第22話 甘えん坊さん

 美玖にそっと手を重ねられ、俺の口が勝手に動く。


「妹が、病気なんだ」


「えっ」


 驚きか戸惑いか、美玖が漏らしてしまった声。

 それを最後にヘリ内は沈黙が続く。


 それ以上彼女が聞き返してくることもなく、プロペラの騒音だけが響く中で病院に着いた。





「はっ、はっ」


 走ってはいけない病院内。

 できる限りの早足であやかの病室へと向かう。


「東条緋色君!」


「! 檀上だんじょうさん」


 病室の前には連絡をくれた檀上さん。

 俺を待っていてくれたみたいだ。

 

「随分早かったね。どうやって……なるほど」


 檀上さんは俺の後ろに着いてきていた美玖を視界に入れて、なんとなく察したようだ。


「それよりも東条あやか君だね」


「はい。どうなりましたか」


 自然と、なぜか心情とは真逆の妙に落ち着いた口調で聞き返す。

 内心は荒れているのに、冷静であろうとする上級探索者の東条緋色が皮を被っているみたいだ。


「先程、治療室の方に運ばれて今はこの病室にいない。だが、今はなんとか落ち着いたという話だ」


「……! そう、ですか」


 檀上さんの言葉にほっとして、少しふらふらっとなる。


「緋色君」


「あ、ああ。大丈夫だよごめん」


 美玖に支えられて姿勢を戻す。

 こんな姿、情けないな。


「檀上さん。さっきまでの事を詳しく聞かせてください」


「わかった。場所を移そう」

 






 檀上さんを含めたチームのヒールフェザー研究は、主にこの病院と隣の研究棟で行われている。

 だからこそ、檀上さんはいち早くあやかの事について気づいたのだそうだ。


 今は、透明な壁の向こうにいるあやかを横目に壇上さんから話を聞いている。


曖昧あいまいで申し訳ないが、急変したというほどではないんだ。ただ少し、脈が今までにない動きを見せてね」


「いえ、それでも呼んでいただいて感謝してます。今後も何かあれば呼んでいただけると。もしもの事もありますので」


「……そうするよ」


 結論から言えば、すぐに死に向かうだとか、そんな大変な事態ではなかった。

 けれど正常じゃなかったのは間違いない。


 あやかが受けている“コールドスリープ”。

 あれは体を凍らせて冷凍保存し、病気の進行を遅らせるというもの。


 治療などではなく、ただの後回しに過ぎない。

 それに、相手は未知の病気。

 何が起きたって不思議ではない。


「ちょっと、夜風に当たってきます」


「わかった」


 一度話が落ち着き、俺は檀上さんに背を向けて屋上への階段へと向かった。





 フェンスの網網の間を掴むように握りながら空を見上げる。


「……」


 さっきまで夕日が出ていた空はすっかり暗くなり、綺麗な星空を映す。

 気温もそれに応じて下がり、肌寒さがただようがそれも全く気にならない。


 何かを考えているわけでもないのに、何かに集中しているような不思議な感覚。

 これが、正常な思考ができないという状態なのだろうか。


 ただぼーっとしている自分と、それをどこか違うところから客観的に見ている自分がいるみたいな、とにかく変な感じだ。


 そんな状態でも、彼女には気づいていた。

 俺は後ろに向けて口を開く。


「ごめん、驚かせてしまって」


「! ううん、全然! そんなことないよ!」


 俺の後ろにいるのは美玖。

 夜風に当たると屋上へと歩いていった時から、ずっと彼女は付いて来てくれていた。


 それに気づいてはいたけど、今になってようやく振り返る。


「……」


 俺が声を掛けたことで、彼女も無言のまま俺に隣に来るようにフェンスにもたれかかった。


 けれど彼女は口を開かない。

 それに疑問を覚えて、俺から尋ねる。


「何があったか聞かないの?」


「緋色君が話したくなったらで、良いかな」


「そっか」


 ヘリの中でのやり取りを思い出す。


 俺が「妹が病気」ということを伝えてからも、美玖は続きを聞こうとしなかった。


 きっと彼女なりの優しさなのだろう。

 美玖は良い子だから。


「あやかがきっかけなんだ」


「え?」


「俺がダンジョン仮面になった理由」


 なんでかは分からない。

 けれど俺は美玖に全てを話した。


 頼るために必要だったまりんさんと院長先生以外で、自分から口を開いたのは初めてだと思う。


 両親がいないこと。

 あやかが重い未知の病気であること。

 妹には病気の事も探索者である事も隠して、ダンジョン仮面として一人で潜り続けていたこと。

 

 俺は今まで抱えていたことを全て吐き出すかのように、思ったことをはばまず口にしていた。

 一つ吐き出せば、そのまま滝のように全てが流れ出てきた。

 

 その時の美玖の顔は直視はしなかったけど、瞳が潤んでいたようにも見えた。


「ていう感じなんだ」


「……うん」


 全てを話して、はっと我に返る。

 どうして彼女にここまで話しているんだ。


 急にこんなこと言われても迷惑なだけだろう。

 俺はそんな思いを持ってうつむかせていた頭を上げようとする。


 けど、


「えらいよ。緋色君」


 頭は再び下に落ちて一瞬暗闇になる。


「!」


 その暗闇が彼女の胸部で、俺が美玖に抱きかかえられているのだと気づいたのは一秒ほどしてから。


「ちょっ──!?」


「じっとしてて」


「……」


 顔がうずまっているのは、美玖の大きなお山だ。

 でも不思議と、男の子的思考には一切ならない。


 代わりに伝わってきたのは、温もり・・・

 ふと幼い頃に母に抱いてもらった事を思い出すような、母性の温もりだった。


「頑張ったね、緋色君。えらいよ」


「……」


 こんな所が他の人に見つかれば、どうなるか分かったもんじゃない。

 けれど離れることはできず、離してくれる様子もなく。


 それからもう少し、美玖に甘えるようにそのままでいた。

 彼女の服にぽつりと水の跡が付いたのは気づかれなかっただろうか。





「……」

「……」


 数分後、沈黙は続いたままだ。


 だけど、お互いの体はすでにくっついていない・・・・・・・・

 どころか、長椅子に二人で腰かけているはずなのに、俺たちの間にはぽっかりと空間が空いている


 美玖がどう考えているかは分からないけど、俺の気持ちはただ一つ。


 恥っっっっず!!


 ほんの数分前のことを頭をかきむしりそうになりながら思い出す。



 美玖に声を掛ける → 俺の事を話す → 慰められる



 うん、そこまでは良い、ギリ許せる。

 問題はこの後だ。



 → 胸にうずまる → 泣く



 なんで!?

 埋まった時点でアウトな気もするけど、それは美玖からやってきたことなので不可抗力、ギリセーフということにしよう、てかさせてくれ。


 百歩譲ってそこまでは良い、良いとするけどなんで泣いた!?

 幼少期の母親の母性を思い出したのだとしても、泣くのはダメだ。

 同級生の女の子の前で泣くなんて恥ずすぎる。


「……」


 相変わらず美玖さんも無言を貫いてらっしゃる。


 もしかして、俺をセクハラで学校にチクろうなんて考えてんじゃ!?

 やばい、頭が混乱してあらぬ心配が次々に出てきてしまう。


 俺がそんな思考を巡らせて頭を抱えていると、


「……ふふっ」


「へ?」


 美玖が控えめに吹き出したように笑った。


「えと、何かおかしかった?」


「ううん。なんとなく、緋色君が考えていることが分かっちゃった気がして」


「それはどういう……」


「わたしがセクハラで訴えるとかなんとか。そんなことを考えてそうだなあって」


「ぎくぅ!」


「あははっ! やっぱり」


 沈黙を破って美玖がにっこり笑う。


 なんでお見通しなんだ。

 まさか本当にそうしようと考えてたってこと!?


「安心して。誰にも言わないよ」


「よ、良かった……」


「それにしてもねえ」


 美玖は手足をぐーっと前に伸ばしながら、どこか嬉しそうな顔を見せる。

 少し微笑んだような、どこか勝ち誇ったかのような表情だ。


「今日は良い事が知れたよっ」


「どういう意味?」


「緋色君も普通の人・・・・なんだなあってこと」


「?」


 イマイチ美玖の言っている意味が分からない。

 首を傾げている俺を見て彼女は続けてくれる。


「世間では魔物をばったばったとなぎ倒すダンジョン仮面!」


 急に美玖が身振り手振りで俺の戦闘を真似する。


「そんな君が、実は甘い物が好きで、王道映画に普通に感動して、雑貨で盛り上がって、そして」


「!?」


 彼女は長椅子の空いていた空間に両手を付いて、ふいに俺の方に顔を近づける。

 その瞬間、俺の心臓がはドキっと跳ねる。


「ちゃーんと甘えん坊さんで」


「……!」


 そう言いながら、美玖は俺の鼻にちょんと人差し指で触れる。

 さっきからもう、心臓の鼓動が激しすぎる。


「だから君も、普通に人に甘えて、普通に人を頼って良いんだよ」


「……!」


 返す言葉は出なかった。

 それでも彼女が言ってくれた言葉は、何度も心の中で繰り返し流れ続ける。


 美玖はそれを俺に伝えた後、すっと立ち上がって屋上から出て行く。

 その姿を見ながら、俺はしばらく居座り続けた。





 


<美玖視点>


「はぁ、はぁ……」


 屋上から出て扉に寄りかかりながら、そのまま地べたにぺたんと座る。

 恥ずかしさで、自然と鼻と口を覆うように顔を手で抑える。


「~~~っ!」


 今のやり取りを思い出すと、頭が蒸発しちゃいそうになってしまう。


 でも、どれもわたしが伝えたかったことだ。

 雰囲気任せでも自分なりに言葉にできたと思う。


 ダンジョン仮面、妹さんの病気、たくさんのものを背負っている緋色君だけど、彼も近くで見ればただの一般人なんだ。


「だから」


 わたしは彼を助けたい。

 わたしに出来ることがあるなら、なんでもしてあげたい。


 緋色君は、わたしが初めて心から好きになれた人だから。


「よし!」


 思い立ってその場からすっと立ち上がる。


 わたしは強くない。

 だからちい子さんみたいに、一緒に難易度が高いダンジョンに潜れるわけじゃない。

 彼の隣で戦えるわけじゃない。


 でも、わたしにも出来ることはある!

 そうと決まればすぐに行動だ。


「もしもし──」


 わたしも緋色君の力になるんだ!





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