第4話 超人気配信者の影響力なめてました……

 すぐさま配信を切ってくれた本多さんと並び、ダンジョンの帰り道を歩く。

 再び彼女が口を開いたのは第1層、そろそろ入口が見えた時だった。


「まさか、東条君があのダンジョン仮面だったなんて」


「えと、そうだね……あはは」


 俺もどう答えていいかイマイチ分からない。

 まだ若干、恥ずかしいセリフをこの顔で言ってしまったことを後悔しているからだ。

 彼女の言葉にはとりあえず笑って誤魔化す。


「とにかく今日は帰ろ? もしかしたら、どこのダンジョンか察した人たちが集まってくるかもしれないし」


「わかった」


 そこまで大げさな事なのかな? とは思いつつも返事をした。


 さっきから、俺と本多さんの警戒心には差があるように思える。

 俺が能天気なだけかもしれないけど、本多さんがやけに気にしているというか。


 それとも、ここまで警戒するのが普通なのかな?

 俺はバズったこともないし、ネットには本多さんの方が詳しいだろうからな。


 そうして、魔物を倒しながらもすぐに入口には着いた。


「美玖ちゃん! すぐに出るよ!」


「はい!」


 入口から出ると、マネージャーさんらしき人が車から飛び出してきた。

 俺のこともちらっと見ていたように思える。


 俺もここから去ろう。

 そう思って反対方向に歩き出した時、


「東条君!」


「ん?」


 本多ちゃんはすっと顔を近づけてきた。


「……!」


 小さな丸顔、くりんとした瞳が俺をじっと見ている。

 ダンジョンに潜っていたのに、どうして彼女からは良い匂いがするのだろう。


「改めてありがとうね」


「ううん、全然。それより無事でよかったよ」


 そうして彼女は振り返る。

 最後にちらっと俺を振り返った彼女は言い放った。


「凄かったよ。なんだか、ただ者じゃないって感じ」


「え?」


「ふふっ、また学校でね」


 彼女の顔は可愛かった。

 






 次の日の朝。


「ふあ~あ」


 眠たいまぶたをこすりながら、マンションから出る。

 

「……」


 昨日は結局、スマホは開かなかった。

 あの恥ずかしいセリフの数々を、本多さんの前にして言い放ってしまったことに悶絶もんぜつして、俺はすぐにベッドに逃げたからである。


 正体に関してはまあ、本多さんも気を使ってアーカイブ(配信の記録)の俺が出たところを消してくれていたし、きっと心配ないだろう。


 攻略動画やTwitterにダンジョンエアプ認定してくるコメントが相次いだ時から、SNSの通知はオンにしていないので、通知欄は今日も平和だ。


 それに、世間もそこまで興味ないんじゃないかな?

 そんなノリで俺は高校に登校する。


 だが……。

 

 ざわざわ、ひそひそ。


「ん?」


 なーんか、すれ違う人すれ違う人みんなに見られている気がするな。

 ま、いっか。


 朝だから頭が回っていないのかも。

 探索者だからと言って、朝に強くなるなんてことはないのだ。

 

 そんな俺の能天気さは、学校に入ってから思い知ることになる。





 周りの視線は気になりながらも、学校の近くまで着いた。


「ええ……?」


 俺が動揺しているのは、校門にいる前の人の数だ。


 学校を取り囲むようにいるのはカメラやマイクを持った取材陣。

 さらには、サイン色紙を持った制服の違った生徒から同じ制服の生徒、また「学校には入らないで」と必死にせき止めている先生など。


 一体何がどうなってるって言うんだ?

 なんて考えていると、


「あ、来ました!」


「ん?」


 唐突に振り返った取材陣の一人と目が合った。


「「「わああああ!」」」


 その言葉を皮切りに、その辺にいた全員が俺の方に向かってくる。


「ええ!? なんだなんだ!?」


 あまりの人数の多さに、思わず身じろいでしまう。

 なんだ、昨日狩った魔物より断然人数が多いぞ!?

 

「あなたがダンジョン仮面なんですよね!?」

「ちょっと話を聞かせてもらえませんか!」

「サインください!」

「同じ学校だったなんて!!」


「ちょ、ちょっと!」


 人が集まり過ぎて一気に道をふさがれてしまった。

 嘘だろ、これ全部ダンジョン仮面の事を聞いて集まったってのか!?


「え、やっぱり!」

「昨日話題になってた人!?」

「うそ、もっと近くで見たい!」


 その騒ぎを見て、遠くにいた人たちにもさらに騒ぎが伝染していっている。

 こ、これはどうすればいいんだ!?


「東条君!」

「! 本多さん!」


 そんな俺に後方から声を掛けてきたのは本多さん。

 

「こっち!」

「う、うん!」


 頭が混乱していた俺は、素直に本多さんに付いて行く。


「ちょっと待ってください!」

「一言だけでも!」

「本多さんとはどのようなご関係で!」


 そんな声に俺は振り返らず、裏口の方から学校敷地内に入った。


「はぁ、はぁ、大変だったね」


「なんだったんだあれは……」


「ごめんね」


「うん?」


 校庭に入ると、さすがに学校関係者以外が入る事をはばかられたらしく、俺は本多さんと裏庭で二人で話している。


「わたしのせいなんだ。わたしが配信に写しちゃったから」


「いやいや、たった数秒でしょ? それにアーカイブも消してくれていたし。そんなことは──」


「ううん、あるの! これ見て」


「……へ?」


 Twitterのトレンドには『ダンジョン仮面 正体』、『ダンジョン仮面 高校生』など、俺とさらには本多さんの配信関係のことで埋め尽くされていた。


 どうやら俺が確認した時間帯の後、話題が話題を呼び、それが今もなお広がり続けているらしい。


「それに東条君、動画もあげてたんだね」


「え、どうしてそれを?」


「自分の目で見てみて」


「……なっ!?」


 俺は目を疑い、思わず声を上げてしまった。

 チャンネル登録者30万。


 バカな、昨日は1万人いなかったんだぞ!?


「それに、コメントが……」


《やあ》

《これが噂のダンジョン仮面か》

《映像は無いが、言ってる事の筋が通ってる》

《これは覇権だな》

《俺の美玖ちゃんを返せー!》


 俺の事を褒めてくれるコメントから動画再評価のコメント、本多さんの熱狂的ファンだと思われるコメントまで。

 本当に色んなコメントが、ずらりとどの動画にも残してあった。


「再生回数もこんなに……!」


 一昨日までは一番多くて3000。

 そんな俺のダンジョン講座の動画がバズりにバズり、一番多いもので50万再生を上回っている。


 すでに驚きを通り越して、俺は不安にさえなっていた。


 夢じゃ、ないよな……?


 そう思いながら、俺は何度も何度も画面をスワイプして更新を繰り返す。

 けれど夢なんかではなく、それどころか数字はリアルタイムで伸び続けている。


「これが本多さんの影響力……」


「それもあるけど、それほどダンジョン仮面の人気はすごかったんだと思うよ」


「そうなのか……」


 俺としては正体を隠せればそれで良かったから、ダンジョン仮面の名声にそこまで興味は持っていなかった。

 たしかに名前を聞くようになったと思ってはいたが、俺はダンジョン仮面の知名度を過小評価していたんだと思う。


「だから一つ、提案があるの」


「提案?」


 本多さんは顔を近づけて来て、言ってきた。


「東条君。いえ、ダンジョン仮面。わたしとコラボ配信しない?」

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