスマホが出てから、本当に便利になったよなあ。


「って、よく見たら同じダンジョンだったんだ」


 このダンジョンは学校からも近いしな。

 それにしても同接(同時接続数)10万人か、相変わらずすごいな。


「しかもラッキースライムじゃん! やば!」


 本多さんはレア魔物を見つけていた。

 彼女はその後を追って小道を進んでいく……のだが。


「あんな小道あったっけ?」


 ここは俺も何度も訪れているダンジョンだ。

 地形、魔物、起こり得るイレギュラーなどまで大体把握している。


 そんな俺が、初めて見る小道だった。

 悪い予感が当たらなければいいけど……。


 と思っていた矢先。


「……え?」


 開いていた配信から、本多さんが漏らした声が聞こえた。


「!」


 ──ゴブリンキング……!

 彼女の配信に映ったのは、イレギュラーな魔物だった。


 表層……ちょうど上の階層か。 

 けど俺は、即座に駆けだそうとした足をコメント欄を見て止める。

 

《ドッキリ?》

《え、美玖ちゃんまで?》

《でも美玖ちゃん怯えてるぞ?》

《ドッキリなわけないだろ!》


 『ダンジョンドッキリ』。

 最近、ちまたでよく使われる配信を盛り上げる方法だ。


 ありふれるようになってきたダンジョン系の配信や動画で、少しでも周りと差別化するために、最初からドッキリを仕掛けておくのだ。

 それを配信中や動画内で解決することによってバズらせる、俺はあんまり好きじゃない方法だけど一定数そんな動画もあるのは確かだった。


 本多さんがそんな事をするとは思えない。

 それに、ゴブリンキングを倒せる存在なんてそうそういない。


 そして、


「──きゃああああああ!」


「──ッ!」


 その悲鳴を聞いた瞬間、今度こそ俺は駆けだしていた。


 これはドッキリなんかじゃない!

 そう確信したからだ。





「間一髪、かな」


「グルァァァァ!」


 俺はゴブリンキングを弾き返し、本多さんに手を差し伸べる。


「だ、ダンジョン仮面……?」


「そうさ」 


 本多さんは女の子座りでその場にへたり込み、息を上げながら俺を見上げている。


 ほとんど毎日見ているその顔が、なぜか今日は違って見えた。

 俺の事を「ダンジョン仮面」として見ているからだろう。


「君、ケガはないかい?」


「……! は、はい!」


 俺は目一杯かっこつけながら、本多さんに語りかける。

 この口調は、俺が「ダンジョン仮面」として振る舞っている為のもの。

 そんな自分に酔っているというのも少なからずあるけど。


「じゃあそこで待ってて」

 

 俺はダンジョン仮面としての態度を崩さず、魔物達に向き直った。

 両手にはそれぞれ俺の持ち武器であるブレードだ。

 湾曲した剣みたいなものだな。


「ギャギャギャッ!」

「グギャアッ!」


「──はあッ!」


 一斉に向かってきた複数体のゴブリンをその場で薙ぎ払い、同時に首を狩る。

 頭部を失ったゴブリン達は、その場に膝から崩れていく。


「すごい……!」


 後ろで本多さんが感嘆の声を上げているけど、振り返りはしない。

 まだ大物が残っているからな。


「グルルル……グルオオォォ!」

 

「──ふっ!」


 俺は二刃のブレードを握り直し、最速でゴブリンキングに駆け寄った。


 魔物は基本的に進化するほど、体は大きくなる。

 こいつも例外ではなく、体長は3メートル程。


 クロスした両手のブレードを左右に振り抜き、両足の関節を斬り捨てて態勢を崩す。

 座り込んでいる本多さんに襲い掛かられると面倒だからな。


「グアアァァ……!」


 そのまま隙を見せることなく、俺はスライディングで股下に滑り込み、ゴブリンキングの背後を取った。


「これで、終わりだ!」


「ガアッ……!」


 両手に広げたブレードを、クロスしながら上部に斬り上げ、背に×印の跡を残してゴブリンキングが崩れ去った。


《やっば》

《つっよ》

《うおおおおお!》

《ガチで本物だったあああ》

《どりゃあああああ!》

《って、あれ!?》

《あれ大丈夫!?》


「……ふー」


 振り返り、遠目に見える本多さんの浮遊型カメラに流れるコメントも沸いているみたいだ。


 なんだか少し、「大丈夫?」といった気になるコメントもあるけど。

 ゴブリンキングを初めて見た視聴者さんもいるだろうから、混乱しているだけだろう。


「あ、あの……!」


 本多さんの方にに歩いて戻っていくと、彼女が俺の顔を見つめて口をあわあわさせている。

 こんな時になんだが、その顔はとても可愛い。


 だけど、何か違うことを伝えたいらしい。

 まあ、あんなことの後だ。

 恐怖に侵されていても仕方ないよな。


「立てるかな、お嬢さん」


 俺はいつものダンジョン仮面のノリで左手は自分の胸に、右手を差し出すように手を伸ばした。

 ダンジョン仮面の正体が高校生だとバレないよう振る舞っているからだ。


 だけど、本多ちゃんは手を取ろうとしない。


「えと、その……東条君? あ、いや!」


「……え?」


 咄嗟とっさに口を抑える本多さん。

 俺は耳を疑った。


 今……え? 俺の本名呼んだ?

 はは、バカな。今の俺はダンジョン仮面だぞ?

 

「何を言ってるんだいお嬢さん。さあ立って」


「仮面……」


「仮面……?」


 俺はさーっと嫌な予感が背中に走るのを感じつつも、本多さんが指した方向をゆっくりと振り返る。


「!?」


 それを確認し、自分の顔をぺたぺた。


「!?!?」


 無い! 無い無い、無いいい!!


 俺はようやく気づいた。

 俺の顔を触ると、それは俺の顔の感触そのものだった。


「はっ!」


 そして何かに気づいたらしい本多さんは、頭上の飛行型カメラを急いで操作し始めた。


「ごめんみんな! 一旦配信切るね!」


「!」


 飛行型カメラに流れる本多さんの配信のコメント欄がすごいことになってるー!!


《ダンジョン仮面の正体!?》

《本人バレきたー!》

《ガチで本物!?》

《え、ちょ?》

《今のまじでダンジョン仮面?》

《案外ガキっぽくね?》

《特定班急げ!》


 そんなコメント欄を最後に、本多さんは配信を切ってくれた。


「ちょっと待って、今の部分のアーカイブも消すから!」


「う、うん」


 アーカイブというのは配信の記録のことだ。

 本多さんは怖い目に遭ったばかりだというのに、人の為にすぐに動いてくれる。

 自然にこんな行動が出来るのは、彼女の優しさからなのだろう。

 

「とりあえず消したけど……」


 それでも焦った様子の本多さん。

 今度は俺の方から口を開く。

 さっきの恥ずかしいセリフは無かったことにして、クラスメイトの東条君として。


「ケ、ケガはない? 本多さん」


「大丈夫だよ、ありがとう。でも……」


 良かった、痛いセリフについてはスルーしてくれる方向らしい。

 それよりも、チラチラとカメラを気にしている本多さん。

 そんな彼女に、俺は能天気に声を掛けた。


「心配ないよ。ほんの数秒でしょ? それより本多さんが無事でよかったよ」


「あ、ありがとう……」


 俺の言葉は本心だ。


 だけど俺は甘く見ていたのだろう。

 彼女、本多美玖という超大物配信者の影響力を。

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