第21話 美玖と私服でおデート

 俺は、そわそわしている。

 ものすっごく、そわそわしている。


 今受けている学校の授業なんて、頭に入ったものじゃない。


 だって、


『二人でおでかけしませんか?』


 あの本多美玖からこんなLINEが来たら、男なら誰だってそうなるだろ!?


「……」


 俺はチラっと前の方の席の美玖を見た。

 彼女はいつもと変わらず、真面目に授業を受けている。

 そして相変わらず可愛い。


 なんでいきなりこうなったのだろう……。


 思い出すのは昨日・・の夜のこと。


 俺は学校帰りにダンジョン配信を行っていた。

 美玖と屋上で話した後の放課後の話だ。





「では今日は軽めに、配信はここまでで!」


 俺はひたいに少しついた汗をぬぐいながら、飛行型カメラに笑顔を向けた。


《いやいやいやw》

《軽めにで草》

《瞬殺www》

《ここ一応『下層』だからな?w》

《RTAでもしてる?ww》

《ツッコミ不在》

《今日も面白かったー》

《さくさく配信(下層)》


 俺は新宿ダンジョンの『下層』までを、配信を行いながら軽々突破した。

 ここは初心者を脱した探索者が潜るような難易度のダンジョンで、ここを攻略配信すれば界隈もさらに活性化しそうだと思ったのだ。


 まあ正直、俺には簡単過ぎたけど。

 それでも、この配信が少しでも意味のあるものになってくれたら、俺はそれだけで嬉しい。


「ではまた次回の配信でお会いしましょう。バーイ」


 なんとなく低めの声の挨拶を取り入れてみた。


《おつ~》

《草》

《なんだそれww》

《急にぶっこんでて草》

《噴き出したわw》

《ヒ〇キン?》

《名前ダンキンにしろ》


 コメント欄も最後のひと盛り上がりを見せて配信は閉じた。

 

「ふぅ~」


 今日もそれなりの配信が出来たかな?

 平日配信にもかかわらず、15万人という視聴者が集まってくれたのを見て成果を実感する。


 浅間山ダンジョンでの配信を経て、今は一時的に視聴者数が分かりやすく増えているのだとしても嬉しいな。

 

 今はこれだけの人が見てくれてる。

 後にも先にも、こんな嬉しいことはないかもしれない。


 そんなことを考えながら、転移装置ポータルで地上へ出る。

 そして、スマホに通知が来たことが気づく。


「ん、なんだろ……。んんん!?」


 スマホを開き、俺は大きく二度見をした。


『二人でおでかけしませんか?』


 しかもその相手は。


「美玖!? うそだろ!?」


 瞬間的に、先ほどの思考を訂正する。

 配信をたくさんの人が見てくれることは嬉しい、けどそれと同じぐらい嬉しいことが急に舞い降りて来た。

 後にも先にもない、は嘘でしたすみません。


 っと、そんなことより!


「返信、返信!」


 俺はすぐさま返信をして、話を進めていく。

 そうして、


「明日、デート……」


 すぐに予定は決まった。

 






 そこまで思い出して、俺は現実に意識を戻す。


(今日この後、デート……)


 今日は先生たちが会議があるとかどうとかで、午後から休みになっている。

 それに合わせて美玖と半日デートをする。


「!」


 そんなことを考えていると、ふいに美玖と目が合う。

 やべっ、彼女のことをじーっと見てたのがバレたか!?


「……!」


 だけど彼女はニコっとした笑顔を俺に向けてそっと前に向き直る。

 か、かわえええ……。


「おいおい、緋色さんよ」


「む」


 そこで話しかけてくるのがダチの梅原。

 隣の席であることをいいことに、授業中に小声で話しかけてくる。


「もしかして発展あったのかい? 美玖ちゃんと」


「う、うるせえっ」


 梅原は美玖のことが好きだ。

 ここで変に勘付かれるのはなんとなく嫌だ。

 しかもそれが美玖からだなんて、もっと知られたくない。


「ま、何かあったら教えてくれよ」


「な、何かあればな」


 どういう意味でそれを言っているのかは分からないけど、とりあえず誤魔化しておいた。

 まだそういう関係に発展したわけではないしな。


 




 学校近くの公園。

 予定通り学校が午前中で終わり、俺たちはそれぞれ着替えて、ここで集合ということになっている。


「おまたせっ」


「!」


 後ろからかかった可愛らしい声の方を振り返る。


「どうかなっ?」


「と、とてもお似合いかと……」


「そっ? なら良かった」


 美玖は普段見ることがないような、女の子っぽい格好で現れた。


 カジュアルだけど、所々可愛さが垣間見えるような袖がふりふりな服。

 少し膝上までを覆うスカートは、いつもの制服より長いはずなのに普段よりドキドキしてしまう。


 あとは正体バレ対策なのか、スポーティな帽子と薄っすら目が見える丸いサングラスをかけている。

 それすらも普段とは違う彼女を演出していた。


 総じて、可愛い。

 他にもっと言う事が無いのか、と自分でもツッコみたくなるけど、可愛いの塊なのだ。


 ファッションはあまり分からないけど、今の格好が美玖にぴったりということだけは分かった。


「じゃあ行こっ?」


「う、うん」


 前、二人で配信機材の店『ダンストリーム』行った時は、学校帰りだったし制服のままだった。

 高校生っぽくてそれも良かったなとは思うけど、こうして私服同士だとまた違った良さがあるように思える。


 なんというか、本格的なデートっぽい。


「最初はあそこだねっ」


 ダンジョンに潜る時とは全く違った緊張感を感じながら、俺は美玖と並んで歩く。






「んー、美味しいっ!」


 目の前に置かれたでっかいパフェをスプーンですくい、ぺろっと一口食べた美玖が笑顔を見せた。


「ここ、前から来たかったんだ~」


 最初に来たのはおしゃれそうなカフェ。

 その店の外に広げられたテラス席に二人で座る。


 雲一つない天気から少し暑さを感じながらも、上から差されたパラソルが日陰を作ってちょうど良い温度になっている。

 天気も空気を読んでくれたらしい。


 その中で、俺たちは大きなパフェを二人でシェアする。


「このパフェ美味しいね」


「緋色君も気に入ってくれた? 良かった!」


「実は甘い物は好きなんだよ」


 ここに来るのは昨日の時点で二人で決めていた。

 美玖から言い出したことだけど、俺が甘い物を好きなのは本当だ。


「ふふっ。でもちょっと意外かも。男の子ってあんまり好きそうなイメージ無かったから、誘うの躊躇ためらったんだけどね」


「それは昔のイメージじゃないかな? 今は結構、男でも甘党っていると思うけど」


 そう、俺は甘党なのだ。


 甘い物を目一杯ほうばるダンジョン仮面なんて、世間のイメージと違い過ぎるだろうから、あやか以外には言ったことないんだけどね。

 そういうわけで、俺としてもこの店は魅力的だった。


「ふーん。でも君がそうだとは誰も思わないだろうなあ」


「それはー、そうかもね」


「ふふっ。わたしだけ知れて得した気分っ」


「!」


 目を細くしてニッコリと笑った美玖。


 なんだその可愛い顔はああーー!

 あまりの不意打ちの可愛さに思わず胸がドキっとする。

 

 アイドル配信者のこんな顔、見たことがない。

 こっちこそ得した気分だよ。

 

 幸せな気分をただよわせたまま、二人でぺろりとパフェを平らげた。





 それからは、まさにデート定番コース。


「ドキドキしたかもっ!」


 駅内デパートにある映画館で、今流行りのダンジョン映画を見た。

 ちゃんとダンジョン内で撮影がされていて、それなりに迫力もありつつ、最後は主人公がヒロインを救うという王道のものだ。

 

 美玖も大満足だったようで、俺としても嬉しい。



「これ、可愛くないっ?」


 そのまま駅内デパートを巡り、アパレルや雑貨店を二人で回る。


 なーんかこちらをチラチラ見てきて俺たちに気づいていそうな店員さんもいたが、そこはさすがのプロ意識。

 正体には触れず、俺たちにも優しく店内の物を案内してくれた。


 『ダンストリーム』の時のように、貸し切りってわけじゃないしね。

 あの時は貸し切りだったから、店員さんもあのように騒げたのだろう。



 そして、気が付けば夕方。

 美玖と過ごす時間はあっという間で、それが少し寂しくもあった。


 それは彼女も同じだったよう。


「もう夕方だね。緋色君といるとあっという間だったかもっ」


 デパート屋上の開けた場所で、綺麗な夕焼けを見ながら美玖がつぶやく。

 こちらを横目で見てくる顔は、どこかはかなげながらもやはり可愛い。


「俺もだよ」


「そっ? それなら嬉しいな」


「!」


 相変わらず眩しすぎる笑顔に、彼女の顔を直視できない。

 どんなダンジョンの魔物より、今この瞬間の方が何倍もドキドキしてる。

 浅間山のスチールドラゴンなんて目じゃないだろう。

 

「じゃあ夜ごはん、食べに行こっ?」


「そうだね」


 ここで少し休憩を挟み、お互いに立ち上がろうとする。

 その時、


「!」


 スマホのバイブが鳴った。

 普段のバイブとは違う、少し特殊な鳴り方だ。

 となれば相手は決まってる、檀上さんだ。


「もしもし」


 美玖と少し距離を取って電話に出る。


「東条君、今すぐにその場を出ることはできるだろうか」


「今すぐ? 何があったんですか?」


 美玖を視界の端の方に入れながら、とりあえず聞き返す。

 檀上さんの話とは言え、彼女を置いてすぐにとは難しい。


「……ゆっくり、落ち着いて聞くんだ」


「はい」


 何やら真剣な声に心を落ち着かせて耳を傾ける。

 一体、なんだって言うんだ。


「東条あやか君の容態に、変化が見られた」


「!」


 変化、檀上さんはあえて・・・そう言った。

 だが声色が物語っている。

 あやかの容態が悪い方に傾いた・・・・・・・、そう言いたいのだろう。


 あやかが受けている“コールドスリープ”は、あくまで延命措置であり、病気が治るわけじゃない。

 こういう事態も起こり得るだろう。


 俺は低い声で、はっきりと答えた。


「分かりました。すぐに行きます」


「うむ」


 俺は電話を切って、すぐに歩き出す。


「ごめん美玖。急用ができた」


「えっ」


 ここまで来て、最後にこの言い草。

 自分でも本当によくない男だと思う。

 

 それでも、あやかに何かあったのならば俺はすぐに行かなければならない。

 それが、たとえ美玖だとしても。


「今日は楽しかったよ。ありがとう」


 そうして彼女に背を向けて歩き出す。


「待って!」


「!」


 それを彼女が止めた。


 彼女が引き留めるのは当然だろう。

 次の夜ごはんまでが予定に入っていて、俺はその前にどっかへ行こうと言うのだ。


 誰だってそうする。

 けど、構っている暇はない。


「急いでいるんだ。ごめん、最後まで一緒にいられなくて──」


「そうじゃない!」


 だけど、彼女が言いたいのはそうではなかったらしい。


「わたしのことはどうでも良いの! それより、何かあったの?」


「……」


「緋色君、すっごく不安そうな顔してるよ?」


「!」


 今の心情が顔に出ていたらしい。

 まったく、これが隠せないせいで配信でもどれだけイジられたか。


「何か、何かわたしにできることはないかな!」


「……いや、大丈夫」

 

 俺が彼女の手を振りほどこうとした瞬間、彼女はスマホを取り出す。

 そして画面を向けながら言い放った。


「わたしならここにヘリを呼べる」


「!?」


「事務所の力だよ」


 おいおい、まじかよ。


「その代わり、規約上わたしも乗らなければならない。それでも良ければ!」


「……」


 ここからビル間をジャンプして行くのも後々を考えると気が引けたし、タクシーでも捕まえようかと思っていたところだった。

 正直、とても助かる提案だ。


 俺は色々考えた末に美玖に向き直って答える。


「……わかった。頼む」


「まかせて!」


 それから、ものの十分。

 美玖の事務所の力とかいうヘリが届く。

 もちろん屋上は封鎖済みだ。

 

「まじで早いな」


「ダンジョン発掘物でヘリの性能も飛躍的に向上したからねっ」


「なるほど」


 ダンジョンのすごさを知っているからこそ、妙に納得できた。


 無事ヘリに乗り込んだ後、病院までと伝える。

 すぐに着くだろうということで、やっと一つ呼吸をおくことができた。


「……」


 だけど俺の心は不安なままだ。

 探索者の癖ゆえか、常に最悪の事態を考えてしまう。


 そこに、


「!」


 そっと手を重ねてくれたのは美玖だった。

 俺よりも冷たい彼女の手だけど、心の中は少し温かくなる。


「大丈夫?」


「……うん」


「わたしに事情は説明しなくていいから。緋色君がそんな顔をするなんて、きっと大変な事なんだよね」


「……」


 彼女はそう言うが、俺の口が自然に動いていた。

 誰でもよかったからなのか、美玖だったからなのかは分からない。

 それでも俺の口は、何も考えられない頭を置きざりにして勝手に話し始める。


「妹が、病気なんだ」

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